ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

ヴァレンティナ・キャメリニ『グレタのねがい』

おはようございます、ゆまコロです。

 

『グレタのねがい』ヴァレンティナ・キャメリニ、杉田七重(訳)を読みました。

 

 みんながグレタにインタヴューをしたいといってきて、世界中から集まったジャーナリストが山のような質問をグレタにぶつける。ストライキをしようというのは、どこから思いついたの?ご両親や先生はどう思っている?15歳の女の子が環境に興味を持つようになったきっかけは?

 グレタは質問にすべてこたえていった。ただし自分自身のことについてはあまり話したくなかった。話題としては地球の問題のほうが、自分のことよりよっぽど重要だし、人々も関心を持っている。それでもグレタはテレビ放送に出演し、スウェーデンの都市数か所で行われた会議にも参加した。

 知らない人を大勢相手にするのは気疲れするものだが、グレタは問題は深く理解していたから、気候変動に関することは、なんでも明確に話すことができた。

 そんなわけで数年もすると、グレタは気候問題の専門家と変わらないまでになった。

 アメリカの有名な雑誌『ニューヨーカー』がグレタにインタビューし、記事のなかで、温室効果ガスは減ってきていると書いたときには、迷うことなく、それはまちがっていると指摘した。有名な雑誌の記者が書いたものであろうと、真実でないことを書くのはまちがっている、正直にならないといけないとうったえた。

 地球温暖化は複雑な問題で、これを語るときには、あらゆる種類の統計が引き合いに出される。政治家は自分にとっていちばん都合のいい統計をつかって、事態は改善されてきているように見せかけ、事実の深刻さを覆いかくすことが多い。

 けれど、人々には真実を知る権利がある。ほんとうは大変なことになっているのに、大丈夫だと自分をだますのは、子どもじみている。

 そのことを大人の政治家に教えたのが、15歳の子どもだったというのは、まったく皮肉なことだった。

(p50)

 

自分のことよりも重要なことを話したいと思っているのに、そうさせて貰えない状況は相当なストレスが溜まりそうです。

 

 熱心な活動家と同じように、グレタもヨーロッパ中を旅して、環境を守るためのストライキを組織し、スピーチ原稿を書いたり、プレゼンテーションの準備をしたりする。何千人もの人たちをまえにスピーチをするには、あらかじめ下調べが必要で、大事な情報をもらすことなく、たくさんのことについて細部までくわしく知っておかねばならない。それもときには外国語でスピーチをするのだから、準備はほんとうに大変だった。

   しかもやるべきことはそれだけではすまない。いまや有名人となったグレタは、世界じゅうのジャーナリストからインタビューを受けてもらえないかといわれ、有名なリポーターたちはグレタ自身のことや、グレタが考えていることについて、すべてを知りたがった。自分のことを話すのはあまり気が進まなかったが、インタビューは受けることにした。それによって環境問題が新聞の一面にのり、世間の関心を高めることができるからだ。

 これらにくわえて、グレタには、大人の活動家にはない務めもあった。15歳の女の子が当然やるべきことだ。学校の宿題をやり、授業でもみんなに遅れをとらないようにしなければならない。グレタはまた学校に通いはじめ、金曜日だけ学校を休んでストライキに出かけるようになっていた。さらに毎週末には町の中心に出ていって抗議活動をする。雨が降ろうと雪が降ろうとおかまいなしに出ていき、厳しいスウェーデンの冬をものともせず、どんなに寒くて暗い日でも外に出ていった。

 朝早くから夜遅くまで、集中して取り組むべきことが山ほどあった。妹のベアタや両親、それに2匹の飼い犬と過ごす時間もあまりなくなった。眠る時間さえ十分にとれなくなった。グレタは毎朝6時に起きて、新しい一日とむきあう。疲れを感じたときには、三つ編みの少女である自分がここまで有名になった原因を思い出し、深く息を吸ってまたまえへ進んでいく。

 グレタがまた学校に通うようになって、優秀な成績を収めているので、両親は安心して娘を支援することに決めた。

(p67)

 

この努力、本当に頭が下がります。

疲れている時の彼女を想像すると切なくなりますが、それを傍に置いておいても動かなくてはならない、と思うような事柄が果たして自分の境遇にあっただろうか?と考えると、ぼんやり生きている感に苛まれます。

 

若い女性たちに導かれて、若者が自分の考えをはっきり表明する。それには心を大きくゆさぶられます」とパリの市長、アンヌ・イダルゴがいっている。

 自分を批判する人に対して、グレタはこうこたえている。

「大事なのは、気候の変動について研究する科学者や学者の言葉に耳をかたむけて、問題に対する正しい知識を得ることであって、わたしが学校を休んでいることではありません。それは重要ではありません」

 環境活動家として有名になったグレタは、アスペルガー症候群についても、よりよい理解がなされるようにつとめている。グレタのようにアスペルガー症候群と診断された子どもは、新しい友だちをつくりにくく、人と接したり、おしゃべりをしたりするのが苦手といわれるが、ときにすごい才能を発揮することもある。グレタが身をもってそれをしめした。

(p86)

 

彼女自身も学校を休むことはいいことではないと思っているけれど、休んで抗議活動をしなければならないほど環境問題が危機的な状況にある、と常に声を上げ続けています。そんな姿勢を見ていると、こちらももっと現実を受け止めなくてはならないと思わされます。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

 

 

 

エアライン研究会『飛行機に乗るのがおもしろくなる本』

おはようございます、ゆまコロです。

 

エアライン研究会『飛行機に乗るのがおもしろくなる本』を読みました。

 

温室効果ガスのことを考えると、飛行機が与える影響から何となく面目ない気持ちになったりもするのですが、それでもやっぱり飛行機が好きです。

初めて訪れる空港はテンションが上がります。離陸時も着陸時も好きだし、機内で地図を眺めるのも楽しいし、空港で待つ時間や飛行中に読む本を何にしようかと準備するのも好きです。

 

座席表示のアルファベットになぜか「I」が抜けているワケ

 

 Aから順にアルファベットをふっていけばHの次はI なのだが、実際の座席を見るとI がなくていきなりJに飛んでいるのだ。

 これは、世界中のどの飛行機の座席でも同じのようだが、なぜI が抜けているのだろうか。

 じつは、アルファベットのI は、数字の1と混同しやすいということから抜かしているのだ。たとえば、搭乗券に「11I」と書かれていたら、「111」と見間違える人もいる。そういう間違いを避けるために、アルファベットのI は座席番号には使わないのだ。

 航空会社によっては、Aの次にBではなく、Cがつけられている場合がある。これはBが数字の13と混同しやすいからである。(p56)

 

全然気にしたことはなかったけど、この項目を読んだ直後に飛行機に乗った際に見てみたら、たしかにI の座席がなかったです。

 

融通が利かないと思っていた機内食に特別メニューがあるってホント?

 

 特別メニューを頼むには、出発の24時間前までに航空券の予約受付に申し込めばいい(一部の食材は72時間前)。旅行会社で予約した場合や、パックツアーの場合は、旅行会社に申し込む。特別メニューの種類はエアラインによって異なるので、予約をするときに聞いておくといいだろう。

 各社とも、用意している特別メニューは、宗教上の問題、健康上の理由、菜食主義者、赤ちゃん、子どもなどを配慮したものだ。

 宗教上の問題を配慮した食事では、豚肉を口にしないイスラム教徒のためのイスラム教徒食、牛肉がタブーのヒンズー教徒食、ユダヤの掟によって調理、祈祷され、封印して搭載されるユダヤ教徒食がある。菜食主義の人のためには、主義の違いも考慮して卵と乳製品が入っているベジタリアンミールと、卵・乳製品も入っていないピュア・ベジタリアンミールが用意されている。

 健康上の理由を配慮したメニューには、糖尿病食、低コレステロール・低脂肪食、低カロリー食、低塩食、アレルギー対応食などがあり、じつに細やかな心配りがされている。(中略)

 まさに至れり尽くせりのメニュー。ほかの機内食が配られる前にサービスされるので、待たされることもないし、味もいいと評判だ。一度注文してみてはいかがだろう。

(p68)

 

惜しいことに今のところは特に配慮して頂く状況に無いのですが、「早く配られる」というところに、いいなと思ってしまいました。

 

なぜ離着陸のとき耳が痛くなるのか?

 

 鼓膜の内側には、中耳腔(ちゅうじこう)という小さな部屋があり、耳管(じかん)によって喉頭(こうとう)につながっている。耳管が解放すると、外部の気圧と中耳腔の気圧が一定に保たれる。ところが、離着陸のような急激な気圧の変化があると、耳管が閉じたままになってしまうのだ。

 そのような場合は、ツバを飲み込んだりあくびをするといい。耳管が一時的に解放されるので、空気が中耳腔に送られ、鼓膜の外と内が同じ気圧となり、へこんでいる鼓膜を正常に戻すのである。

 ところが、喉頭に炎症を起こしている場合には、耳管周辺の鼓膜が腫れて、耳管が詰まった状態になる。こうなると、あくびくらいでは鼓膜が正常な位置に戻らなくなる。

 これは航空性中耳炎といって、重症になると激しい耳の痛みや耳鳴りがしたり鼓膜が破れたりする。やっと現地に着いても、その後の飛行機での移動を禁止されるケースもある。

 鼻や喉頭に炎症を起こす最大の原因は、風邪や花粉症などのアレルギー性鼻炎である。そういうときは、なるべく飛行機に乗らないようにするといいのだが、旅行や出張をキャンセルできない場合は、ちょっとした工夫で自衛することができる。

 アメをなめたり、ガムをかんだり、水を一気にゴクンと飲むと、耳管に空気が通りやすくなる。また、首を左右に、あごを上下に大きく動かすのも効果がある。バルサルバ法といって、スキューバダイビングなどでおこなわれる、いわゆる"耳抜き"をしたり、点鼻薬を鼻に噴霧すると、なおいい。

 そして、眠っているとツバを飲む回数が極端に減ってしまうので、着陸前には目を覚ましておくのが航空性中耳炎から身を守るコツである。

(p98)

 

搭乗時にアメを貰うことがあるのは、こういう意味もあるのかな?と思いました。

しかし、ゆまコロは搭乗前→フライト中に興奮しているのが良くないのか、着陸前はしっかり寝ていることが多いので、気をつけようと思います。

 

遠出をするのが難しい今、旅行気分で読みました。

時差ボケを防ぐ方法や、事故に遭っても助かりやすい座席の考察など、飛行機が怖い人にも有益な情報が多いと思います。(嫌いな人はあまり手にとらないかも知れませんが。)

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

飛行機に乗るのがおもしろくなる本 (扶桑社文庫)

飛行機に乗るのがおもしろくなる本 (扶桑社文庫)

  • 発売日: 2007/11/01
  • メディア: 文庫
 

 

 アップグレード版も出ているようです。

 

ポール・オースター『ブルックリン・フォリーズ』

おはようございます、ゆまコロです。

 

ポール・オースター柴田元幸(訳)『ブルックリン・フォリーズ』を読みました。

 

  その家族ディナーを、私はきわめて暖かい場として記憶している。誰もがグラスを掲げ、トムの成功にお祝いの言葉を述べた。私が彼の歳だったころには、まさに彼が選んだような道を歩みたいと思っていたものだ。彼と同じく、私も大学で英文学を専攻した。そしてさらに、文学を引き続き学ぶか、ジャーナリズムに挑戦するかといった夢をひそかに抱いていたが、私にはそのどちらを追求する勇気もなかった。人生が邪魔に入ったのだー 二年間の兵役、仕事、結婚、家庭を持った責任、より多くの金を稼ぐ必要。自分の思いを打ち出す度胸のない人間をじわじわ引っぱりこむ泥沼だ。それでも、本に対する興味は失わなかった。読書が私の逃げ場、慰め、癒し、わがお気に入りの興奮剤だった。読むことがひたすら楽しいから読み、著者の言葉が頭のなかで鳴り響くときに訪れる快い静けさを求めて読んだ。トムも前々から本へのこうした愛情を共有していたから、私は彼が五歳か六歳のときからはじめて、年に何度か本を送ってやるようにしていた。

(p22)

 

本が好きで本の話ができる人が身近にいるというのは、本好きにとっては幸せなことだと思います。

読んでいて、「人生が邪魔に入ったのだ」の箇所は、人生に邪魔が、の間違いかと思いましたが、本書の通りです。

 

 トムもハリーと話すことを楽しんだ。実に剽軽で率直な人物で、辛口の科白を連発し、途方もない矛盾を平然と抱え込み、次にその口から何が出てくるのか見当のつけようもなかった。見た目には、ニューヨークによくいる、老いかけたゲイというだけに思える。表向きのごてごてした装い― 染めた髪と眉、絹のスカーフ、ヨットクラブ風ブレザー、お姐(ねえ)言葉― もまさにそういう印象を強めるよう計算されていたが、少し人となりを知るようになると、実は鋭敏で挑発的な人物だった。たえず攻め立ててくる様子にはどこか刺激的なところがあって、射るような、突くようなその知性を前にすると、次々浴びせてくる狡猾な、ことさらに個人的な質問に対し、よしこっちも気のきいた答えを返してやろうという気にさせられる。ハリーを相手にしているときは、ただ返事をするだけでは決して十分でない。返す言葉に何らかの火花が、自分が単に人生の道をぼんやり歩んでいる薄のろではないことを証明する熱い泡立ちがなくてはならないのだ。当時のトムには、自分がまさにそういう薄のろと思えていたから、ハリーとの会話で互角を保つにはとりわけ気合いを入れてかかる必要があった。それがまた、彼との対話で一番そそられるところでもあった。もともと速く考えるのは好きだったから、いつもとは全然違う方向に考えを推し進めることも、つねに即応できる態勢を強いられることも気持ちがよかった。(p42)

 

ハリーはトムが出勤前に時間つぶしをしていた古本屋の店主ですが、彼のお店にすごく行ってみたくなります。

 

ネイサン  内なる逃避だよ、ハリー。現実世界がもはや不可能になったときに人間が行く場所だよ。

ハリー  ああ。前にはあたしにもそういうのがあった。誰にでもあるんだと思ってたよ。

トム  そうとは限りません。それなりの想像力が必要だから。それがある人間って、どのくらいいます?

ハリー  (目を閉じて、両の人差指をこめかみに押しあてて)何もかも思い出してきた。ホテル・イグジステンス。あたしはまだ十歳だったけど、そのアイデアが浮かんだ瞬間のこと、その名前を思いついた瞬間のことはいまも覚えてるよ。戦争中で、日曜の午後だった。ラジオがついていて、あたしはバッファローのわが家の居間にいて、『ライフ』に載ったフランスに行ってるアメリカ軍の写真を見てる。ホテルなんて入ったこともなかったけど、母親に連れられて街へ行く途中にいろんなホテルの前をさんざん通ってたから、そこが特別な場所で、日常の汚いもの嫌なものから人を護ってくれる砦だってことはわかってた。<レミントン・アームズ>の前に立ってる青い制服の男たちがあたしは好きだった。<エクセルシオール>の回転ドアの真鍮の把手(とって)の色つやも好きだった。<リッツ>のロビーに下がってる巨大なシャンデリアも好きだった。ホテルの唯一の目的は人を楽しませ、快適にすることであって、ひとたび宿帳にサインして自分の部屋に上がったら、あとはもう、頼めば何でも与えてもらえる。ホテルとはよりよい世界を約束する場だったのよ― 単なる場所以上の場所を、自分の夢のなかに生きるチャンスを。

ネイサン  ホテルってのはそれでわかった。存在(イグジステンス)って言葉はどこで見つけた?

ハリー  その日曜の午後にラジオで聞いたのよ。いい加減に聞き流してるだけだったけど、とにかくその番組で誰かが人間の存在の話をしていて、響きが気に入ったのよ。存在の掟とか、存在のただなかで人が直面する危険とか言ってたよ。存在というのは単なる生よりもっと大きい。すべての人間の生を足した総和であって、たとえあんたがニューヨーク州バッファローに住んでいて家から十キロ以上離れたことがなくても、あんたもそのパズルの一部なんだ。あんたの生がちっぽけであっても同じこと。あんたの身に起きることは、ほかのみんなの身に起きることと同じく重要なだよ。

トム  まだわかりませんね。あなたはホテル・イグジステンスという場所を思いついたわけだけど、それってどこにあるんです?何のためにあるんです?

ハリー  何のため?べつに何のためでもないのさ。それは隠れ家だったんだよ、心のなかで訪ねていける場さ。そういう話じゃなかったのかい?逃避っていう。

(p145)

 

なぜこの場面だけ脚本のようになっているのか、若干気になりますが。

このあとネイサンがとある素敵な場所を偶然訪れ、ここがハリーの言う「ホテル・イグジステンス」的な場所なのではないか?と思うシーンがあります。そこでの日々の描写が素敵なので、ここでご紹介するのは控えます。

 

 愛に関してかくも多くの肯定的展開が見られたいま、われらがブルックリンのささやかな一画にはあまねく幸福が広がったものと読者は思われるかもしれない。ああ、しかし、すべての結婚が生きのびる運命にはない。そのことは周知の事実である。とはいえ、誰が想像できただろう、この数か月間この界隈でもっとも不幸な人物は、トムのかつての憧れの人、美しき完璧な母親であったとは?たしかにプロスペクト公園の林で会ったとき、彼女の夫に私は感心しなかったが、まさか妻の愛情を当然視するほど馬鹿だとは思わなかった。この世にナンシー・マズッケリほどの女性はそうざらにいない。そういう女性の心を勝ちとる幸運に恵まれたなら、以後その男の仕事は、彼女の心を失わぬよう全力を尽くすことである。だが男たちは(この本の各章でこれまで再三示してきたように)馬鹿な生き物であり、美青年ジェームズ・ジョイスは大半の男以上に馬鹿だったのである。(p354)

 

この辺り、オースターの男性に対する悲観的な書き方が面白いです。

ナンシーはどんな姿をしているのだろうと、いろいろ想像しました。本書で最も幸せになってほしいと思った人物です。

 

 四時間ごとに血液検査の結果が出て、いずれもシロだった。午前中にジョイスが来て、トムとハニーが来て、オーロラとナンシーが来たが、みんな数分で帰らされた。午後早くにレイチェルも顔を出した。みんな開口一番、同じことを訊いた― 気分はどう? そして私もつねに同じ答えを返した― 大丈夫、大丈夫、心配しなくていいよ。もうそのころには痛みも消えていたし、ひょっとしたら五体満足でここから出られるかもしれないという思いがだんだん強まっていった。間抜けな冠動脈梗塞で死ぬためにガンを生き延びたんじゃないからね、そう私は言った。馬鹿げた発言と言うほかないが、日が進んでも血液検査の結果が依然シロのままなものだから、今回は見逃してやろうと神が決めたことの論理的証拠として私はその検査結果にすがりはじめた。昨夜の発作は単に、お前の運命は私たちが握っているのだぞという神々の意思表示にすぎないのだ。そう、私はいつの瞬間にも死にうる。そして、そう、リビングルームの床に倒れてジョイスの腕に抱かれていたときはいまにも死ぬものと信じた。死すべき運命とのこうした接触から何か学ぶべきことがあるとすれば、それは、もっとも狭い意味での私の生はもはや私自身のものではないということだ。あの恐ろしい、炎のごとき発作のあいだに体を貫いた痛みを思い出すだけで、いま私の肺を満たしている一息一息が、それら気まぐれな神々からの賜物であることを私は理解できる。これ以降は、心臓の鼓動一つひとつが、恣意的な恩寵を通して私に与えられるのだ。(p440)

 

息をしているのは当たり前ではないという事実が、重みを持って伝わってきます。

 

ところで、最近ゆまコロは本や映画でシェイクスピアの言葉を発見した際に、記録していこうと思いました。(シェイクスピア作品が好きなため。)

今回、本書で見つけたシェイクスピアの言葉はこちら。

 

 プロジェクトを「書」とは呼んだが、実のところ書物なんて代物ではなかった。メモ帳、そこらへんに転がった紙切れ、封筒の裏、クレジットカードや住宅リフォームローンなどのジャンクメール等々、手当たり次第何にでも書く。要するにランダムな書き殴りの集大成、たがいに何の関連もない逸話のごたまぜであり、話がひとつ書きあがるたびに段ボール箱に放り込むのだ。狂気ではあれ筋は通っている、とはハムレットについての言葉だが、私の狂気にはほとんど何の筋も通っていなかった。

(p12)

 

上記の出典はこちらです。

 

ハムレット  なか?誰と誰とのなかだ?

ポローニアス  その、いまお読みになっておられる本の、中味のことをおうかがいしておりますので。

ハムレット  (ポローニアスにのしかかるようにする。ポローニアス、たじたじとして退く)悪口だ。こいつ、なかなか辛辣な男で、こう書いている。老人とは白きひげあるものの謂(い)いにして、顔中しわだらけ、眼より濃き琥珀色の松脂流出し、頭脳の退化はなはだしく、あわせて膝関節にいちじるしき衰弱を示す― 一々ごもっとも、まさにそのとおり、それにしても、こう身も蓋もなく書いてしまっては、徳義に反するというもの、そうではないか、お前にしても、このハムレットとおない年くらいにはなれようかもしれぬ…もし、蟹のようにうしろむきに這うことができればな。(ふたたび本を読みはじめる)

ポローニアス  狂気とはいえ、ちゃんと筋がとおっておるわい。ええ、ハムレット様、外気はお体に障ります。おはいりになっては?

ハムレット  自分の墓穴にな。

ポローニアス  なるほど、妙案、そこならたしかに外気は防げる。ときおりみごとな返答、さっきからやられてばかりおるわい!気ちがいの一得というやつ、正気の理性には思いもつかぬ名言がとびだしてくる。

福田恒存(訳)、新潮文庫、p63)

 

(最初に読んだ時は特に何も思わなかったけれど、年を重ねるにつれだんだんこのポローニアスという人物の科白の数々が好きになってきました。息子に対してくどい位忠告してしまうところが特に好きです。)

 

全体を通して、オースター作品にしては、まあまあ明るい方かなと思いました。

彼の作品を読んでいると、読み手であるこちらがよく遭遇する、打ちのめされ感や凹まされ感も、少な目だと思います。

ただ、物語が終わった後の世界がどうなるか、それを想像すると後味が悪くなる感じは『ティンブクトゥ』とちょっと似ている気がします。

 

ネイサンが作中でイタロ・ズヴェーヴォにはまっているので、私も彼の本を読んでみたくなりました。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。

 

『麒麟がくる 明智光秀とその時代』

おはようございます、ゆまコロです。

 

自粛期間中、大河ドラマを見て過ごしました。

これまでほとんど見たことはなかったのですが、初めから順に見ていくと、時代の流れや人物の働きが分かって面白いなと思いました。

特に、日本史が弱かった自分にはとてもいいツールだと思いました。

学生の時に見ておけば良かったのでは…、との思いが頭をよぎりますが、今更どうしようもありません。

 

ドラマの続きが楽しみになったので、関連書籍を読みました。

読んだのはこれです。

明智光秀とその時代』(NHK大河ドラマ歴史ハンドブック)。

 

 (前略)天下人の信長から強い信頼を得ていた光秀や明智家を、謀反にかりたててしまった要因とはなんだったのだろうか。実は、畿内地域の守衛の役割を基盤に権勢を誇っていた明智家だったが、その一方で織田家を取り巻く情勢変化の中で、その立場や今後の行く末に影響のおよぶ事態が起きていた。その一つが、近年注目される織田家の四国対策だ。

 

 もともと織田家の四国対策は、敵対する阿波三好家(三好長慶(ながよし)の弟実休(じっきゅう)の系統)の対応として進められていった。そのなかで、やがて織田家は、土佐国高知県)の平定を進め阿波三好家と対立していた長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)と手を結んでいく。この織田・長宗我部両家の通交で交渉担当役(取次)を務めたのが、光秀の率いる明智家だった。光秀は、この織田・長宗我部両家の通交にあたり、重臣斎藤利三(さいとうとしみつ)の実兄で室町幕府奉公衆(ほうこうしゅう)・石谷(いしがい)家の養嗣子頼辰(よりとき)の義妹が元親の正室にあったという関係を活用して奔走した。この奔走の結果、織田・長宗我部両家は阿波三好家への対策を目的に通交を展開していった。

 

 ところが、天正八年(一五八〇)になると阿波三好家が反織田勢力として提携していた大阪本願寺が降伏し、さらには安芸(あき)毛利家も次第に劣勢に追い込まれていった。そのうえ翌天正九年には、池田元助(もとすけ)・羽柴秀吉(はしばひでよし)の軍勢に淡路島を制圧されるという周辺情勢に至ってしまう。この事態を受け、阿波三好家は織田家に服属を示した。

 この結果、阿波三好家の勢力範囲だった阿波・讃岐両国(徳島・香川両県)が、織田家の勢力圏に組み込まれることになった。そして同時に、阿波国へ勢力を伸張していた長宗我部家と織田家の勢力圏が接触する事態が起きてしまう。この事態に、信長は元親に阿波国からの撤退を求め、土佐国のみの領有を認めた領土解決策(国分(くにわけ))を提示する。だが、この信長の解決案は、これまで阿波国へ勢力の伸張を進めていた長宗我部家と配下の諸将には、そう簡単には従い難いものがあった。こうした織田・長宗我部両家の間で生じた事情が、両家の関係を悪化させ、遂には天正十年(一五八二)六月を予定とした信長の三男・信孝(のぶたか)を総大将に擁した四国出兵の実施へと事態を発展させてしまう。

 

明智家の事態打開策としてのクーデター

 こうした四国情勢の展開は、これまで織田・長宗我部両家の通交に奔走してきた明智家に、畿内地域の守衛活動、さらには今後の織田家内部における発言力に影響をもたらしていった。このため光秀は、元親と婚戚関係にある石谷頼辰・斎藤利三の兄弟に信長の要求した解決案に応じ、織田家との関係を維持するよう説得にあたらせる。この説得を受け、元親は天正十年五月二十一日には、信長の解決案に概ね応じる意向を示した。

 

 だが、この時信長から中国出兵を命じられていた明智家には、四国出兵へと舵を切った動きを変えさせることは難しかった。それは、信孝を擁して四国出兵を求める側との政争に敗れて、担当を外され挽回の機会を喪失した状況にあったためだ。こうした明智家に起きていた四国対応を含む情勢変化とそれに伴う織田家内部における対立の展開が、これまで天下の守衛を担い威勢を保ってきた明智家の行く末を光秀やその周辺に不安視させる大きな要因となっていく。本能寺の変は、そのなかで光秀らが最終的に選んだ事態打開策として起きたということになろう。

(柴裕之、東洋大学非常勤講師。p105)

 

これまで織田家の四国対策について、ほとんど知りませんでした。

謀反の理由については諸説あるようなので、他の説も調べてみたいです。

 

他にも、大河ドラマで取り上げられた光秀像がいろいろ紹介されていますが、その中で「国盗り物語」が面白そうだと思いました。 

 

 高度経済成長期が始まると、織田信長は時代を切り開くイノベーターとして描かれるようになる。このイメージを広めたのが、信長を「何が出来るか、どれほど出来るか、という能力だけで部下を使い、抜擢し、ときには除外し、ひどいばあいは追放したり殺したり」もする「すさまじい人事」を断行する武将とした司馬遼太郎国盗り物語』である。家臣を信賞必罰で使い効率を最優先する信長は、大量生産した製品を輸出して国を安定させた戦後の企業経営者になぞらえていた。これに対し光秀は、足利幕府の復興、古くから伝わる文化といった伝統的な価値観を重視する武将として描かれている。司馬が、「信長=改革」VS「光秀=伝統」という図式で物語を進めながら、改革路線を一方的に正義としなかったのは、一国の価値は経済だけでは計れないとの想いがあったからではないだろうか。

(末國善己、文芸評論家。p135)

 

本書はたくさんの人がいろんな観点から寄稿しているので、難易度や文体も様々で、すいすい読める記事もあればそうでないものもあり。なんとなくゼミの報告書みたいな印象です。

でも「光秀の同時代武将 最新情報」など、用語集的に調べられるので重宝しました。

ドラマの続きを楽しみに待ちたいと思います。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

 

 

 

太田肇『「承認欲求」の呪縛』

おはようございます、ゆまコロです。

 

太田肇『「承認欲求」の呪縛』を読みました。

この本で、なるほどな、と思ったのは以下の部分です。

 

 「大事な試合の前に故障」は正常な自己防衛

 認められたらそれに縛られ、承認を手放せなくなる。そして苦しむ。多くの人は、そのことを経験的に学んでいく。なかには、そうした事態に陥らないため、あらかじめ自己防衛の行動をとる人もいる。一つは、過大な評価を受けないよう、わざと自己評価を下げようとする行為である。

 代表的なものとして、「セルフハンディキャッピング」という行為があげられる。

 たとえば、大事な試合の前には、必ずといってよいほど体のどこかを痛めたとか、体調が悪いといったふりをする人がいる。わざと周囲に期待を抱かせないようにしているのだ。「けがをしているのだから勝てないだろう」と思わせたいわけである。これといった大きな故障がないにもかかわらず、いつも手や足にサポーターを巻いたり、体に絆創膏を貼ったりしているスポーツ選手は、もしかすると「期待しないでください」というメッセージを送り続けているのかもしれない。(中略)

 わざと無能を装ったり、「ワル」ぶったりして自分の値打ちを下げる行動をとる場合もある。素直な優等生だった子が思春期になって突然、髪を赤や黄色に染めたり、乱れた服装でうろついたりするようになることがある。思春期は「自律の危機」に敏感になる時期だけに、このままでは親や教師の期待に操られてしまうと感じてわざと反抗し、期待を抱かせないようにしているのである。

(p95)

 

認められたいはずなのに、「期待を抱かせない」行動に出るというのが興味深いです。

「セルフハンディキャッピング」という言葉を見て、試験前に部屋を掃除をしたくなったことを思い出しました。

残業についての検証も気になります。

 

 「呪縛」をもたらすのは制度に原因?

 では、そもそも残業することや休暇を残すことが、なぜ認められることにつながるのか?

 それは、わが国特有の制度と深い関係がある。

 日本の会社や役所は、欧米などと違って大部屋主義で、個人の仕事の分担が明確に決められていない。仕事ができる人やがんばる人は、たくさん仕事をこなしたり、他人の仕事を手伝ったりするのが普通だ。

 したがって遅くまで残っている人や、休暇を取らない人は、会社に対しても、周囲の人に対しても大きな貢献をしていると見なされるわけである。逆に早く帰る人や休暇をめいっぱい取る人は、会社や周りの人に迷惑をかけていると見なされる。実際にそのように評価されていることを裏づけるような調査結果もあるが、重要なのは事実かどうかよりも働く人にそう意識させる余地があるということだ。

    もっとも、本来なら遅くまで残業すれば残業手当も増えるので、会社に対してはむすろ負担をかけているとみられるはずだ。しかし、そのようにみられない別の制度的な理由がある。

 わが国では超過勤務手当の割増率が二五%以上と、他国に比べて低い。ちなみに他国ではおおむね五〇%以上であり、なかには休日出勤になると時給換算で平日の二、三倍にのぼる手当を払っている国もあるそうだ。そのうえ、わが国では手当がまったく支払われないサービス残業も横行している。

 このように低い割増率や無給で残業することは、会社や同僚に対して余分の貢献をしているものと受け取られる。あるいは忠誠の証とみなされる。これも事実かどうかは別にして、少なくとも心のどこかでそう思っている人が多い。

 

 有給休暇についても、海外だと国や地域によっては、残した休暇を会社がかなりの高額で買い取るよう法律で義務づけられている。義務でなくても、多くの企業では実際に買い取っている。

 一方、わが国では買取が義務づけられていないどころか、買い取ること自体が認められていない。そのため休暇を取得しなければ、そのぶん「ただ働き」したことになる。これもまた、会社や同僚に対して追加的な貢献をしたとみなされる(と思っている)わけである。

 現実には、働いた時間と貢献度がかなり一致していた工業社会と違って、ソフト化、サービス化が進んだいまの時代に時間と貢献度の関連は薄くなっている。それでも働く人の意識のなかには、残業をせずに帰ったり、休暇をめいっぱい取ったりすると、上司や同僚からの承認を失うのではないかという不安が染みついているようだ。

 

 子育て中のある女性は、終業時刻が近づくと、どのタイミングで「お先に失礼します」と切り出すかで頭がいっぱいになって仕事に集中できないし、胃がチクチク痛むと語っていた。しかも皮肉なことに、周囲が自分に気を遣ってくれているのがわかるので、なおさら帰りにくいという。

 (p111)

 

「超過勤務手当の割増率は他国ではおおむね五〇%以上」(!) 羨ましくなります。これだったら、会社も残業させたくないでしょうね。

 

 各地の役所や警察などで不祥事が起きるたびに実感するのは、不祥事の背景にある動機が驚くほど似ていることである。職員が起こした事故や犯罪の隠蔽、不都合なデータの過小報告といった問題の大半は、部下による上司への忖度、もしくは組織や仲間への気遣いが背後で働いている。彼らは忖度し、気を遣うことによって認められようとしているわけである。

 

 事の善し悪しは別にして、不祥事の特徴からも官僚、公務員の「大衆化」がうかがえるとともに、受け皿としての共同体型組織が彼らにとっていかに大きな存在であるかを強く印象づけられる。

 

 ところで、第一章では承認に不祥事を防ぐ効果があると述べた。承認されると職業的自尊心が高まり、それが違反を抑制するからである。けれども、ここで述べたように「承認の呪縛」にとらわれると不祥事を起こしやすい。この矛盾をどう説明すればよいのか?

 その答えは前述した、うつ、ひきこもり、バーンアウトについて述べたことと同じである。たしかに承認されると自尊心が高まり、仕事に対する矜持も生まれる。その点では承認が不祥事を思い止まらせる方向に働くだろう。しかし一方で、承認されると期待の重みも増してくる。

(p148)

 

認められたい、仲間の役に立ちたいという気持ちが、企業の足を引っ張る行為を招くことがある、というのが、皮肉な感じがしました。

 

 「お前はバカだから」のねらい

 「まえがき」では、期待をかけた大学院生が脱落していくケースがあいついだことも述べた。当時、私がその苦い経験をある先輩教師に漏らしたところ、彼は次のような話を聞かせてくれた。

 自分は大学院の学生時代、師匠から「お前はバカだから」と言われ続けた。もちろん本気でバカだと貶されたわけではないとわかっていたので、逆にプレッシャーを感じずリラックスして研究ができた。だから自分も学生たちには同じように接している、と。

 ここには、もう一つ余分なプレッシャーをかけないためのヒントが含まれている。冗談で「バカ」とか「アホ」とか平気で口にするのは「お笑い」の世界である。「お笑い」は本気でないだけに、自我関与を避けることにつながる。学業や仕事で成果があがらないときでも、「お笑い」感覚を交えてフィードバックされれば、ほんとうの評価が下がらずにすむわけである(ただし状況によってはイジメやハラスメントにつながるので注意は必要だが)。

(p178)

 

著者も最後に言及している通り、バカとかアホとか言われて肩の力を抜けるのかは、発言する人と自分との関係性や、こちらの許容量にもよるので、難しいところだと思います。評価されたいのに、期待されたくないというのが、承認欲求の難しいところなのでしょう。

 

 効果的な「ほめ方」とは

 ただ、教育の場などにおいて長期的な効果を期待する場合には、抽象的な承認が必要になる場合もある。そこで避けて通れない問題が、第二章で触れた「能力(あるいは成果)をほめるか、努力をほめるか」である。

 すでに述べたように能力をほめられると、失敗して自分の能力に対する評価が下がり、自信を失うことを恐れ、リスクをともなうことに挑戦しなくなる可能性がある。あるいは、逆に慢心して努力しなくなる場合もある。

 一方で、努力をほめると、いっそうがんばらないといけないというプレッシャーが本人を追い込んでしまったり、効率性を度外視したがむしゃらな努力に駆り立てたりするリスクがある。また、とくに日本人の自己効力感や自己肯定感が低いことを考えれば、意識的に能力をほめることが必要だともいえる。

 

 それでは結論として、どこを、どのようにほめたらよいのか?

 その答えは、具体的な根拠を示しながら潜在能力をほめることである。潜在能力をほめることは、「やればできる」という自信をつける。すなわち自己効力感に直接働きかけることを意味する。すでに述べたように自己効力感が高まれば挑戦意欲がわく。かりに成果があがらなくても、潜在能力に自信があれば、成果があがらないのは努力の質か量に問題があるからだと受け止められる。そして、改善への努力を促すことができる。

(p197)

 

褒めるって難しい行動だと常に思います。でも、意識して表に出すようにしないとなかなか出来るようにならないし、こちらとしても思わぬところで褒められると非常にモチベーションが上がったりするので、臆せず心掛けようと思いました。

 

 連覇の重圧を克服する「楽しさ」― 帝京大ラグビー部、岩出監督

 帝京大学ラグビーチームは二〇一八年まで、大学選手権で前人未到の九連覇を続けた。卒業によって毎年メンバーが入れ替わる学生スポーツで、九年間も勝ち続けたのは驚異的だ。

 当然ながらライバル校は「打倒帝京大」を目標に挑戦してくる。一方で連覇のプレッシャーは選手たちの肩に重くのしかかってくる。そのなかで勝ち続けるには、「守り」に入らず、「攻め」の姿勢を貫かなければならない。それには、絶えず変化し続けることが求められる。

 岩出雅之監督が強く意識するのは、常にイノベーションを起こせる風土、空気感、文化の必要性だ。そして、指導者はメンバー自身が「変わりたい」と思えるような環境をつくってやるべきだと説く(岩出 二〇一八)。たまたま岩出監督と対談したとき、彼は大学選手権に勝つことを超えるチームの目標として、「楽しさ」を追求するようにしていると語った。

 連覇に代わる目標として「楽しむ」ことを追求するのは、連覇のプレッシャーを克服する戦略としても理にかなっているといえそうだ。

 連覇を目標にすると、周囲からの期待をまともに受け止めてしまう。いちばんの注目校だけに、対抗戦や練習試合の勝敗や戦いぶりに対する批評もたくさん耳に入ってくるだろう。また、連覇を意識したら自ずと受け身になり、プレーに対する集中力がそがれる。そうなると最高のパフォーマンスを発揮することはできない。

 一方、「楽しさ」は連覇とは異次元のものである。しかも周囲の期待や評価と無関係だ。いや、正確にいうと第二章でも触れたようにまったく無関係ではないが、期待され、評価されると楽しくなることはあっても、楽しんだら期待を強く意識するようになるわけではない。そして「楽しむ」ことに意識が向けば、そのぶん連覇を意識しなくなる。

 したがって「楽しむ」ことを徹底できれば、「承認欲求の呪縛」に陥らなくてもすむはずである。

 

 「楽しむ」ことの効用はそれだけではない。心理学者のM.チクセントミハイ(一九九六)によれば、人間は一つの活動に没入している「フロー」状態のときに潜在能力が最大限に発揮される。「楽しい」とは、そのフロー状態なのだ。

 わが国のリーダーには、勉強でも仕事でも刻苦勉励することをよしとし、「楽しむ」のは真剣さがたりない証拠だと考えている人がまだ少なくない。しかし、本気で「楽しむ」ことはふざけたり、サボったりすることではない。逆に最も集中していて、生産的な状態なのである。

(p206)

 

この、帝京大ラグビー部のお話は、この本で一番好きなエピソードです。

 

 組織不祥事をなくすには

 一般にプロは、次のような理由で「承認欲求の呪縛」に陥りにくいと考えられる。

 くり返し述べているように、官僚や大企業のエリート社員にとって高い「認知された期待」と低い「仕事における自己効力感」のギャップが大きい。

 とくに「仕事における自己効力感」が低くなる原因として、わが国特有の人事制度があることを見逃してはいけない。日本企業の社員、とりわけ事務系ホワイトカラーの場合、学生時代の専門はほとんど考慮せずに採用され、配属される。その後は「ゼネラリスト育成」という建前のもと、数年単位で部署を異動する。もちろん職場で研修を受けたり、経験を積んだりするものの、学生時代から専門の軸に沿ってキャリアを形成する欧米に比べると、はっきり言って「素人」の域を出ない。

 

 公務員についても同様であり、省庁別にキャリアを形成する国家公務員に比べ、まるで百貨店のように多様な業務を抱える都道府県や市町村では、いっそう「素人集団」になりやすい。

 いずれにしても誇るべき専門能力がなければ、仕事における自己効力感も低くなり、組織に依存せざるをえない。

 だからこそ、呪縛から解放されるためには組織をプロの集団に帰ることが必要なのである。 

(p216)

 

組織をプロ集団に変えるために必要なこととして、筆者は次のことを挙げています。

  • 「どこの組織でも、あるいは組織に属さなくても通用する能力を身につけていること」。
  • 「人材の流動化を前提にして、企業にとっても個人にとっても転職や独立が損にならないばかりか、むしろプラスになる仕組みを構築」すること。

 

働き方の質や、心構えを問われる改革だと思いました。

承認欲求に捉われると、大概ロクな結果にならない印象を受けましたが、だからこそこの欲求がどこから生まれるのか、自分が得たいと思っているのはどんなことなのか、意識する必要を感じました。

それと、大好きな岩合光昭さんの言葉がチラッと出てきて嬉しかったです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

「承認欲求」の呪縛 (新潮新書)

「承認欲求」の呪縛 (新潮新書)

  • 作者:太田 肇
  • 発売日: 2019/02/14
  • メディア: 新書
 

 

ジョン・グリーン『さよならを待つふたりのために』

こんにちは、ゆまコロです。

 

ジョン・グリーン、金原瑞人・竹内茜(訳)『さよならを待つふたりのために』を読みました。

 

エド・シーランの「All of the Stars」という曲のMVを見て、どんな話なのか気になり手に取ってみました。

 

www.youtube.com

 

「でも、忘れられるのが怖いんでしょ」

「そう、この世界から忘れられるのが怖い。けど、おれの親をまねる気はないけど、人間には魂があって、魂は消えないんだ。おれがいう忘れられる恐怖はまた別だ。自分の命を引きかえにしても、なにも残せないんじゃないかっていう恐怖だ。立派な人生を生きられないなら、せめて最後くらいは立派に死にたいと思うだろ?おれが怖いのは、意味のある生き方も死に方もできずに終わることなんだ」

 私はなにもいわずに首を横にふった。

「どうした?」

「ガスが執着してるその、意味のある死とか、勇気ある立派な功績を残すとか、そんなのおかしい」

「だれだって普通じゃない人生を送りたいと思ってる」

「そうじゃない人もいる」私はイライラを隠しきれなかった。

「怒ってる?」

「そんなこと」最後までいえなかった。「そんな」私たちのあいだでキャンドルの火がゆれた。「そんなこというのは失礼よ。なにかのために生きるか死ぬかした人生じゃないと意味がないなんて。私の前でそんな話するなんて、すごく失礼」

 自分が小さい子どもみたいに思えてきた。私はデザートをひと口食べた。ちっとも気にしてないって見せようとして。「ごめん」オーガスタスがいった。「そんなつもりじゃなかった。おれはただ自分の話をしていただけなんだ」

「うん、そうね」私はいった。

(p177)

 

 

何かを残して死にたいという考え方と、死ぬときに何も残していきたくないという考え方、二人の対比が面白いと思いました。

 

  私はそれまで生きてきた時間のほとんどを、愛してくれた人たちの前で泣かないようにしてきた。だからオーガスタスがなにをしているのかわかった。歯を食いしばって、顔を上げて、自分に言い聞かせる。泣いているところを見せたら、自分を愛してくれる人たちを悲しませてしまう。その人たちの記憶に、自分の悲しい思い出しか残らなくなる。悲しいだけの存在になるのは嫌だ。だから泣かない。自分にそう言い聞かせながら天井を見上げる。そしてつばといっしょに涙を飲みこむ。声をもらしそうになる喉を黙らせる。そして自分を愛してくれる人に笑顔を向ける。

(p224)

 

泣かないようにしてきた、とさらっと言っているけど、実際に主人公のヘイゼルがどんな闘病生活を送ってきたか、読み進めながらその生活を想像すると胸が苦しくなってきます。

そんな中で、16歳にしてGED(一般教育終了検定。合格すると高校卒業に相当する証書がもらえる)に受かってすでに短大で講義を受けているヘイゼルが凄すぎる。

また、ERに運ばれた患者が、最初にしなくてはならないことも初めて知りました。

 

  まだある。ヘイゼルはすごくきれいだ。いくら見ていてもあきない。ヘイゼルが自分より頭がいいのか気にしなくていい。いいに決まってる。ヘイゼルは面白いけど、意地悪なジョークは絶対にいわない。ヘイゼルを愛してる。ヘイゼルを愛せておれは運がいい、ヴァン・ホーテン。この世界で生きる以上、傷つくかどうかは選べないんです。でも自分を傷つける人を選ぶことはできる。おれはいい選択をした。ヘイゼルもそう思ってるといい。

 

 私もよ、オーガスタス。

 私も。

(p327)

 

読み終わった後、もっとこの二人を見ていたかったな、と思いました。

映画のオーガスタスがかわいらしくて、内容を思い出して余韻に浸りました。

好きな人と好きな本の話をして、二人でその作者に会いに行く、という展開が羨ましすぎる。読んでいるこちらも楽しい旅行気分でした。

アンネ・フランクの博物館の様子も詳細で、行ってみたい気持ちが強くなりました。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。

 

さよならを待つふたりのために (STAMP BOOKS)

さよならを待つふたりのために (STAMP BOOKS)

 

 

木村靖ニ『第一次世界大戦』

おはようございます、ゆまコロです。

 

木村靖ニ『第一次世界大戦』を読みました。

 

これまで私が戦争の本を読む時は第二次世界大戦時のものが多く、あまり馴染みがなかったため手にとってみました。

分かりやすい本を探しているときに、このページでおすすめされていたのを見たからです。

 

my-best.com

 

  皇位継承者フランツ=フェルディナントは、格下の貴族の娘との身分違いの結婚のため、子供には帝位継承権が認められず、自身の傲慢な性格もあって、二重帝国支配層内部では嫌われていた。彼は、ドイツ人・ハンガリー人の二重支配体制という帝国の構造に、南スラヴ系諸民族に自治を認めて第三の柱を作り、三重支配体制として安定させる構想を持っていた。そのため、既得権を脅かされることになるハンガリー人から警戒されたばかりか、セルビアからも民族分断の固定化をはかる人物として危険視された。

 一九一四年六月の彼のボスニアでの軍事演習視察が、セルビアの急進的民族主義者を刺激し、彼らの暴走を招く危険があることは、当時一部で認識されていた。オーストリアとのさらなる関係悪化を懸念したセルビア首相パシッチも、曖昧な形ではあったが、オーストリア側に警告を発していた。実際、暗殺当日、セルビアから来た者も含めた数人のボスニア出身青年の暗殺グループが、サレイエヴォ市内各所に待機していた。サライエヴォ到着早々、その一人によってフェルディナント夫妻の車に爆弾が投げつけられ、夫妻は無事だったものの、随行車の乗員が負傷する事件が起こった。その後も視察を続けた夫妻は、負傷者を見舞いに行こうとして予定外のコースを指示した時、次の暗殺者一九歳のプリンツィプの銃弾の犠牲になった。

 ヨーロッパ各国政府は暗殺行為を非難し、オーストリア帝国政府内でも、ハンガリー首相ティサを除いて、セルビアへの懲罰軍事行動支持が多数をしめた。かねてから強硬な対セルビア一撃論者であった参謀総長コンラート・ヘッツェンドルフも― 彼は一九一三年一年間で二五回も対セルビア先制攻撃を進言して、皇帝の叱責を受けていた ―、即時開戦を主張した。

 しかし、セルビア支持が予想されるロシアの介入を阻止するには、同盟国ドイツの支持が不可欠であり、その意向を確認するため、七月はじめ、外相特使がベルリンに派遣された。ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世は、「ドイツは同盟義務と旧来の友好関係に忠実にオーストリアを支持する」と確約し、ベートマン=ホルヴェーク宰相や軍首脳との協議でもこの方針が了承された。この無条件支持は「ドイツの白紙小切手」と呼ばれ、ドイツが開戦に大きな責任があることの重要な根拠とされている。(p46)

 

ドイツはこの戦争の目的を、ヨーロッパの覇権(ヘゲモニー)の獲得と、イギリスと並ぶ世界強国の地位を地位を目指すこととしていたようです。

フランツ=フェルディナントの歌、昔好きだったなあと思い出していました。

 

「戦時財政の財源」という項目も興味深かったです。

 

 当然のことだが、戦時財政の規模はどの国でも巨額に上った。ドイツを例に取れば、戦前最後の平時の年であった一九一三年の帝国政府の税収は二三億マルクで、それにたいし敗戦時の戦費負債は総額一五五〇億マルクになっていた。ドイツは直接税が連邦構成国の財源となり、中央政府の主要財源は間接税から成るという特殊な分配構造になっているため、国民生活に直結する間接税引き上げによる戦時課税には限界があり、不足分は国内外での国債・公債発行で調達する以外にはなかった。通常の租税と国債の比率をどう調整するか、国債発行を主に国内に求めるか、他国の資本市場に求めるかなどは、それぞれの参戦国の状況で違いがある。ドイツは戦費中の租税充当分はわずか三%に過ぎず、ほぼ全額を九回にわたる戦時公債発行によって調達した。大戦前半は中立の立場にあったアメリカ合衆国の市場での公債発行も試みたが、イギリスなどの妨害やアメリカ世論の反独傾向から成功せず、ほとんどが国内での発行であった。オーストリアは、戦時税と公債のほかドイツからの信用供与で切り抜けた。

 

 一方、イギリスは、早くから増税による対応が実施された。労働者など低所得者に配慮して、中・高所得者所得税率を引き上げ、さらに高額所得者には別途特別税を課して、社会的不公平感の高まりを和らげた。こうした方法で戦費の借金を高めないように努めた点でイギリスは際立っており、その結果戦費の二六%を税収でまかない、この率は参戦国中で最も高かった。実際、イギリスは大戦中、資産の平準化が進んだ唯一の国となった。さらに、イギリスは自治領などからも莫大な戦費の支援を受けることもできた。インド帝国の軍事費は、一九一四年の二〇〇〇万ポンドから一八年には七倍の一億四〇〇〇万ポンドに増加しているが、そのほとんどは連合国支援のためのインド軍派遣費であった。にもかかわらず、イギリスはアメリカ市場からもかなりの額を調達しなければならなかった。

 

 金融力の強いフランスは、前半は短期信用で、後半になって公債、増税による調達も併用した。ロシアは国内市場での国債消化は当てにできなかったから、ほぼ全額を英・仏の同盟国で、さらにアメリカでも調達した。(p84)

 

イギリスのお金の使い方のうまさが際立ちます。

また、ロシア革命と大戦との関連も分かりやすかったです。

 

 ブルシーロフ攻勢の成果にもかかわらず、一九一六年後半から、ロシア国内での政治的混乱はさらに深刻化した。開戦から一九一七年まで、首相が四人、内相五人、外相三人、農相四人が交替する状況をみても、政策や方針に一貫性がなかったことは明らかで、実際、場当たり的対応や、各省が相互調整のないままばらばらに対策を出して、混乱を助長していた。皇帝が大本営に詰めている間、ラスプーチンに象徴される首都の宮廷における乱脈や腐敗、ドイツ系出身のため親独的態度を疑われた皇妃への恣意的介入などから、国民の皇帝を見る目は厳しくなっていた。

 

 開戦以来、兵員の動員数は増加の一途をたどり、一六年末には約一五〇〇万人、兵員適格者の四割以上になり、しかも、損失はその三分の一の五四〇万人にも達していた。ロシアが人口大国といっても、この数字は軍だけでなく、経済やロシア社会全体が耐えうる限界が目前にあることを示していた。一九一六年六月、それまで兵役義務を免除されていた中央アジアムスリムに、勤労動員のために徴用命令が出されたのも労働力不足からであった。それに反発して、ムスリムの反乱が中央アジア各地で広まった。ロシア帝国は上と下から解体過程に入った。

 

 皮肉にも、一七年初めには、一部の砲弾生産には余剰がでるまでになり、前線への供給もこの時点がもっとも良好であった。しかし一月、首都では、講和を叫び、パンや燃料を求める十数万人の大衆デモがおきた。実は穀物や石炭も、ロシア帝国全体では極端に不足していたわけではなかった。もともと穀物輸出大国であったロシアは、開戦後、主要輸出航路が遮断されて輸出がとまったため、国内には相当量の蓄積があったのである。とはいえ、穀物・石炭とも産地はウクライナなど南部が中心で、ペテログラードやモスクワなどの北部の大都市消費者への供給は、鉄道がなければ不可能であった。ムスリムの徴用の目的にも、軍事鉄道敷設が挙げられたように、もともと鉄道などの輸送インフラが不十分であったところに、兵員・兵器など軍事輸送が優先されたため、民需用物資の輸送が機能しなくなった。食糧・燃料危機とは、輸送危機にほかならなかった。(p179)

 

資源が豊富な国でも、簡単に食料や燃料の供給が滞ってしまうところに怖さを感じました。

 

筆者は、第一次世界大戦がもたらしたものとして、以下のことを挙げています。

 

 第一に、大戦は列強体制が支配的であった国際関係を否定し、対等な国家から成る国際関係 ―その具体化が国際連盟である― に導いた。ヴェルサイユ条約をはじめとする戦後の一連の講和条約の第一部は国際連盟規約が掲げられている。大戦後の国際体制はヴェルサイユ体制と呼ばれるが、それは国際連盟と一体化した体制を目指したものであった。国際体制の転換は、同時に様々な次元での変動を伴った。たとえば、ヨーロッパ中心主義的世界から多元的世界への転換のはじまりがそれである。この多元的世界には、間もなく、ソ連という異質の次元も加わることになる。

 

 第二に、国際社会の構造単位が、帝国から国民国家に移行したことが挙げられる。これは民族自決権が、国際社会の基本原理と認められたことの結果である。大戦は、ロシア、オーストリアオスマンの三大多民族帝国を解体させ、多くの新興国民国家を生みだした。民族自決権の承認は、当面はヨーロッパに限定されていたものの、植民地や従属地域の民族運動を鼓舞するものでもあった。(p209)

 

こうしてみると、遠い昔の出来事のように感じていた第一次世界大戦も、まだそれほど長い時間は経っていないように思いました。

巻末で紹介されていた、第一次世界大戦を舞台にした文学作品も読んでみようと思います。

 

1.レマルク西部戦線異常なし』(秦豊吉 訳)新潮文庫、一九五五(ドイツの大戦文学。訳文はやや古いそう)

 

2.アンリ・バルビュス『砲火』上下(田辺貞之助 訳)岩波文庫、一九五六(フランスでゴンクール賞受賞)

 

3.カール・クラウス『人類最後の日々』上下(池内紀 訳)法政大学出版局、一九七一

(大戦下のオーストリアをえがいた戯曲の優れた翻訳。当時の事実を素材にしている)

 

4.ロバート・グレーヴズ『さらば古きものよ』上下(工藤政司  訳)岩波文庫、一九九九

 

5.ハシェク『兵士シュヴェイクの冒険』全4巻(栗栖継 訳)岩波文庫、一九七二-七四

オーストリア軍のチェコ人兵士を主人公にした喜劇。多民族構成軍の実態を辛辣にえがいている。)

 

6.エミリオ・ルッス『戦場の一年』(柴野均 訳)白泉社、二〇〇一(イタリア戦線での体験記)

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

第一次世界大戦 (ちくま新書)

第一次世界大戦 (ちくま新書)

  • 作者:木村 靖二
  • 発売日: 2014/07/07
  • メディア: 新書