『ハムレットQ1』を観てきました。
おはようございます、ゆまコロです。
さいたま芸術劇場で『ハムレット』を観てから6日後、今度は渋谷・パルコ劇場で『ハムレットQ1』を観てきました。
Q1とは何なのか?というと、『ハムレット』の原書には3種類あることが関わってきます。
ハムレットには三つの異なる印刷原本が存在しており、二つの四折版(quatro)をQ1とQ2、もう一つの二折版(folio)をF1と呼ぶ。
- Q1(1603年、約2150行):短縮版を役者の記憶に基づき再現した海賊版とされているが、現在では真正であり、Q2の原型ではないかと考えられている(安西徹雄の訳により光文社 から2010年に出版されている)。
- Q2(1604年 - 1605年、約3700行):草稿版。真正かつ完全なる原稿であり、海賊版に対抗して(現在の説ではQ1の改訂版として)出版された。
- F1(1623年、Q2の230行を削り、80行追加):演出台本版。劇団保管の演出台本にQ2を参考にして制作された。
(ウィキペディアより)
以前は海賊版じゃないの?と言われたQ1ですが、最近はそうではなく、シェイクスピア自身が改訂した可能性もあると言われているようです。
そんなわけでQ1は、いつも慣れ親しんでいるハムレットの半分くらいの長さになっています。

とはいえこの長さ。
今回「Q1」を翻訳してくださった松岡和子さんは、Q2とF1を併せた版をちくま文庫で『ハムレット』として翻訳されています。
松岡和子さんが翻訳したQ1も、ぜひ書籍化してほしいです。
Q1は物語が少し異なる箇所があり、場面の順序も『ハムレット』とは違っているところがありました。
人物名の表記は、安西徹雄さんの翻訳(光文社古典新訳文庫)に基づきます。
今回印象に残ったのは下記のシーン。
【レアティーズがフランスへ旅立つシーン(第1幕第3場)】
レアティーズ、ポローニアスからお小遣い受け取る時、お札だけ見たときは受け取ろうとはせず、結局なんだかんだお財布ごともらっちゃう動き、ちゃっかりしてて可愛いです。
【ハムレットが亡霊と話すシーン(第1幕5場 )】
見張りやホレイショにも亡霊が見えてるはずなのに、観客にはその姿は見えず、ハムレットと2人になって初めて亡霊の姿が出る演出が良いと思いました。
それまでは見張りもホレイショも、誰に向かって喋ってるのか分からなくて、ホントに誰かいるの?と観客であるこちらが不安になります。
ハムレット役の吉田羊さん、低音の声がとても素敵。
そして亡霊の声だけエコーかかってるの、不気味さが増してなんか良いですね。
【ポローニアス、レナルドーに手紙を託すシーン(第1幕6場)】
安西徹雄さんの翻訳では、ポローニアスの「どこまで話したっけ?」というくだりはなかったのですが、ここではちゃんと入っています。なんか嬉しい。
それにしてもQ1の『ハムレット』はこんなに短くされてるのに、大抵の上演ではカットされるレナルドーのシーンがあるのが不思議です。こういう笑いを取れそうな場面は、役者にとっても削りたくなかったのかな、と想像します。
ここでのポローニアスとレナルドーとのやりとりを見ると、この後ポローニアスが何となく憎めなくなってきます。レナルドーがお金と手紙をレアティーズに渡すというお使いを頼まれるだけのシーンなのですが、レナルドーの口調からはレアティーズへのリスペクトが感じられて、レアティーズの人望がうかがえます。
なかなか好きな場面です。
【オフィーリアに尼寺へ行けと言うシーン(第1幕第7場)】
・ハムレット(吉田羊さん)はオフィーリア(飯豊まりえさん)よりも小柄なんですね。
ハムレットがオフィーリアと話す時、またローゼンクランツとギルデンスターンと話す時など、時々女性の声に戻るというか、高音で喋るのがやや気になりました。
本心と狂気を使い分ける手法なのかもしれません。個人的には真面目なハムレットの声のトーンが素敵なだけに、そんなに笑いを取りに行かなくていいのよ、という気持ちになります。
・オフィーリアがハムレットにもらった贈り物がウサギのぬいぐるみなのが可愛い。
その後受け取ったハムレットに首もがれてるけど。
・旅役者のさわりの芝居を聞いてるハムレット、体育座りしてて可愛すぎないか。
今回はお芝居のさわりよりもこのポーズの方がポイント高かったです。
【ハムレット、芝居を見る叔父を観察してほしいとホレイショに頼むシーン(第2幕第2場)】
ホレイショ、ハムレットに褒められて言葉を失いつつ、照れて本で顔隠してるのが大変に可愛いです。
なぜホレイショは最初からずっと本持って登場するのだろうと不思議でしたが、このためだった(?)んですね。
【王様、后の前で芝居をしてもらうシーン(第2幕第2場)】
・これから始まる劇中劇のあらすじを見せるシーン、観客から見ていると何が言いたいのかよくわからないこともあるのですが、今回は一場面ずつ、カーテンで隠したり開けたりしながら見せる演出でした。これ、すごく分かりやすい。
もう、この時点で王様役が暗殺される話じゃん、っていうことが丸わかりだけど。
・ハムレット、オフィーリアの膝で寝ませんでした。ここでのハムレットは、オフィーリアの膝枕で劇を見るのが当たり前かと思っていたのですが、そうじゃないこともあるんですね。そういえば、吉田鋼太郎さん演出の『ハムレット』でも、ここでは膝枕をしていませんでした。
【ハムレット、ポローニアスを殺すシーン(第2幕4場)】
Q1と従来の『ハムレット』の大きな違いは、ここでお母さんに王様を殺した犯人を明かしてしまうところです。
今まで前の王様(ハムレットの父親)が殺されたことを知るのは、ハムレットとホレイショだけだったのに、Q1では味方が増えてすごくいいと思います。
ただ、苦しい胸の内を話したからか、こころなしか、ハムレットがお母さんを責めるのも、マイルドというかおとなしめな気がします。
【オフィーリア、狂気の姿で兄の前に現れるシーン(第2幕第6場)】
狂ったオフィーリアが楽器を持って現れる演出を初めて見ました。茫然自失といった感じが現れていて良いです。
それにしても、彼女の後をシスターっぽい出で立ちの女性たちが付いてまわるのがなんとなく不吉というか、不気味です。お目付け役なのかもしれないけど、これからオフィーリアに降りかかる不幸を先回りしているように見えました。
【墓掘りとハムレットが会話するシーン(第2幕第9場)】
墓掘り同士がクイズを出したり、墓穴を掘りながら歌ったり、通りがかったハムレットと王様の道化だった男性の思い出話をしたり、意外と長いシーンだと思うのですが、ここのシーンもQ1ではカットされていません。役者も、このシーン好きなのかなあと思って見ていました。
そして墓掘りの放り投げる髑髏が、観客席のギリギリまで飛んできてドキドキしました。
試合のシーンは、女性らしい立ち居振る舞いで優雅なハムレットです。試合が始まる前の構えとか。
それと引き換えにこれは仕方がないことなのでしょうが、試合は軽めというか、お芝居的でやや迫力に欠ける印象を受けました。
そして母が死んだのが叔父のせいだと分かった途端、なんで叔父さんはハムレットに自ら殺されに行ってるの?笑
レイアティーズが謀略のこと暴露しちゃったから、観念しちゃった?
殺されそうなんだし、もう少し悪あがきしてもいいんじゃないかなあと感じました。
好き勝手に書きましたが、Q1はQ1でとても良かったです。

またどこかで演じてもらえることを楽しみにしています。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
『ハムレット』を観てきました。
おはようございます、ゆまコロです。
2024年5月某日、さいたま芸術劇場にて、『ハムレット』を観てきました。
これまでの人生で読んだ本で、ゆまコロが一番好きな話です。
このお話の観に行けそうな公演や映画は、出来るだけ観に行っています。
コロナ禍もあってなかなか見られなかったので、今回は久々のハムレット観劇です。
故・蜷川幸雄さんからシェイクスピアシリーズのバトンを引き継いだ吉田鋼太郎さんが演出しています。
翻訳は小田島雄志さん。
話が大好きすぎて見るたびに毎回いろいろ言いたいことが出てくるので、感動を忘れないように記しておきます。
※途中、腐女子的な感想に傾いていますので、ご注意下さい。
【城壁で亡霊が出るシーン(第1幕第1場 )】
会場が暗くなってからすぐ見張り同士の会話が始まります。
まだ会場は割とざわざわしています。展開が早くて驚きました。
登場する見張り同士顔も見えない真夜中に、合言葉でお互いを確認する場面なのですが、観客からも舞台の人の表情は見えないくらい暗いです。おまけに一緒に観ていた母は、このシーン、早口で何言ってるのか分かんなかったとあとで言っていました。初見で何の話をしているか分からないと、なんのこっちゃとなって話に入っていきにくいかも。
幽霊の噂を確認するところなので緊迫感を表現してるのかもなのですが、最初の城壁シーンはもうちょっとゆっくり見せてくれても良かった気もします。
もっとも、ここで出てくる人物でのちのちまで重要なのはホレーシオくらいなので、混乱っぷりと、おどろおどろしさが伝われば、それで良いのかもしれません。
【ハムレット初登場のシーン(第1幕第2場)】
王様、王妃、レアティーズ(ライバル)、オフィーリア(恋人)など勢揃いのシーンです。
叔父さん(クローディアス;吉田鋼太郎さん)は、第一声からよく声が通っていて、いかにも舞台〜って感じの発声でした。堂々としていて、惚れぼれします。ぴったりです。吉田さんはハムレットのお父さん(亡霊)役もされていたのですが、終始一番発声が聞き取りやすく、他のみんなを引っ張っている感じを受けました。
ここで初めて出てきたハムレット(柿澤勇人さん)の、最初の演技になにかいろいろ感じるものがあったはずなのですが、見張り役のマーセラスの名前は覚えていたのに、同じく見張りのバナードーの名前が思い出せなくて、迷った挙げ句、大きな声で「今晩は!」とだけ言ったシーンが可愛くて、感想は吹き飛んでしまいました。
【レイアティーズがフランスへ旅立つ前のシーン(第1幕第3場)】
オフィーリアとレアティーズ、別離の前に追いかけっこしています。仲の良い兄妹っぽいのが出てて、見ていて幸せです。
考えてみると、ハムレットの家族はお父さんが暗殺されたりお母さんが再婚ほやほやだったりしてバタバタしているけど、父ポローニアスと息子レアティーズ、妹オフィーリアの家族は、みんなそれぞれ仲の良さが際立っています。
特に兄と妹が親密だと、この後のオフィーリア死去の際、お兄ちゃんの悲壮感が際立って良いなあと思って見ていました。
【旅役者の一行が城に来るシーン(第2幕第2場)】
トロイ戦争のお芝居のさわりをやってもらうシーンなのですが、ここからハムレットの計画が始まって大きく話が動くので、どんなふうに演じられるのか、個人的にいつも注目している場面です。
ハムレットのリクエストに応えてセリフを言う旅役者(櫻井章喜さん)、凄くうまい。翻訳からもともと格好いいセリフ回しなのですが、第一声までの間が絶妙で、ドキドキしました。
演技を見ていたハムレットが涙ぐむというシーンなので、たいてい上手にやってくださる方が多いのですが、こちらも引き込まれました。
この後、父が殺された場面を叔父の前で再現しちゃおう、というハムレットの動機づけになるだけの説得力がある演技でした。
【ポローニアス、ハムレットの様子を伺うシーン(第2幕第2場)】
ポローニアスがハムレットの狂気を探ろうと話しかけて、逆に馬鹿にされるシーンです。
ここは結構ユーモラスな場面なのですが、ポローニアスの演技が大人しめでさらっと流れていったのが気になりました。希望としては、ポローニアスは、もうちょっと空気読まない感じにして欲しい。
それでなくても、今回ポローニアスのとその従者レナルドーの場面(レアティーズにお金を届けるよう指示する、ちょっとほっこりする場面)がカットされているというのに、ここであなたに笑いをとってもらえないと、この先意外と辛いのですが、と不安になりながら見ました。
【ハムレットがオフィーリアへ尼寺へ行けと言うシーン(第3幕第1場)】
オフィーリア、ハムレットの強い口調に困惑してるっぷりがよく出てます。
ここでのオフィーリアは「もともとお前を愛してはいなかった」と言われて、困惑後、悲しみに暮れるというのがお決まりの反応だと思うのですが、北香那さんのオフィーリアからは、ハムレットと話していて、相手が得体がしれないものに見えてきているというか、ハムレットのことがだんだん嫌になってきてる感も伝わってくるようで、同じ女性としてちょっと親近感が湧く感じでした。
【みんなで芝居を見る前のシーン(第3幕第2場)】
芝居を見る前に、ハムレットがホレーシオ呼ぶの可愛い。小田島さんの翻訳ではこんなに連呼はしていなかったと思うけど笑
まだ舞台に登場もしていないのに遠くから何度も呼んでいます。
もともと、
「激情の奴隷ではない男、そういう男がいたらおれはこの胸に、胸の底に、固く抱きしめるだろう、いや、いま抱きしめている。きみという男をな、ホレーシオ。」
って言ってるシーンなんだけど、それにしてもちょっとくっつき過ぎじゃない?こんなにお互い抱擁し合ってるなんてことがあっただろうか。もっとやっていいのよ。
このホレーシオへのベタ褒めっぷり、主人公の中でのローゼンクランツ&ギルデンスターンとの扱いの落差が目立ってよい。
このシーン、死ぬ前の走馬灯にしてリプレイ再生したい、と思って真剣に観ました。
【ハムレット、王妃の居間で母と話すシーン(第3幕第4場)】
息子の狂気にお母さんの怯えっぷりが求められるシーンです。ハムレット、かなり本気で罵っています。
クローゼットシーンと呼ばれる母と息子のこの場面は、なんか知らないけど濡れ場のようにやらしいことが多いのですが、今回は特にいやらしかった。
母にハムレットが馬乗りになるだけでもハラハラしているのに、観ている方がいたたまれない気持ちになるので、お母さんの胸を揉むな。
息子が目の前でポローニアスを殺すので、母役には怖がってほしい気持ちはあります。 しかしお母さんも、理不尽でも虚勢でもいいから、もうちょっと母親らしくというか、上から目線感を出して欲しい。息子に対して本気で怖がってて、お母さんの悲鳴しか聞こえんがな。
割と、「早く終わってくれ」と思ってしまう場面でもあります。
(力いっぱい演じてくださっているのにごめんなさい。)
同じ人が演じているので当たり前なのですが、前の夫(ハムレットの父)の肖像画も、今の夫(クローディアス)の肖像画も同じ顔なのが、ちょっとウケました。
【レアティーズがフランスから帰国するシーン(第4幕第5場)】
レアティーズ、お父さん(ポローニアス)を殺されたというのに、純粋というか、口調からそこはかとなくいい子なのが出ています。かといって、あまり王様(クローディアス)のことを信頼しすぎていないというか、クローディアスにへりくだってないのも好感が持てます。
渡部豪太さんは「ふるカフェ系 ハルさんの休日」を観たことがありましたが、ぜんぜんイメージが違っていて、とても良かったです。ハムレットのライバルとして対峙しようという覚悟が伝わってきました。
決闘シーンは本当のフェンシングの試合のようで迫力がありました。途中で2人の剣が入れ替わるのもスムーズです。
会期が始まる前に、駅でこのポスターに写っている柿澤さんを見て、満面の笑みだったので、あっ、なんか大丈夫そうかも、と勝手に思っていました。ハムレットという人物像を分かったというか、自分で掴んでいなければ、ここで笑顔は出来なさそうな気がしたからです。(偉そうですみません。)

今回の戦利品。
パンフレットだけ買おう、と行く前に決めていたのに、
眼の前にしたら、「HAMLET」と書かれているグッズには抗えませんでした。
かわいい巾着にはゼリーが入っています。観劇中、お腹が空きすぎて、休憩中に完食してしまったため、中身はカラです。

400年以上前に書かれたこの話を、演じる人がいて、面白がってくれる人がいて、日本語に翻訳してくれた方もたくさんいて、未だに関わってくれる方がいて、ずっと愛されてきたのだなーと思うと、いちファンとして心の底から幸せな気持ちになります。
出会えて良かったです。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
走らない理由なんかない。『運動脳』を読んで
こんにちは、ゆまコロです。
テニスを始めて今年で10年になります。
以前は運動に関する本など見向きもしませんでしたが、テニスがうまくなりたい、元気な体を手に入れたい一心で、スポーツに関する話題に興味が湧いてきました。
そんな中で気になっていたアンデシュ・ハンセンさん、御舩由美子さん(訳)の『運動脳』をようやく読みました。
ストレスにうまく対処するのに、コルチゾールが脳におよぼす影響を減らすことが有効なのは間違いない。
ここで、いよいよ運動の出番だ。 あなたがランニング、あるいはサイクリングなどの運動をすると、それを続けている間はコルチゾールの分泌量が増える。なぜなら肉体に負荷がかかる活動は一種のストレスだからだ。
筋肉を適切に動かすためには、より多くのエネルギーや酸素が必要なので、血流を増やそうとして心臓の鼓動は激しくなる。そして心拍数と血圧が上昇する。この場合のコルチゾールの働きは正常であり、身体を動かすために必要な反応だ。
しかし運動が終われば、身体はもうストレス反応を必要としないので、コルチゾールの分泌量は減り、さらにランニングを始める前のレベルにまで下がっていく。ランニングを習慣づけると、走っているときのコルチゾールの分泌量は次第に増えにくくなり、走り終えたときに下がる量は逆に増えていく。
さあ、ここからがおもしろいところだ。
定期的に運動を続けていると、運動以外のことが原因のストレスを抱えているときでも、コルチゾールの分泌量はわずかしか上がらなくなっていく。 運動によるものでも仕事に関わるものでも、ストレスに対する反応は、身体が運動によって鍛えられるにしたがって徐々に抑えられていくのだ。
つまり運動が、ストレスに対して過剰に反応しないように身体をしつけるのである。単に運動をしたために「全般的にいくらか気分がよくなっている」だけでなく、身体を活発に動かしたことでストレスに対する抵抗力が高まるのである。(p72)
この本が面白いと思ったのは、イライラがどこから来て、体はどのようにその感情に対応するのか、ということを提示し、さらにそのストレスを克服する方法としてどのようなものがあるのか、を教えてくれているところです。
コルチゾールはストレスホルモンとして何となく知っていましたが、過剰に増やさないようにする方法があることは初めて知りました。
コルチゾールが過剰分泌されると、免疫力の低下、脂肪がつきやすくなるなどの症状が起こるらしいので、これを知っただけでも運動したくなってきます。
じつは、うつ病の症状を最終的に取り除いてくれるものは、この「別の何か」だ。近年、神経科学の分野の研究者たちは、この奇跡ともいうべき物質にますます注目している。 「BDNF (脳由来神経栄養因子)」だ。これこそ、この章の主役、脳内最強とも呼べる物質である。
BDNFは、主に大脳皮質(脳の外層部)や海馬で合成されるタンパク質だ。医学の研究者たるもの、奇跡の物質なる言葉をむやみに使うことは慎むべきだが、このBDNFはその言葉に充分に値するほど、脳に計り知れないほどのすばらしい恩恵を与えてくれる物質である。
意欲減退を防ぐ、科学が「奇跡」と呼ぶ物質
BDNFは、脳細胞がほかの物質によって傷ついたり死んだりしないように保護している。
通常なら、酸素やブドウ糖を取り込めなかったり、有害な物質の攻撃を受けたりすると、脳細胞が損傷するか壊死してしまう。だが、その前にBDNFを受け取っていれば、そういった損害を避けられるのだ。
脳は、たとえば脳卒中や頭部を強打するなどして損傷を受けると、みずからを守るためにBDNFを放出するといわれている。BDNFは脳の損害を最小限に抑えるための、いわば救助隊だ。その働きは、白血球が細菌と戦うために抗体をつくることや、血小板が凝固して傷口を止血することによく似ている。
このように、様々な場面でBDNFは脳細胞を守っている。だが、BDNFの仕事はそれだけではない。新たに生まれた細胞を助け、初期段階にある細胞の生存や成長を促す役目も果たしている。また脳の細胞間のつながりを強化し、学習や記憶の力を高めている。さらには、脳の可塑性を促して細胞の老化を遅らせる働きもしている。
このほかにも挙げればきりがないほどのメリットがある。要するにBDNFは、脳の天然肥料なのだ。
大人でも子どもでも、また高齢でも、BDNFは脳の健康にとって欠かせない物質である。
それが、うつ病とどう関係するのだろうか。
じつはBDNFは、うつ病とも密接に関わっている。うつ病を患っている人は、BDNFの分泌量が低い。実際に、自殺した人の脳を調べるとBDNFの値が低いことがわかる。
うつ病の人が抗うつ剤を服用すると、BDNFの濃度は上がる。うつ状態から回復して精神状態が安定するにつれ、BDNFがつくられる量も増えていく。
それだけではない。BDNFの値は、単にうつ病と関わっているだけでなく、私たちの人格形成にも影響をおよぼしている。実際に、神経症の患者はBDNFの値が低い傾向にあるといわれているのだ。
BDNF生成に運動ほど効果的なものはない
さて、ここで問題である。いったいどうすれば、この奇跡の物質を増やせるのだろうか。
錠剤にして飲めばいい? 残念ながら答えは「ノー」だ。口から入れても胃酸で溶けてしまう。それに、たとえ胃酸から保護できたとしても、血液脳関門という脳のバリアを通過するのは難しい。
また、BDNFをじかに血管に注射しても同じだ。血液脳関門を通れないため、脳に到達できない。頭蓋骨にドリルで穴を開け、そこから脳に注入することは理論上は可能だが、実際に行うには無理がある。
ところが、BDNFを増やせるごく自然な方法がある。それは さあ、ドラムロールをどうぞ—運動である!
じつのところ、BDNFの生成を促すのに、運動ほど効果的なものはないといっていい。動物実験では、マウスやラットが運動すると脳がたちまちBDNFをつくりはじめ、運動をやめても数時間はその状態が続くことがわかっている。心拍数がある段階まで増えると、BDNFが大量に生成されるのである。
たとえ、初めて運動をしたあとですぐにBDNFがつくられなかったとしても、あきらめずに運動を習慣づけてほしい。 定期的に運動をすれば、そのたびにBDNFの生成量も増えていくのだから。
たとえば週に2回、30分ランニングをするとしよう。長時間続けたり、速く走ったりする必要はない。ランニングを1回するごとに、BDNFの生成量は少しずつ増える。ランニングをやめても、一旦増えたBDNFの値はすぐには下がらず、2週間ほど経ってからやっと下がりはじめる。BDNFを増やすことにかぎっていえば、一日も休まずに運動しなくてもよいということだ。
BDNFを増やせる活動は、有酸素運動だ。筋力トレーニングでは、同じ効果が得られないといわれている。BDNFを大量に増やしたければ、定期的に活発に身体を動かすことが好ましく、有酸素運動のうちでもとくに「インターバル・トレーニング」が適している。
インターバル・トレーニングとは、「60秒激しく動いて60秒休む」を1セットとし、それを10回繰り返すようなトレーニングで、ケガのリスクを考えればランニングよりサイクリング(フィットネスバイクなど)がおすすめだ。
もっとも肝心なのは心拍数を増やすこと。毎回そこまで運動量を上げられなければ、ときどきでもよい。
運動で「海馬の細胞数」が増える
うつ病になると、脳は少しずつ縮んでいく。だが、じつのところ、すべての人の脳は少しずつ縮んでいる。25歳ごろから、1年で約0.5%ずつ小さくなっているのだ。
だが、うつ病になると、そのスピードは加速するという。これは脳に新しい細胞が生まれないことと関係している。現代の科学では、脳の細胞は成人してからでも増えることがわかっているが、うつ病になると、細胞の新生が阻害されてしまうのだ。(p182)
意欲が減退することに、こんな物質が関係していたとは。そしてここまで明らかになっていることがちょっと嬉しい。うつを発症したら、この文章のこと、思い出せるといいなあ。
そして個人的には最近、HIIT(ヒット。High Intensity Interval Training(高強度インターバルトレーニング)のこと)について知ったので、ちょっとテンションが上りました。
ただ、巻末の「どんな運動をどのくらい?」には、こうあります。
「より高い効果を望むなら、最低30分のウォーキングをしよう。
脳のための最高のコンディションを保つためには、ランニングを週に3回、45分以上行うことが望ましい。重要なポイントは、心拍数を増やすことだ。
そして、有酸素運動を中心に行おう。筋力トレーニングも脳によい影響をおよぼすが、どちらかといえば有酸素運動のほうが望ましい。あなたが筋力トレーニングのほうを好むとしても、持久力系の運動をぜひ取り入れてほしい。(p355)」
45分以上のランニングを週に3回…。うーん、やはり結構ハードルは高いなあと思いました。
なんの気休めにもならないかもしれませんが、これを読んでから、自宅からバスまでの3分、会社の最寄り駅から会社までの5分をとりあえず走ることにしました。帰りも同様に。むちゃくちゃ短距離なので、意外と続いています。
あなたが他人より老けやすい確率は「33.3%」
認知能力がまったく損なわれていないことが、身体の機能が正常に働くためだけで
なく、仕事をするうえでも欠かせない場合がある。
年齢を重ねるにつれて、集中力やマルチタスキングの能力、判断力は緩やかに衰えていくが、それは仕事が続けられなくなることにもつながる。そして、ここで例として取り上げる「航空機のパイロット」は、認知機能が完璧であることを常に要求される数少ない職業の一つといえよう。
スタンフォード大学の研究チームが、「パイロットの加齢による飛行技術の変化」を調べるため、フライトシミュレーターを使って144名のパイロットの技能を1年ごとにテストした。このテストによって、飛行中に想定される緊急事態_エンジンや着陸装置の故障、別の航空機が空域に迷い込んで衝突する恐れがある、などのあらゆる事態に直面したとき、彼らがどのように対処するかが観察され、その技能が見極められた。
調査を始めて数年が経つと、パイロットの技能が年々落ちていることがわかってきた。脳が老化することを考えれば当然である。ところがそのなかに、ほかのパイロットの2倍の速さで技能が低下している人たちがいた。そのパイロットたちの遺伝子を調べたところ、脳の肥料であるBDNFの遺伝子が数多く変異していた。また彼らは、この変異が見られないパイロットに比べて海馬の萎縮の進み具合も速かった。
この変異型の遺伝子は、144名のパイロットの3分の1に見られた。 全人口に置き換えても、同じ割合でこの遺伝子を持つ人がいると考えられる。人類の3分の1が、これと同じ遺伝子を持っている可能性があるのだ。つまり3人に1人が、脳の老化や海馬の萎縮を早め、知的能力の衰えを促す遺伝子を持っているかもしれない。
では、この遺伝子の影響を阻止する方法はあるのだろうか。
残念ながら生まれ持った遺伝子そのものを変えることはできない。親から変異型の遺伝子を受け継げば、体内には確実にそれが存在する。だが運動することでBDNFを増やすことは可能であり、とくにインターバル・トレーニングのように負荷の大きい運動は効果があるといわれている。
この研究を指揮した科学者は、アメリカのメディアにインタビューで次のように述べている。「脳内のBDNFを確実に増やす、明確に立証された方法があります。それは運動です」
運動をすれば、知性が衰えないためのコンディションを保つこともできる。脳の老化も、知性の老化も食い止めることができるのである。人類の3分の1が脳の老化を早める遺伝子を持っているならば、私たちはすぐにでも運動を始めるべきだろう。(p315)
そう言われればそんな気もしますが、老化のスピードは人によるんですね。
「3人に1人が、脳の老化や海馬の萎縮を早め、知的能力の衰えを促す遺伝子を持っているかもしれない」と知ったら、そしてその老化を食い止める方法が運動なんだと知ったら、もう運動する以外の選択肢はないように思えてきます。
あなたの頭脳は「たった1秒」で激変した
私たちが農耕生活に転じて以来、1万年が経過した。これは永遠にも思える年月だ。
だが生物学的に見れば、きわめて短い期間だといえる。
私たちが農民だった時代は、時間軸で考えると人類の歴史全体のわずか1%に過ぎない。
工業化社会は約200年続いたが、今の私たちにとって1800年代は紛れもなく遠い昔であり、これも非常に長い年月といえるだろう。
とはいえ進化の観点では、ほんの一瞬に過ぎない。人類の歴史を1日に短縮すると、私たちは午後11時40分まで狩猟採集生活を送っていた。
そして工業化社会が始まったのは、午後11時58分40秒。1日が終わるまで、あと20秒というときだ。デジタル社会、つまりインターネットにつながったのは午後11時58分38秒。1日24時間のうちの最後の1秒である。
ほかの生物が進化を遂げる年月を思えば、人間の進化がいかに気の遠くなるような年月を要するかがよくわかる。たいていは大きな変化が起きるまで1万年、いやもっと長くかかるものだ。
要するに、一般的な現代人は100年前の人間とも1000年前の人間とも、1万年前の人間とも遺伝子的には変わらないのである。
よく考えてみてほしい。 人類の歴史において、ほんの短期間に生活様式がことごとく変わり、それによって身体を動かす必要性は半分に減った。人類の進化が何万年もの年月をかけて緩やかに進むことを考えると、私たちの生活様式は、脳の進化の速度をはるかにしのぐ速さで変わったことがわかる。生活様式の変化に、肉体が追いついていない状態だ。
生物学的には、私たちの脳と身体は今もサバンナにいる。私たちは本来、狩猟採集民なのである。
この事実を、これまで述べてきた内容―運動をすれば、脳の機能が強化される。気分が晴れやかになり、不安やストレスが和らぐ。創造性が増して、集中力が高まる。逆に身体を動かさないと不安にとらわれて悲観的になる。物事に集中できなくなる―と合わせて考えれば、現代人を悩ませる「あらゆる心身の不調」は、身体を動かさなくなったことが原因だと考えていい。
人類は、「生物としての歩き方」が間違っているのだ。(p342)
この、人類の歴史を24時間に例えた話好きです。
自分の体も脳みそも、まだサバンナにいた頃とさほど変わらないと思うと、あっちが痛いとかこっちが調子悪いだとかは、自分のとんでもない運動不足が原因で起こっている不調なんだろうな、とも思えて、何となく腑に落ちます。
ということで、今回はここまで。
またまた長くこちらのブログを放置してしまっていましたが、せっかく読んだ本たちのことをどんどん忘れていってしまうので、再開しました。
また見に来てくださると嬉しいです。
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懸命な巣作りにぐっと来る。『身近な鳥のすごい巣』を読んで
こんにちは、ゆまコロです。
『身近な鳥のすごい巣』を読みました。
著者は鳥の巣研究科でもあり絵本作家でもある鈴木まもるさんです。
日本で見られる36種の鳥とその巣がスケッチされています。でも全然見たことない鳥も載っていて、興味深かったです。
新書サイズの本なのに、オールカラーで絵本のようにイラスト満載なのが楽しい。
そして鳥好きの私がもっとも盛り上がったのが、巣とともに描かれた卵のイラストが実物大なところ。実際に手にすることはないけれど、もし手に乗せたら、このくらいかなーとイメージすると心躍ります。
身体も小さいスズメ目のセッカ(全長約13センチ)の卵なんて、長径約16mmx短径約11mmだというから、手のひらサイズどころか、指先に乗るくらいしかない。
そんな小さな卵が、イネ科の植物の葉っぱをクモの糸で編んだ巣の中に入っているとか…。うーん、愛おしすぎる。
鳴き声もかわいい。
鳥が好きで図鑑などをよく見ていたつもりなのに、まったく知らないことばかりで目からウロコでした。
例えば、まえがきにある「鳥の巣」は鳥の家ではない、というお話。
多くの人が、「鳥の巣」というと鳥の家だと思っているがそうではない。卵を産むときにつくり、ヒナが巣立つと、もう二度と使わない。通常、雨や風などで崩壊してしまう。
「我が家のツバメは毎年同じ巣を使う」という人がいるが、あの土の部分は家の基礎のようなもので、毎年あの中に枯草や羽毛などを入れて新たに巣をつくっている。だからツバメも毎回つくっているのと変わらない。
鳥の巣は、一番大切な卵とヒナが襲われないよう、発見されにくい場所につくると同時に、暑さや寒さから小さな生命を守るという任務を課せられた、鳥にとってなくてはならない重要なものだ。
しかし、過去の書物をひも解いて見ても、その重要性、かつ面白さを表記したものはほとんどないといっても過言ではない。したがって、世界中の人が鳥や鳥の巣という言葉は知っていても、本当の鳥の巣を知る人はほとんどいないというのが実情だ。
試しに読者の中でメジロやウグイスの巣をパッと頭に思い描ける方がどれだけいるだろうか?さらに、メジロがクモの巣から糸を取って巣をつくっていること、ウグイスがササの葉で屋根のある球体の巣をつくっていることを知っている人はほぼいないのではないだろうか。(「そういえば知らないなあ」と思われた方は、この本を最後まで読むことをお勧めする。)
鳥の巣を知ることは、鳥やヒナのことを知るだけでなく、その鳥の住む環境を知ること、周囲の生物との関係、さらに人が生きるうえで欠かすことができない家や服など、人の暮らしとの関係を知ることにもつながるだけでなく、人がなぜ生きるのか、本能とはなんなのかという哲学的なことまで教えてくれるものなのだ。
恐竜が鳥へ進化したこと、 恐竜が絶滅し、鳥が今の世界に生きていることなど、今までの科学では解明できていなかった謎も、鳥の巣から知ることができるだけでなく、現在の人間社会と、未来を新たな見地で見なおすことにもつながることなのだ。
(はじめに)
(p3)
クモの糸で巣を作るメジロもそうですが、気が遠くなりそうな作業をして巣を作っている鳥が多くて、本当に感心させられます。しかも、教わったわけでもないのに、皆同じように巣作りをするというのが不思議です。
リノベーションされたヒヨドリの巣
ある日、山でヒヨドリの古巣を見つけた。取ってみると、枯葉でドーム状の屋根ができて横に入り口があるではないか。こんなケースは初めて見る。
筆者の住む本州中部は、温暖なためヤマネがツルや枝が密集した場所に枯葉をボール状にした巣をつくることがある。きっとヒヨドリの古巣をヤマネがリノベーションしたのだろう。上野動物園の職員の方に聞いてみると、「ヤマネの生態は不明な部分が多く、可能性はあるだろう」とのことだ。その後、海外の本に「ヤマネが鳥の古巣を使うことがある」との記述を見つけた。 実際に巣箱で寝ているヤマネも発見した。生命が育っていく自然界の営みの豊かさを感じて嬉しくなる。(p52)
このページには、
1.【夏 】ヒヨドリのヒナが巣立った
2.【秋】ヤマネが枯葉で屋根をつくった
3.【冬】ヤマネが春まで冬眠した
という図解があるのですが、そのイラストがとてもかわいい。
冬眠中のヤマネ、見てみたいなあと思ったのですが、見つけても起こすのは厳禁ということなので、写真を見て想像を膨らませます。
下記のリンクから見られる、赤ちゃんを口に咥えて運ぶ写真が、むちゃくちゃ可愛らしいです。(2ページめにいます。)
(・・・)しかし、シャカイハタオリはこの巣をつくることでこんな厳しい環境でも生きられるようになったのだ。実はこの巣は一羽の鳥の巣ではなく、数百羽の鳥が集団で暮らすマンションのような鳥の巣なのである。 断面図でわかるように、それぞれの部屋は個室になっていて下側が入り口になっている。
この巣で重要なのは壁で、枯草を差し込んで形を維持させており、ものすごい数の枯草の集合体のため、壁が厚く断熱効果が高いのだ。外が日中四十度以上の時や夜のマイナス十度の時も巣の中は常に二十六度に維持される。これはNHKの「ダーウィンが来た!」番組制作で現地に行き、実際に温度を測っているから、嘘ではない。
最初に鳥の巣はヒナが巣立つともう二度と使わないといったが、この鳥は例外で、この巣に一年中暮らしている。日中暑いときは、巣の中や下の木陰で休み、夜寒くなると、巣の中に入るので消耗が少なく生きていけるのだ。毎年繁殖期に新しく巣を増築していくので、年々大きくなり、数十年かかってこのような巣になっていくわけだ。
そして、このシャカイハタオリの巣を見るとわかるように、人がつくるかやぶき屋根と形も構造も同じだ。
数百万年前、人は洞窟を住居として暮らしていた。食料を得ようと出かけた時、灼熱の地で木陰を求め一休みしたのがこの巣の下だったのだ。そこは涼しく快適で、上を見ると鳥が枯草を集めて巣づくりしている。「自分たちもやってみよう」と、草を集め、家をつくるようになったのが人の家の始まりといわれている。かくして洞窟のないところでも人は暮らせるようになり、人類発祥の地アフリカから世界中へと、人類は広がっていったのだ。
こうして、枯草を集めた家から始まり、農耕文化を発達させながら、木や土、石などを使ってより快適な空間をつくろうと建築技術を向上させ、現代の人間社会へとつながっていく。
(p22)
このシャカイハタオリは南アフリカにいるスズメに似た鳥なのですが、巣のインパクトがすごい。何も知らないで下を歩いたら腰を抜かしそうです。
大きなくちばしを持つ理由
カワセミはセルリアンブルーの美しい色の鳥で、バードウォッチャーの憧れの的だ。
前述の巨大隕石衝突後、崖などに巣づくり場所を求めたのが、カワセミの仲間だ。巣は雨が入らないように、水辺の土手などの上方が下方より突き出ているところに、オスメス共同で穴を掘る。小さな体に見合わない、大きなくちばしがカワセミに備わっているのは、この巣づくりが関係している。太いくちばしをつるはしのようにして、土手に体当たりして掘り進んでいくのだ。
少し話は逸れるが、つるはしとはツルのくちばしという意味を持つ。これに限らずヘラサギ (英語名は White Spoonbill) やイスカの食い違ったくちばしなど、昔の人間は鳥のくちばしを模して、はしやスプーンなど様々な道具をつくったのだろう。
(p99)
絵で解説されたものを見ると、たしかにイスカのくちばしは缶切りみたいだし、ヘラサギのくちばしはスプーンみたい。
他にも、著者のお家のクリスマスリースの中にキセキレイが巣を作ってくれた話があって、とても羨ましく感じました。キセキレイがリースの内側の下のところにちょこんと座っちゃって、可愛すぎるでしょ。「ホバリングの様子が室内からよく観察できた。」とあり、鈴木先生は見るたびに幸せな気持ちになっただろうな、と思います。
寝る前の楽しみにちょっとずつ読んだのですが、卵を産む際に一生懸命巣を作っている鳥たちのことを考えると、その器用さと創意工夫に驚くとともに、いじらしくてなんだかこちらも元気づけられました。
鈴木先生の展覧会やワークショップでは、実際の鳥の巣を見られることもあるらしいので、チャンスがあれば行きたいなーと思っていたら、8月に東京ミッドタウンの中の「21-21デザインサイト」で展示があるそうなので、今からとても楽しみにしています。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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対岸の火事ではない。『第三次世界大戦 日本はこうなる』を読んで
こんばんは、ゆまコロです。
池上彰さんの『第三次世界大戦 日本はこうなる』を読みました。
第一次世界大戦も第二次世界大戦も、初めから「世界大戦になる」と考えられていたわけではありません。想定外の出来事が相次ぎ、気が付いたら世界大戦に発展していたというわけです。
ロシア軍によるウクライナ侵攻は、いまのところは戦場がウクライナに限定されていますが、これからどうなるかわかりません。ウクライナにしてみれば、ロシアに奪われた領土を奪還するのは「正義の戦い」です。しかし、その戦いがクリミア半島奪還に向けて進展すると、ロシアにとっては「2014年にようやく取り戻すことができた領土がウクライナによって奪われてしまう」という思いになります。今度はロシアが「領土死守」というスローガンを掲げやすくなります。
ウクライナ周辺の各国も気になります。かつてウクライナの一部が自国の領土だったポーランドは、ウクライナでの戦いを我がことのように受け止めて支援を惜しみません。しかし、ロシアにしてみれば、「自国の戦争にポーランドが介入した」と受け止めるかもしれません。
あるいは、ベラルーシはどう動くのか。モルドバは……と視野を広げていくと、紛争の種はあちこちにくすぶっています。かつてのソ連圏だったアルメニアとアゼルバイジャンの紛争も再燃しています。両国は、ソ連崩壊前後から紛争が続き、ロシア軍が重しになることで紛争が抑止されていましたが、ロシアの力が弱まったことで緊張が高まりました。
日本にとって気になるのは、中国と北朝鮮の動向です。中国の習近平国家主席は、台湾を併合したいと熱意を燃やしています。中国共産党総書記として異例の三期目に突入し、独裁体制を確立しました。もし習近平が台湾侵攻を命じても、国内でブレーキをかける勢力は存在しないのです。
いま中国は、ウクライナでの戦況を注視しています。ウクライナを支援する国がどれだけあり、どれだけ経済制裁が実施されるのか見定めています。将来、台湾に軍事侵攻したときに、世界がどんな反応を示すか知っておきたいからです。
果たして中国は台湾侵攻に踏み切るのか。中国建国の父・毛沢東には有名な言葉があります。「権力は銃口から生まれる」。つまり軍事力があってこそ権力を掌握できるという意味です。習近平は、この言葉をどう受け止めているのでしょうか。
しかし、軍事侵攻すれば、世界の反発を買い、経済は大打撃を受けます。それを考えれば、いまの習近平の戦略は「孫子の兵法」である「戦わずして勝つ」ということでしょう。今後も台湾に対して硬軟両様のアプローチをかけ、台湾が共産党に親近感を抱く国民党政権に交代するのを待つ方針を取るでしょう。
(p10)
「第一次世界大戦も第二次世界大戦も、初めから「世界大戦になる」と考えられていたわけではありません。想定外の出来事が相次ぎ、気が付いたら世界大戦に発展していたというわけです。」
なぜ二度も世界大戦が起こってしまったのだろうかと、学生の頃は不思議に思っていました。しかし当時その時代を生きていた人たちも、世界大戦になるだろうなという予測をしていなかった、と聞くと、気がついたら戦争になっていた、といった事態も、ありえなくはないなと思えてきます。本書を読み進めると、特にそう思わされます。
ロシアのウクライナ侵攻でさらに過激に!
このようにますます過激になっている北朝鮮ですが、実はウクライナ問題とも大きく関係しています。
ロシアがウクライナに侵攻するのを見た北朝鮮は、こんなふうに考えたのではないでしょうか。
「やっぱり核兵器は手放せない」
そう推測するのには理由があります。
ウクライナが一時期、アメリカ、ロシアに次ぐ世界3位の核保有国、核大国だったことはご存じですか。
東西冷戦の頃、ウクライナはロシアと共にソ連を構成する15の共和国の一つでした。このソ連時代にウクライナには大量の核兵器が配備されました。狙いは西欧諸国への対抗です。ソ連の指導者たちは、地理的に西ヨーロッパに近いウクライナに軍隊や核を配備することで、西欧諸国と対決する姿勢を明確にしたのです。ところが1991年、ウクライナに核を残したまま、ソ連が消滅してしまいました。
ソ連内のそれぞれの国が独立したためです。結果として、ウクライナは世界3位の核保有国となりました。
ちなみに、当時のウクライナが保有していた核弾頭数は1240発だったといわれています。
しかし、ウクライナは結局、核兵器を放棄することにしました。そのことを約束したのが1994年の「ブダペスト覚書」です。ハンガリーの首都ブダペストで署名されたのでこう呼ばれています。
具体的には、ウクライナが核兵器を放棄し、その全てをロシアに引き渡せば、ウクライナ領土の安全と独立国家としての主権をアメリカ、イギリス、ロシアの3カ国で保障するというものです。
東西冷戦が終わり、既にロシアは民主化されていました。そのままロシアに自由と民主主義が定着していれば、この覚書が破られることはなかったかもしれません。しかしその期待は打ち砕かれ、約束を無視してロシアはウクライナに侵攻。アメリカやイギリスは直接的な軍事介入を避け、ウクライナに武器は提供するけれども、軍隊は送りませんでした。つまり、ブダペスト覚書は反故にされたのです。
そんな様子を見た北朝鮮は、一連の出来事から教訓を引き出しました。
「ウクライナが侵略されたのは核を放棄したからだ。核兵器を持っていれば、ロシアが攻め込むことはなかったのではないか。またアメリカやイギリスがロシアを攻撃しないのは、ロシアが核保有国で核戦争になるのが怖いからだ。だとしたら核兵器さえ持っていれば北朝鮮の安全を守ることができる。よって核は手放せない」
金正恩総書記はこう考えているのではないか、とみることができます。
(p60)
ソ連から独立したことでウクライナが世界有数の核保有国となっていた時期があったことを、本書で初めて知りました。被爆国にいると「核兵器さえ持っていれば安全」という発想はなかなか出てきませんが、北朝鮮が核を手放せないという考えに至るのもまた、理解できなくもないかもしれません。
ロシアを強く非難できないインド
ロシアへの経済制裁を行っていない国の一つにインドがあります。インドは侵攻直後に行われた国連でのロシア非難決議(2022年3月)も棄権しました。
なぜインドはロシアに毅然とした態度をとらないのでしょうか。これには歴史的な背景があります。アメリカとソ連が対立していた東西冷戦さなかの1950年代、インドの製品は質が悪く、輸出ができなくて経済はボロボロ。そんなインドを救ったのがソ連でした。インドはソ連の経済援助のおかげで発展できたともいわれているのです。
そういうソ連あるいはロシアに対するお礼の気持ち、自分たちの国がここまで発展できたのはロシアのおかげだという思いがあるのと、ロシアとは1993年に友好協力条約を結んでいて軍事面で大切なパートナーだということがあります。
インドの近くに、インドともめている国が2カ国あります。パキスタンと中国ですね。インドはどちらとも戦争したことがあります。とにかく国境や領土をめぐって争いが絶えない。常に緊張状態にあり、最近もインドと中国が軍隊同士で衝突して、インド兵が死亡しました。
インドとしては、対立する中国を背後からソ連(ロシア)に牽制してもらいたい。そこで冷戦時代に中国と仲の悪かったソ連に接近し、その時築いた関係がずっと続いているわけです。
さらに、パキスタンとまた戦争になるかもしれないということで、ロシア製の安い兵器を大量に買っています。インド軍の兵器の約6割がロシア製というデータもあります(出典:ストックホルム国際平和研究所)。アメリカ製は値段が高いのがネックになっているようです。
そうやってロシア製の兵器を大量に買っていると、ロシアとは喧嘩したくないという気持ちになるのは自然の成り行きです。
結局、インドとしては、自分の国を守るためにもロシアとは良好な関係を維持したいと考えているのです。
しかし、インドはQUADの重要な一画を占める国です。 QUADに参加している以上、日米豪と足並みを揃えて対ロ制裁に参加すべきと思うのですが、インドの考えは違っていました。
アメリカはインドに、武器も原油も支援するからロシアへの制裁を考えるよう求めました。これに対してインドのモディ首相はこう言っています。
「世界が二つのブロックに分かれている時、インドは人類に対して独立した立場をとり国益を優先していく」
要するに、インド・ファーストなんですね。 対中包囲網という点ではインドは頼もしい存在ですが、ロシアに対しては及び腰です。その根底にはインド・ファーストの方針があるということです。(p144)
今までインドを力強くサポートしてきてくれたロシアに冷たくできない、という事情がよくわかりました。
5/20にG7サミットで来日したゼレンスキー氏は、インド首脳らとさっそく会談していましたが、これからどうなるのか気になるところです。
(…)「あらゆる手段」という言葉で核兵器の使用をほのめかし、「これは脅しではない」と典型的な脅し文句を付け加えています。また、 核兵器で脅されたときは同じことをするとも発言しました。
要するに、ロシアの領土が攻撃されたら核兵器を使うこともありえるし、もし欧米側が核兵器を使えば、それに対しては核兵器で報復すると示唆したわけです。
一歩間違えば第三次世界大戦に発展!
さらに危険な動きが立て続けに起きました。9月下旬、東部ルハンシク州とドネツク州、南部ザポリージャ州とヘルソン州の合計4州で「ロシアへの編入を問う住民投票」が行われ、圧倒的多数の賛成で承認されたと発表しました。
これを受けたプーチン大統領は、9月30日に4州のロシアへの併合を発表。 ウクライナ東部・南部一帯を一方的にロシアの領土にしてしまったのです。4州はロシア軍が完全に掌握しているわけではなく、ウクライナ側が支配している地域やウクライナ軍が奪還した地域もあります。しかし、ロシアが併合を宣言したのは4州の境界線の内側全てです。 他国の土地を併合するのはもちろん国際法違反ですが、未占領地域まで自分たちのものだと言う神経の図太さに、多くの人は唖然としたのではないでしょうか。
ウクライナ政府は猛反発し、バイデン大統領もロシアを非難、国連のグテーレス事務総長も「国連の目的と原則に背く行為で、危険なエスカレーションである。現代社会にはふさわしくないし、決して容認してはならない」 とロシアを厳しく批判しました。
こうしたロシアの強引な行為により、ウクライナ情勢をめぐって国際社会は一気に緊迫の度を増しています。
既にウクライナ軍は、ロシアが併合したと称する東部・南部の4州内に兵を進めています。 戦いは4州内でも行われており、プーチン大統領の言葉を額面通りにとれば、「ロシアの領土の一体性」が脅かされていることになります。
かねてよりロシアは、「通常兵器による攻撃であっても、国家の存立が危険にさらされた場合は核兵器を使うことができる」としており、プーチン大統領が核兵器を使うかもしれないという心配が急速に高まっています。
戦略核兵器のような巨大な破壊力を持つ核をいきなり使うことはないと思いますが、戦術核兵器と呼ばれる小型で小規模な核兵器を使うことは、あり得ないことではありません。
しかし、万が一そんなことになった場合、アメリカやNATOがどう出るかです。これまでのように、戦闘はウクライナ軍に任せて、背後から武器支援するというやり方を続けるわけにはいかなくなるでしょう。
アメリカが直接、軍事介入する可能性が出てきます。そしてロシア軍とアメリカ軍が直接交戦することになれば、NATO加盟国はアメリカ側に立ってアメリカと一緒にロシアと戦うはずです。これはもう後戻りのできない戦争、 すなわち第三次世界大戦の勃発です。ロシアはベラルーシ、カザフスタンなど6カ国でCSTOという軍事同盟を結んでおり、それらの国々はロシアと共同歩調を取る可能性もありますが、こちらは加盟各国がロシア離れの姿勢を示しているので、どういう行動をとるか現時点では不明です。
北朝鮮は否定していますが、砲弾不足に苦しむロシアに北朝鮮が大量の砲弾を提供したという情報もあります。
ロシアと軍事的に緊密な関係にある北朝鮮、そして軍事大国中国の動きも気になるところです。(p154)
いまだに多くの国が核兵器を保有する現代で、もしそれが使われたらどうなるのだろう、と漠然と不安に思っていましたが、ちょっとしたきっかけで大きな戦争になる可能性は十分あることが分かります。
実は安保理で物事を決める仕組みには問題があり、今回、その問題がクローズアップされることになりました。
ウクライナ侵攻を止められない理由
平和を守るはずなのに戦争を止められないなんておかしいですね。でも、その理由は仕組みを見ればよくわかります。
193カ国で話し合っていたらなかなか話がまとまらないので、15カ国から成る安保理が全加盟国を代表して物事を決定します。
この15カ国は、さらにこんなふうに分かれています。
常任理事国という5ヵ国と非常任理事国の10カ国です。 常任理事国が常に固定された同じメンバーなのに対し、非常任理事国は任期2年で地域別に選挙で選ばれます。
日本は直近の選挙で非常任理事国に12回目の当選を果たし、2023年1月1日から安保理で仕事を始めました。12回目というのは、非常任理事国の中では日本が最多です。
問題は常任理事国です。5カ国にだけとても大きな特権が与えられています。 それが、いわゆる拒否権です。安保理決議案を採択するときは、原則15カ国のうち9カ国以上の賛成があれば通るのですが、常任理事国5カ国のうち1ヵ国でも「ノー」と言えば通らない仕組みになっています。
たとえ14カ国がやろうと言っても、常任理事国が1カ国でも反対したら採択できない。そんな強い力を持っているのが「5大国」と呼ばれる国々です。
アメリカ、イギリス、フランス、 ロシア、中国の5カ国です。
今回、常任理事国のロシアが他国を侵略するという暴挙を行いました。安保理ではそのロシアが拒否権を使ってくるため、ほとんど何も決まらない状態が続いています。それでウクライナ侵攻を止めることができないのです。
日本や欧米はロシアに対して経済制裁をしていますが、これはあくまで自主的なもの。 安保理で決めて全加盟国に命じるのが本来のルールです。 しかし安保理の機能不全でそれができません。そこで各国がそれぞれの判断で制裁を行うかどうか決めています。
ロシアへの経済制裁は国連が決めたものではなく、そのため経済制裁していない国の方が多いのです。
国際社会で暴挙を繰り返しているのはロシアだけではないですよね。 北朝鮮も核・ミサイル開発を推し進めてきました。 ウクライナ侵攻後もミサイルを連発する北朝鮮に対してもっと厳しい経済制裁をしようという提案には、ロシアと中国が拒否権を使って反対を表明。こうなると手の打ちようがありません。
「平和を守ると言いながら何もできないではないか。国連は無力だ」と批判の声が高まっています。
特別な「5大国」はどうやって決まった?
ここで疑問が浮かびます。なぜこの5カ国だけ特別なのでしょうか?
第二次世界大戦の戦勝国だから。これがその理由です。そもそも国際連合は第二次世界大戦に勝利した国によって作られた組織です。戦争で勝った国の中心メンバーで、当時の大国がこの5ヵ国だったことから常任理事国に選ばれました。
第二次世界大戦は、今からおよそ80年前、枢軸国と連合国と呼ばれた国々の間で戦われた戦争です。日本やドイツなど枢軸国が敗北し、アメリカ、イギリス、ソ連など連合国が勝利。勝った側の連合国が「我々が戦後の平和を守ろう!」と言って作ったのが国際連合(国連)です。
国際連合を英語にするとUnited Nationsです。しかしUnited Nationsを 「国際連合」と訳すのは日本だけと言ってもいいでしょう。これは日本独特の訳し方で、直訳すれば「連合国」にもなります。
United Nations (連合国)が作ったのがUnited Nations (国連)。戦争に勝った連合国がそのままの名前で作った組織が今の国連です。
日本は1956年12月に国連に加盟しました。 国連に入るとき、日本が戦争で戦った相手の「連合国」に入るのでは国民に説明しにくいということで、訳語を変えることになり、これを「国際連合」と読み替えたのです。
ところで、アメリカとソ連は敵対関係にあるというイメージが強いのに、なぜ揃って常任理事国になれたのだろうと不思議に思うかもしれません。
確かに戦後は東西冷戦で長く対立しましたが、第二次世界大戦の時は協力し合う関係だったからです。 当時仲が良かったのは、米ソ両国にとって共通の敵ドイツがいたからです。ソ連はドイツに攻め込まれて甚大な被害を出しながら戦い、そのソ連をアメリカは全面的に支援して協力関係にありました。
第二次世界大戦で最も多くの犠牲者を出したのはソ連です。その数、約2700万人。これほどまでに多くの犠牲を払ってドイツに勝ち、戦争を終わらせた。その功績が認められてソ連は常任理事国入りしました。
でも、一部の国を特別扱いして拒否権を認めたら、話し合いがまとまらなくなるのは目に見えています。なぜそんな仕組みにしたのでしょうか。
拒否権がある限り国連の機能不全は続く?
国連を立ち上げるとき、拒否権という考え方が最初からあったわけではありません。ソ連が強く要求して作ったといわれています。
当時の中国は中華民国、現在の台湾ですから、社会主義ではありませんでした。そうすると、5ヵ国の中でソ連だけが社会主義の国ということになります。アメリカやイギリスなどから見て社会主義国は極めて異質な存在です。それはソ連も自覚していて、何か物事を決めるときにソ連だけ孤立するのではないかと恐れました。ソ連に不利なことを決められたら困ると考えて、ソ連が「拒否権を作れ」と強く要求したというのです。
この拒否権があるために、ロシアのウクライナ侵攻も北朝鮮の核・ミサイル開発も止められない現実があります。国連ができてもう80年近く。そろそろ何とかならないものでしょうか。
多くの国が何とかしなければと思っているのに変えられないのは、変えるためのハードルが高すぎるからです。
拒否権をなくそう、あるいは常任理事国を増やそうという提案をしても、そのためには国連憲章という国連にとっての憲法のようなものがあり、それを改正する必要があります。
「国連憲章の改正は、総会を構成する国の3分の2の多数で採択され、かつ、安全保障理事会の5常任理事国を含む国連加盟国の3分の2によって批准されて可能となる」(出典:国連広報センター)
このように、国連憲章を改正するには5常任理事国も含めて加盟国の3分の2以上の賛成が必要なので、常任理事国が1カ国でも「嫌だよ」と拒否権を発動すると改正できないのです。拒否権を持つ常任理事国にしてみれば、拒否権がなくなれば自分たちが不利になるので、そんな改革には絶対賛成しないでしょう。
結局、拒否権はなくならない。なくならないから争いを止められない。国連の機能不全が続く、というわけです。
日本の常任理事国入りは簡単ではない
2022年5月23日、訪日したアメリカのバイデン大統領は日本の常任理事国入りを支持すると発言しました。
しかしこれは、アメリカの後押しがあれば実現するというものではなく、現実にはなかなか難しい問題です。以前から「常任理事国を増やそう。日本なども加えよう」という議論はあるのですが、反対する国があって進んでいないのです。
国連の機能不全は今に始まった問題ではありません。戦後から1980年代末にかけての東西冷戦時代は、アメリカとソ連が対立していたので、国際紛争が起きると必ずどちらかの国が拒否権を発動していました。
どこかで紛争が起きれば、大抵の場合、アメリカとソ連の代理戦争のようになります。アメリカがそれをやめさせようとするとソ連が拒否権を発動し、アメリカも結構な頻度で拒否権を発動しました。
結果的に、東西冷戦時代の国連は何も決められず、「国連には何も期待できない」と言われたものです。ところが東西冷戦が終わった途端、「お互い協力し合いましょう」ということになって、近年は国連が役に立つ場面が増えてきました。
それが今回、ロシアのウクライナ侵攻で元の無力な国連に戻ってしまい、世界の人々の間で不満が高まる結果となっています。
ここまできたら、いっそのことロシアを国連から追放すればいいのにと思う人もいるでしょう。
国連憲章には「除名」の規定があり、できないことはありません。ロシアを追放するには、国連総会で決議をして3分の2以上の賛成があれば可能です。
ただ、国際社会にはロシアの仲間、中国の仲間もいるわけで、ロシア追放の決議案を国連総会に出したところで3分の2以上の賛成票を得るのは非常に難しい。逆に、追放してロシアが国連からいなくなってしまったら、どこがロシアに対して働きかけを行うのかということになってしまいます。ロシアに圧力をかけ続けていく上では、むしろ国連の中にとどまってもらったほうがいいのです。
現実味を帯びてきた第三次世界大戦の危機
国連が機能不全に陥っている今、第三次世界大戦の可能性はかつてなく高まっています。ロシアがこのまま暴走を続けた場合、国連にこれを止める力はなく、最後は武力対武力で決着をつけるしかなくなるからです。
これまで何度も核兵器の使用をちらつかせてきたのがプーチン大統領です。ロシアは2014年にクリミアを占領し、2022年にはウクライナ東部・南部の4州を併合。いずれもウクライナや国際社会は認めておらず、不法な併合です。しかし、プーチン大統領は自分たちの領土への攻撃があった場合は核兵器を使うかもしれないと示唆し、「これは脅しではない」とまで言い切りました。
実際、2022年10月にロシア本土とクリミア半島をつなぐクリミア大橋が何者かによって破壊されると、ロシアはこれをウクライナによるテロと断定し、直後にウクライナ全土への無差別なミサイル攻撃を始め、多くの無辜の市民を殺傷しています。
それでもウクライナ軍はひるむことなく進軍を続け、11月には南部ヘルソン州の州都ヘルソンを奪還しました。これによりロシア軍はドニプロ川東岸へ撤退を余儀なくされたのですが、一方でロシア軍によるウクライナ全土へのミサイル攻撃は激しさを増し、発電所などエネルギー関連施設が次々に破壊されました。
ウクライナの冬は寒く、電気がなければ人々は暮らしていけません。ロシアは、ウクライナの電力インフラを破壊して人々が寒さに震える状態を作り出し、戦う意欲を失わせて、ウクライナを降伏させようと考えたようです。
そうした中で起きたのが11月15日の事件です。ポーランド東部のウクライナとの国境近くの町にミサイルが着弾し、民間人2人が死亡。一気に緊張が高まりました。もしこれがロシア軍の意図的な攻撃であれば、ロシアはNATO加盟国を攻撃したことになり、戦争の性格が一変する可能性があったからです。
このミサイル着弾に関しては、当初、どの国が撃ったのかはっきりせず、見解が錯綜していました。
(p170)
平和と安全を維持することが国連の役割なのに、なにかロシアに働きかけることはできないのかなと思っていましたが、この常任理事国の拒否権が、機能不全の原因だったのですね。
このあたり、学校で習ったような気がしますが、完全に忘れています。
自国にとって都合の悪い議案が出るたびに拒否権を発動していたら、そりゃなにも決まらないですよね。
TVで観る池上さんの語りそのまま本にしたような感じで、席に座って授業を受けているような気分になります。こちらが疑問に感じそうなところは、たいてい細かに説明してくださっているのもありがたい。
この本を読んで割とすぐに、ウクライナの様子を映したイマジン・ドラゴンズのミュージックビデオを見ました。
ゼレンスキー大統領も平和公園でのスピーチで「ウクライナの街は原爆資料館でみた風景と似ている」と言っていましたが、この映像に登場する、自分の街が何ヶ月も爆撃にさらされているサシャ少年を見ていると、日本人にも第二次世界大戦で自分の国が同じように戦火の只中にあったことが想起されます。
「ロシアがこのまま暴走を続けた場合、国連にこれを止める力はなく、最後は武力対武力で決着をつけるしかなくなるからです。」
と池上さんは書いていますが、自国が戦場となることは、歴史上や遠く離れた国で起こっている話ではなく、気がついたときには現実として目の前にあることなのかもな、と重く心にのしかかりました。とても他人事としては考えられない気持ちになります。
これ以上の武力のぶつかりあいとなることなく、平和な日常が戻ってきますように。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
朝ごはんはずっと同じでいい。(個人の意見です)
こんにちは。ゆまコロです。
昨日はお休みで昼寝をしていたら、地震のニュースにびっくりして起きました。
被害があった地域の皆さまにお見舞い申し上げます。
「おじー」さんの「おじ語り」の記事を読んで、面白かったので私もやってみました。
朝ごはんは毎日、なるべく違うものを食べたほうが良いとなんとなく思っていました。
父親が朝食に出されたものを見て、「これ昨日も食べた」とか言う人だったからかもしれません。
そんな私の思い込みが払拭されたのは、アメリカ・コロラド州へホームスティへ行ったときのこと。
そのお家では両親と娘さん一人が暮らしていましたが、3人とも朝ごはんはシリアルで、1年中変わることはない、と言っていました。
なので、朝の食卓には3種類のシリアルの箱(3人とも好みの銘柄はバラバラ)と、1ガロン入りの牛乳が出されるだけ。洗い物も、シリアルボウルとスプーン3セットを食洗機に入れるだけ。
朝から炊飯器からご飯よそってお味噌汁の鍋にお玉入れて、ぬか床からきゅうり出したり、醤油出したり鰹節出したりしてた朝と比べると、大変スピーディーでした。
朝はとにかく頭が働かず、お弁当箱にご飯を詰めるのもしんどい私にとっては、同じメニューでよい、ということに衝撃を受けました。
なので日本に帰ってから、もうこれからはずっと同じメニューで行くもんね、と決めました。
ずっと同じ献立だと飽きるかな、と思いましたが、私にとっては、朝「どうしようかな〜」と考えることから開放される負担減の方が重要でした。
そんなゆまコロの定番朝ごはんはこちら。
・胚芽精米に雑穀を入れたご飯
・味噌汁(前の晩多めに作っておく)
・納豆
・鮭フレーク(ぎょれんのが好き)
・ヨーグルト、冷凍のブルーベリー
・ナッツ(おもにクルミ)

写真の日は、ヨーグルトに八朔も入っています。八朔シーズン中のお楽しみ。味噌汁はえのき茸と卵の赤だし味噌汁。
亜麻仁油はヨーグルトにかけてます。
シリアルに比べると、準備・後片付けの工程は多いですが、紆余曲折あってご飯に落ち着きました。
貧血なので納豆はできれば毎日食べたいところ。ただ現実には昼も夜も食べられなさそうなので、朝しか食べるチャンスがなく→必然的にご飯に。
魚も、たくさん食べたいですが、昼と夜に食べる機会がない日もあるので、とりあえず朝食メンバーに鮭フレークを入れました。写真に入れるのを忘れていますが。しらすおろしで納豆を食べるときもあります。
パンだと無性にお腹が空くので、品目が多くても致し方ないか、という気持ちです。
もう何年もこんな感じですが、まだ飽きていません。というか、朝はほとんど眠りながら食べているので、よく分からないだけかもしれません。
そして旅行に行ったとき、いつもと違う朝ごはんが食べられる喜びが増しました。
決して、いつもの朝ごはんが嫌い、というわけではない(はず)。
ちなみにホームスティ中は「みんなはずっとシリアルだけど、朝はなに食べたい?」と聞かれ、私は1ヶ月毎日ロメインレタスとカニカマと、ライ麦パンを買ってもらっていました。
カニカマをずっと食べていたのはスーパーに魚がほとんど売っておらず、常に魚が恋しかったからです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
腸、血管、ストレスとの関連がわかる。『脳が強くなる食事』を読んで
こんばんは、ゆまコロです。
マックス・ルガヴェア、御舩由美子訳『脳が強くなる食事』を読みました。
新聞で広告を見て面白そうと思って探しに行きましたが、割と分厚い本でびっくり。
結構長いので先にご紹介してしまいますが、本書で脳が強くなる食べ物(ジーニアス・フード)としておすすめされている食品は次の通り。
- エクストラヴァージンオリーブオイル…オレオカンタール(そのまま飲んだときに感じる、ピリッとした刺激がこれ)に抗炎症効果があり、非ステロイド性抗炎症薬のイブプロフェンを少量服用するのと同じ効果がある。
- アボカド…体内の脂肪組織を保護する働きが他の果物・野菜よりも高い。1個で食物繊維を豊富に摂取できる。
- ブルーベリー…アントシアニンが海馬に蓄積し、記憶を処理する部位のシグナル伝達を強化する。
- ダーク・チョコレート…ポリフェノールの一種カカオフラバノールは認知機能の老化を食い止め、インスリンの感受性や血管機能、脳の血流、運動機能まで改善する。カカオ85%の板状チョコレートを週に1枚の割合で摂るのが望ましい。
- 卵…特に卵黄には、ビタミンA、ビタミンB12、ビタミンE、セレン、亜鉛など、正常に働く健全な脳になるために必要な全成分が含まれる。
- グラスフェッドビーフ…鉄分、亜鉛、ビタミンB12、ビタミンEが含まれる。著者によれば、不健康でストレスをため、廃棄された穀物やキャンディなどひどく不自然な飼料を与えられた食肉ではなく、「悪い日は1日だけ」だった牛の肉を探すことが望ましいとのこと。
- 緑の葉物野菜…ほうれん草、ロメインレタスなど。葉酸とマグネシウムが豊富。
- ブロッコリー…そのほか芽キャベツやキャベツ、ラディッシュ、ルッコラ、チンゲン菜などアブラナ科の野菜には、がんや自己免疫性疾患の予防に有望なスルフォラファンを含む。
- 天然の鮭…水銀が少なく、オメガ3系脂肪酸のEPAとDHAが豊富。アスタキサンチンというカロテノイドは、養殖よりも天然の方が含有量が多い。
- アーモンド…皮に含まれるプレバイオティクスが大腸の細菌叢を育てる上、ポリフェノール(身体と腸内細菌に抗酸化作用をもたらす)とビタミンE(脂溶性の抗酸化物質)を含む。
(…)アメリカの神経学の分野では指折りといわれる施設もいくつか訪れたが、どこでも決まって「診断を下して、はい、さようなら」だった。
つまり身体と認知機能を調べる一連の検査が済むと、あとは新しい生化学的絆創膏の処方箋を持たされるぐらいで、大した成果もなく追い払われたのだ。そのたびに私は、もっといい治療法を探すことに、それまで以上に没頭した。深夜まで眠らずに何時間もリサーチを続け、母の頭をぼんやりとさせている病気のメカニズムの情報を片っ端から探した。
最初に症状が現れたとき、母はどう考えても高齢ではなかったので、年齢が病気の原因だとは考えにくかった。当時、母はまだ50代で、若々しくて、お洒落で、人目を引く魅力の持ち主で、これっぽっちも――そして、いまだに、高齢者の病気に侵されるような人間には見えなかった。親戚には神経変性の病気を患った人は1人もいなかったので、母の遺伝子が原因だとは考えにくかった。そのため原因は外部にあるに違いなく、私の直感では食生活が関係しているように思えた。
その直感にしたがった私は、それから10年のほとんどを食べ物(それと運動や睡眠、ストレスなどライフスタイルの要因)が脳に与える影響を調べることに費やした。その過程で、最先端の研究にたずさわる数少ない臨床医が、代謝――身体が食品や酸素など必須の成分からエネルギーをつくる働き――と脳の関係に注目していることを知った。母には糖尿病の兆候は全然なかったものの、私はさっそく二類糖尿病について、またインスリンやレプチンのようなホルモン、それに代謝を制御している、あまり知られていないシグナルについて調べはじめた。そして食餌療法と心血管に関する最新知見に興味を持った。 酸素や栄養素を脳に運んでいる毛細血管のメンテナンスについても知りたくなった。さらに、腸に住みついている古代の細菌がどのように脳の沈黙の守護者として働いているかや、その細菌を現代の食生活が文字どおり餓死させてしまうことも知った。
食べ物がアルツハイマー病などの病気とどのように関わっているかを知るにつれ、私はその新たな知識をさっそく実生活に活かしはじめた。そして、いくらも経たないうちに、自分のエネルギーのレベルが上がっていることや、その感覚が1日中続いていることに気づきはじめた。
思考はよどみなく流れ、気分も晴れやかになっていた。ものごとに簡単に集中できるようになり、あまり気が散らなくなった。その上、当初の目的ではなかったが、それまでどう頑張っても落ちなかった脂肪が落ち、人生で最高の体型も得られた。こんなボーナスなら大歓迎だ!母のために始めたリサーチだったはずが、脳を健康にする最新の食餌療法に、私が夢中になってしまったのだ。
思いがけず、私は埋もれていた知識を掘り当てたのだ。
つまり、脳を認知症と老化から守るための食べ物が、 今すぐに脳の働きを改善してくれることだ。未来の自分に投資することによって、今日、自分の生活を向上させることができるのだ。
(p33)
50代でアルツハイマー病の症状が現れた母親のために行ったリサーチが、本書を執筆するきっかけだったと著者はまえがきで述べています。優しい視点とともに、切実さが伝わってきます。だんだん自分のコンディションが良くなってきている様子も分かるのが良いです。
気になるところだけピックアップしましたが、長くなるので、興味のある方だけお進みください。
BDNFは脳の最高のビルダーだ
オメガ3系脂肪酸、とりわけDHAは「脳由来神経栄養因子 (BDNF)」というタンパク質を増やすことによって、脳をじかに支えている。脳の奇跡の肥料といわれるBDNFは、記憶の中枢の神経 細胞の新生を促すだけでなく、今ある神経細胞が生き延びられるように助けるボディガードでもある。シャーレ (ペトリ皿)の神経細胞にBDNFを振りかけると、その驚くべきパワーを見ることができる。何かを学んだり覚えたりしたときに神経細胞から伸びるトゲ状の物質――樹状突起が、 伸びるのだ。
BDNFの量が増えると、短期間で記憶力や気分、実行機能が改善され、脳の長期的な可塑性も強化される。「可塑性」という言葉は、脳の変化する働きを表す神経科学の用語だ。アルツハイマー病やパーキンソン病などの疾患ではこの可塑性の働きが衰えるが、BDNFも減少する。実際に、アルツハイマー病を発症した脳には、健康な脳の半分のBDNFしかないこともあり、その量も簡単には増えないという。うつ病は、BDNFが減るために生じるともいわれており、BDNFを増やすと症状も改善する。
神経細胞を保護して成長させる、この強力なホルモンを増やす最善策の1つが運動だ。一方、食生活では、オメガ3系脂肪酸のDHAを摂取することが最善策だと言われている。DHAは健康な脳を構築するための重要な成分で、研究者は人類の脳が初期のヒト科から現在の大きさになったのは、この特別な脂肪のおかげだと考えている。 魚を食べることによってDHAを含むオメガ3系の血中濃度が高くなると、徐々に脳の体積が増加するのはこれが理由かもしれない。だがDHAの親友、EPAも忘れてはいけない。炎症は脳のBDNFを枯渇させることがわかっているが、EPAがその炎症を強力に抑制してくれるのだ。
脂肪が脳の交通渋滞を解消する
私は子どもの頃、今の時代によく見られる症状とよく似た問題を抱えていた。 注意力が散漫で、教室でじっと座りながら授業に集中することが苦手だったのだ。結果的に、いい成績を取るために努力した。学校の指導カウンセラーが、私を心理学者のところにつれていくように両親に勧めたこともあった。
私が抱えていた問題は実行機能、つまり計画や意思決定、注意力、自己制御など、さまざまな認知機能に関わるものだった。実行機能は、日常生活の広範囲に及ぶ営みに関わりがある。そのため専門家のなかには、人生で成功するには知能指数や生まれつきの学力よりも、実行機能が重要だと考える者もいる。そしてありがたいことに、研究によれば、食事で摂取する脂肪が、実行機能を最適化できるという。あらゆる認知機能と同じく、実行機能もやはり神経伝達物質が正常に働くことで成り立つ。そうなるとオメガ6系とオメガ3系のバランスが悪い場合、困ったことになるかもしれない。
ある研究では、オメガ6系の摂取量が少ない子どもは、実行機能が優れていたという観察結果が出ている。 注意欠如・多動症(ADHD)と診断された子どもたちの場合、その症状は実行機能に関わっていることが多く、ある研究ではADHDと診断されていない子どもたちも含めて、オメガ3系のサプリメントを摂取することで注意力が改善したという(私は子どもの頃にマーガリンと穀物油を摂っていたが、私の問題はそれが要因だったのだろうか? はっきりとは断言できない。だが、あながち外れているとも言いきれない)。
体調を改善するために摂取する脂肪を変えたいなら、思い立ったが吉日だ。ベルリンのシャリテ医科大学病院の臨床試験によると、ただ魚油のサプリメントを摂取するだけでも効果があるという。この研究では、成人の被験者が1日あたり1320ミリグラムのEPAと、880ミリグラムのDHAを含むオメガ3系脂肪酸のサプリメントを与えられた。2週間後、オメガ3系のサプリメントを摂取した被験者の実行機能が、プラセボ群より2パーセント向上していた。しかもプラセボ群の認知機能は、わずかに低下していた。 またオメガ3系を摂取した被験者は、脳の灰白質の容積が増え、「白質が構造的に完全な状態になっていた」という。たとえば、こう考えてみよう。白質は脳の高速道路網で、その追い越し車線を通って、データがさまざまな地域のあいだを行き来している。先ほどの研究の場合、オメガ3系のサプリメントの摂取によって、道路の整備チームが出動したかのように、高速道路の凸凹が埋められて滑らかになり、その上、車線まで増えたのと同じ効果があったのだ。
もしあなたが世界中で何らかの精神疾患を患う4億5000万人のひとりだったら、食事にオメガ3系脂肪酸をもっと加えれば同じ恩恵が得られるのだろうか? この問いに答えるべく、メルボルン大学の研究チームが、精神病性障害の病歴のある10代と20代前半の被験者に魚油を与えた(魚油なら精神病治療薬を使う場合と違って偏見を持たれないため、患者にも受け入れやすい)。
この臨床試験の被験者は、それぞれ700ミリグラムのEPAと、480ミリグラムのDHAを毎日与えられた。3ヵ月後、魚油を摂取したグループは、プラセボ群に比べて精神疾患の症状が出ることが大幅に減っていた。だが、もっと驚くべき発見があった。この7年後に医師が被験者を診察すると、プラセボ群の4パーセントは完全な精神疾患に移行していたが、魚油を摂取した被験者のうち精神疾患に移行していたのは10パーセントだけだった(つまりリスクが4分の1減った)。その上、脳機能がかなり改善し、疾患の症状を抑えるための薬の量も減っていた。
では、魚油はメンタルヘルスの万能薬なのだろうか? 残念ながら、答えはノーだ。 それでもこの研究は、はっきりとしたエビデンスを提供してくれている。(p70)
オメガ3系脂肪酸は脳に良いらしい、とぼんやり知っている程度でしたが、
「記憶力や気分、実行機能が改善され、脳の長期的な可塑性(かそせい。固体に外力を加えて変形させ、力を取り去ってももとに戻らない性質)も強化される」
と聞いたら、もう摂らない理由などない、という気分になります。そして運動も頑張ろうと思いました。
トランス脂肪酸は怖がるべき脂肪だ
トランス脂肪酸は、飽和脂肪酸に似たふるまいをする不飽和脂肪だ。自然界で生成されるトランス脂肪酸として共役リノール酸(CLA)があるが、これはミルクやグラスフェッドの食肉に含まれている。この共役リノール酸はとても健康的な脂質と考えられ、代謝の正常な働きや血管の健康、ガンのリスクの減少に関わっているとされている。だが、天然由来のトランス脂肪酸は、現代人の食生活では、どちらかといえば珍しい存在だ。
人間が摂取しているトランス脂肪酸のほとんどは、工業的につくられたものだ。こうした人工的なトランス脂肪酸は、ただ悪いだけではない。ダース・ベイダーがヴォルデモート卿と結託するくらい始末に負えないのだ。トランス脂肪酸は、初めは多価不飽和脂肪酸の油だが(これは血液脳関門を自由に通過できる)、水素が加えられると生成される。この油は水素添加油脂、あるいは部分水素添加油脂という名前で、食品のパッケージに表示されている。水素を加えることで、この油脂は飽和脂肪酸のようにふるまい室温で固まる。このような食品を製造する理由は、2つある。安価な油によって、食品に濃厚なバターのような風味を加えられること。そして、その食品の保存期間を伸ばせること。そのため、こうした油脂は主に加工食品、ケーキ(油の分離を防ぐ)に含まれている また、いかにも健康食品っぽく包装されたビーガン用「チーズ」スプレッドにも含まれている。
人工のトランス脂肪酸は炎症性が高く、インスリン抵抗性や心血管疾患を促進する(善玉のHDLコレステロール値を下げ、総コレステロール値を上げる)。近年のメタ分析 (研究の研究)では、トランス脂肪酸の摂取は全死因死亡率、つまり何らかの要因により早期に死亡する率が34パーセント上がることと関係があるとわかった。
脳にとっては、トランス脂肪酸はとりわけ有害かもしれない。細胞膜の流動性の話を覚えているだろうか? トランス脂肪酸は神経細胞の膜にとけ込み、死後硬直を起こした死体のように硬化させてしまう。そうなると神経伝達物質の働きが損なわれ、細胞が栄養素や燃料を受け取るのも難しくなる。研究では、トランス脂肪酸の摂取と脳の萎縮や、アルツハイマー病のリスクが極端に増えることとの関連が指摘されている。
また、健康な人のトランス脂肪酸の摂取が、記憶力の悪化と関わっているという。2015年に発表された論文によれば、被験者がトランス脂肪酸を1グラム摂取するごとに、指示された言葉を思い出せる率が0.76ワード減ったという。そして最も多くトランス脂肪酸を摂取した被験者は、まったく摂取しなかった被験者より思い出せる言葉が12ワード少なかった。
では、単に水素添加油を避ければ安全なのだろうか? 実は、多価不飽和脂肪酸を加工するだけでもトランス脂肪酸が生成される。 研究者たちは、市販されている多くの食用油の容器に、少量のトランス脂肪酸が潜んでいるのを見つけた。たとえオーガニックでも、圧搾されたキャノーラ油には、5パーセントのトランス脂肪酸が含まれている。私たちは平均で、1日に1人あたり約20グラムのキャノーラ油やほかの植物油を摂取している。となると、毎日トランス脂肪酸を1グラムずつ摂取していることになる。
先ほど述べたように、コーン油や大豆油、キャノーラ油(また、そうした油を使ってつくられた食品)を避けるのはもちろん、「水素添加」や「部分水素添加」の油脂も避けよう。そうすれば、あなたの身体に人工的なトランス脂肪酸が入りこむことはないだろう。
脂肪が栄養を運ぶ
最後に、よい脂肪(卵、アボカド、脂質の多い魚、エクストラバージンオリーブオイルなどの高脂肪の食品)をもっと食事に加えた場合の、絶対に見逃せない利点に触れておこう。このような脂質は、ビタミンAやビタミンE、ビタミンD、ビタミンKなど、脂溶性の必須のビタミンや、β-カロテンのような重要なカロテノイドの吸収を促してくれる。こうした栄養素はDNAの損傷を防いだり、体内にある脂肪を保護したり、脳を加齢から守ったりと、広範囲にわたる恩恵をもたらす。
カロテノイドは、ニンジンやサツマイモ、ルバーブ、またケールやホウレンソウなどの葉物野菜に豊富に含まれる黄色やオレンジや赤の色素で、脳の強力なブースターといわれている(濃い緑の葉物野菜のカロテノイドは、葉緑素(クロロフィル)の緑の色素によって隠れてしまうため目には見えないが、ちゃんとそこにある)。カロテノイドのうち、ルテインとゼアキサンチンは神経系の働きを改善し、「結晶性知能」、つまり人が一生のあいだに獲得していく技能や知識を適用する能力とも関連があるという。
カロテノイドを血液中に入れるには、脂肪と抱き合わせにする必要がある。たとえばサラダを食べる場合、脂質を含む食品と一緒に食べないと、カロテノイドはごくわずかしか吸収できない。サラダにかけるものとして最高の選択肢は、エクストラバージンオリーブオイルだ。これを、たっぷりかけることをお勧めする。あるいは、単に全卵をいくつか添えるだけでもいい。
パデュー大学の研究では、サラダに全卵を3つ加えた被験者は、1つも加えなかった被験者と比べて、カロテノイドの吸収が3倍~8倍に増えたという。もし卵を食べられないのなら、アボカドを加えてもいい。そうすればカロテノイドのような脂溶性の栄養素のすばらしい恩恵にあずかり、脳の働きがグンとよくなるだろう。
(p86)
「善玉のHDLコレステロール値を下げ、総コレステロール値を上げる」
と言われたら、今後なるべくトランス脂肪酸は避けて通ろう、と思っちゃいますね。
日本では外国と比べ摂取量が少ないから規制されていません、と言われても、回避できるのであれば回避したいです。
「カロテノイドを血液中に入れるには、脂肪と抱き合わせにする必要がある。たとえばサラダを食べる場合、脂質を含む食品と一緒に食べないと、カロテノイドはごくわずかしか吸収できない。サラダにかけるものとして最高の選択肢は、エクストラバージンオリーブオイルだ。」
サラダを食べるとき、億劫がってなにも付けずに食べたりしていましたが、こういう作用を知らないがゆえの愚行だよなぁと思いました。せっかく食べてても、もったいなかったです。
(…)どれも血糖を急激に増やし、食欲と脂肪の貯蔵をコントロールするホルモンを勝手にいじる。だが近年、ある甘味料が、物議をかもしている。私たちの食の環境の隙間から、音も立てずに忍びこんでくるその甘味料は、果糖だ。
果糖は、ブドウ糖とは別の経路で吸収される。つまり血流を利用せず、特急列車に乗って肝臓に到達する。ドクター・ルスティヒは、生物学における果糖の独特の作用を「等カロリーだが、等代謝ではない (isocaloric, but not isometabolic)」と表した。(接頭辞の iso は 「等しい」の意)。要するに、ほかの糖質と同じくグラム数が同じならカロリーも同じだが、代謝となると果糖のふるまいはかなり特異らしいのだ。果糖は血糖を増やさず、インスリンの分泌も増やさない――少なくとも最初は。たいていの食品メーカーは、この違いを利用して、果糖で甘味をつけた食品を健康志向の顧客や糖尿病患者に売っている。
果糖が肝臓に入ると「脂肪合成(リポジェネシス)」を誘発する。つまり文字どおりに脂肪がつくられる。じつのところ、炭水化物はどれも過剰に摂取すると脂肪合成が誘発されるが、果糖はその作用が最も強いかもしれない。肥満学会誌 『オベシティ』に掲載された短期の研究によると、健康な人が果糖を加えた高カロリーの食事をとると、ブドウ糖の場合と比べて肝臓の脂肪が2倍近く増加したという(それぞれの比率は、113パーセント対59パーセント)。
果糖によって肝臓で脂肪が過度につくられると、余った分はトリグリセリド(中性脂肪)として血液中に放出される。食事で脂肪を摂ったあとも、やはり血液中のトリグリセリドが一時的に増えるが、果糖による脂肪合成は、かなり高脂肪の食事をとったときよりもたくさんの脂肪を血液中に送りこむ。そのため、果糖の含有量が多い菓子やスナックを食べると、実際に血液は薄いピンク色に見えるかもしれない。また空腹時のトリグリセリドの検査値(代謝の異常と心血管疾患のリスクを調べるために使われるマーカー)が、炭水化物の摂取、とりわけ果糖によってほぼ例外なく上昇するのも、それが理由だ。
果糖はすぐに血糖に大きな影響を与えることはないが、頻繁に摂取すれば、いずれ血糖が増える。なぜかというと、肝臓に負担がかかって炎症が生じ、細胞が血液からブドウ糖を「吸い上げる」力が損なわれるからだ。これは人類が自然界にある旬の果物を食べて脂肪をたくさん貯蔵できるように適応した結果かもしれない。だが現代では、それが糖質を摂ると二型糖尿病の発症率が跳ね上げる理由になる(今こそ、果糖の含有量が多い甘味料――たとえば90パーセントが果糖のアガベシロップなどが、健康志向の人や糖尿病患者にとって本当に正しい選択なのかを問うべきだろう)。
果糖の複合効果は、脳内の遺伝子の発現を変化させるかもしれない。 UCLAの研究チームは、毎日ラットに1リットルの炭酸飲料と同量の果糖を与えた。6週間後、ラットに典型的な錯乱が起きはじめた。血糖とトリグリセリド、インスリンが増えて、認知機能が崩壊しはじめたのだ。水だけを与えられたマウスと比べて、果糖を与えたマウスは、迷路を抜けだすのに2倍の時間がかかった。だが何より研究チームを驚かせたのは、果糖を与えられたほうのラットの脳で1000に近い遺伝子が変わっていたことだった。その遺伝子は、愛らしいピンクの鼻やふさふさのヒゲをつくるためのものではなく、パーキンソン病やうつ病、双極性障害などに関わる人間の遺伝子と同種のものだった。この遺伝子破壊は非常に深刻で、UCLAが発表した記事によれば、研究チームを率いるフェルナンド・ゴメス・ピニーリャは、脳への影響という観点から「食品は医薬品のようなものだ」と述べている。だが、食品の力はポジティブな方向にも働く。果糖は認知機能と遺伝子発現の両方にネガティブな影響を与えたが、その影響はラットにオメガ3系脂肪酸のDHAを与えると軽減したという。
アメリカの530万人の外傷性脳損傷の患者にとっては、糖質の過剰摂取による脳の負担を避けることが、状況改善の鍵となるかもしれない。果糖を多く含む食事は、ラットの脳の可塑性を損ない、その結果、頭部の外傷の治癒力が低下した。ラットと人間は同じではない。だが脳の損傷は、実験動物で簡単に再現できる器質性疾患だ。自然な形ではラットやマウスに発症しない複雑な疾患とは違う。
人間のフォアグラ
一般的に、果糖などの糖質の摂取は、非アルコール性脂肪性肝疾患 (NAFLD)を発症する大きな要因となる。現在、アメリカでは7000万人の成人(人口の30パーセント)がこの疾患に侵されている。この数字は、甘いものがやめられない私たちの傾向について何かしら対策を考えないかぎり、これから数年のうちに爆発的に増えることを告げている。2030年までに、アメリカの人口の50パーセントがNAFLDを発症するといわれている。そして、世界中でぼう大な数の人に見られるインスリン抵抗性は、このNAFLDの病状の重さと比例している。とはいえ、脂肪肝のエピデミックを体験している生物は、私たちだけではない。
カモとガチョウも人間と同じく、だがそれよりもっと大きな規模で、余ったカロリーを脂肪という形で肝臓に大量にため込むことができる。これは長距離を飛行するとき、餌を食べるために止まらなくていいように発達した習性だ。そしてこの習性は、世界中の人が堪能しているフランスの珍味、フォアグラをつくるために利用されている。
フォアグラは、栄養をふんだんに与えられたカモやガチョウの肝臓だ。濃厚なバターのような舌触りが珍重されてはいるが、本来の肝臓とはまったくの別物だ。フォアグラをつくるためには、健康なカモやガチョウの咽喉にチューブを差し込み、穀物(通常はトウモロコシ)を強制的に流し込む。つまり自然な形で食べるよりもはるかに多い炭水化物を摂ることになる。そして肝臓は脂肪がついて肥大し、普通の大きさの10倍近くになる。 肝臓がそこまで肥大すると血流は悪くなり、腹圧は高くなり、呼吸も十分にできなくなる。またストレスから、肝臓やほかの臓器が破裂することもある。この残酷で非情な肥育法は、極端にいえば、私たちが糖質を摂取しつづければどうなるかを教えてくれている。(p116)
マウスの実験がそのままヒトにも当てはまるわけではない、と思うのですが、
「水だけを与えられたマウスと比べて、果糖を与えたマウスは、迷路を抜けだすのに2倍の時間がかかった。」
という実験がちょっと怖い。
糖質の過剰摂取は脳の負担であるということが分かっただけでも良かったです。糖質に振り回されそうになったときに思い出したい。
「2030年までに、アメリカの人口の50パーセントがNAFLDを発症するといわれている。」
と、さらっと書かれているけど、2人に1人が非アルコール性脂肪性肝疾患って、とんでもないですよね。
NASH(非アルコール性脂肪肝炎)と診断された身内がおりますが、もともとアルコールを飲んでいないうえで食事療法で肥満を解消するのは、なかなか大変そうでした。普段の食事、間食、嗜好品と、何やかんや医師から制限されていました。
肝臓を10倍にさせられるカモやガチョウも想像するとしんどいけど、自らの身体を似たような状態にしている人がたくさんいるというのも恐ろしいです。
果物は「制限なく」食べても問題なく、むしろ有益だ、などと言われることが多い。だが進化という見地に立つと、果物(とりわけ現代の品種改良された糖度の高いもの)は、体内の代謝を騙(だま)す名人かもしれない。これは論理的には適応、つまり私たちが冬場をしのげるよう脂肪をため込むための一時的な特性だといえる。私たちの祖先は緑の背景から赤く熟した実を識別することを「唯一の目的」として、赤と緑の視覚を発達させたといわれている。つまり進化的に見れば、果物には飢えた狩猟採集民の命を救うほどの価値があったのだ。現代の場合、365日いつでも糖度の高い果物を食べることは、身体が決して訪れない冬に備えていることにほかならない。
ブドウやほかの甘い果物をたらふく食べつづけると、脳にどんなことが起きるだろうか?いくつかの大規模な研究が、何かしらのヒントを与えてくれている。ある研究では、認知機能の正常な高齢者が果物をたくさん食べることと、海馬の体積が小さくなることに関連が見られたという。果物をたくさん食べる人には、たいがい健康的な兆候が見られるため、このような知見は珍しい。この研究では、被験者の食べたものの成分がすべて特定され、その結果、果物は記憶をつかさどる部位には何の恩恵も与えていない可能性があるという。メイヨー・クリニックの研究でも、果物の摂取と皮質、つまり脳の外側の広範囲にわたる層の体積とが反比例しているという結果が出ている。メイヨー・クリニックの研究チームは、糖度の高い果物(イチジク、デーツ、マンゴー、バナナ、パイナップル)の過度の摂取は、炭水化物の加工食品と同じように、代謝異常や認知機能障害を誘発するかもしれないと論文に記している。
とはいえ、果物には重要な栄養素がさまざま含まれている。そしてありがたいことに、低糖の果物には、そうした重要な栄養素が最も豊富に含まれている。たとえばココナッツ、アボカド、オリーブ、そしてカカオ(いや、チョコレートのことを果実といっているわけではない………だがダークチョコレートは、脳に数えきれないほどの恩恵をもたらしてくれる。これもジーニアス・フードだ)だ。また、ベリーもすばらしい果物だ。なぜなら果糖が少ない上、記憶力を高めアンチエイジングの効果もある抗酸化物質が特に多く含まれているからだ。 ナースヘルス研究[看護職を対象に疫学研究を行っている研究機関] は、1万人の女性看護師の食事を長期にわたって調査した。そして最も多くベリーを食べた看護師の脳をスキャンした結果、2.5年若返っていたという。近年の研究論文の分析によれば、全般的な果物の摂取と認知症のリスクの減少との間に関連性はないが、ベリーだけは例外だという。やるじゃないか、ベリー!
私たちは待つべきか?
アメリカの国民にジャンクフードを売るために、毎年何十億ドルもの金が使われている。だが、そういった巨大な企業は、雑誌やテレビの広告スペースに金を出す以上に、ジャンクフードと肥満との関係を軽視するような研究に、たびたび資金を提供している。近年、『ニューヨークタイムズ』紙が、ある実態を暴露した。ある研究グループ――炭酸飲料を製造販売する最大手の企業から資金提供を受けている――が、世界中に広がる肥満と二型糖尿病は食生活のせいではなく、怠惰と運動不足のせいだと主張しているというのだ。この研究グループの幹部は、次のように述べている。
大手メディアや科学誌の言うことは、こればかり――「ああ、みんな食べすぎだ。 食べすぎだ。食べすぎだ」いつも責めたてられるのは、ファストフードや甘い飲み物のような食品だ。ところが、確かにそれが原因だ、という説得力のあるエビデンスは、実のところない。
運動は、脳を含めて身体の健康を保つためには欠かせない。とはいえ、数々の研究では、運動が体重に与える影響は、何を食べるかに比べれば微々たるものだということがわかっている。
フィットネスに熱中している人なら、「腹筋はキッチンでつくられる」ことを知っているが、過体重や肥満の人にしてみれば、このような発言は、ただ混乱が続くばかりで何の解決にもならない。こういうやり方は社会の一番弱い人たちに罠を仕掛けて、認知障害や早死にへと向かわせることにほかならない。私は決して大げさに言っているのではない。今までで、喫煙習慣より食習慣がアメリカ人の命を奪うようになったのは初めてだ。事実、循環器関連の学会誌『サーキュレーション』に掲載された最新のデータによると、毎年20万人近くの人が、糖を添加した飲料だけによる疾患で死亡しているという。この数字は、2015年の全世界のテロによる死亡者の7倍にあたる。
喫煙についていえば、今やタバコと肺ガンの因果関係ははっきりしているが、その歴史的な経緯をちょっとだけのぞいてみよう。20世紀半ばに誰もがタバコを吸うようになるまでは、肺ガンは「非常に珍しい」病気だった。にもかかわらず、肺ガンが急増した主な要因がタバコだと医師たちが確信するに足る「証拠」が論文に現れるまで数十年もかかった。
医師が公然とタバコを推奨する1940年代の呆れかえるような宣伝広告(グーグルで簡単に見つかる)を、誰が忘れるだろうか? 1960年代になっても、その20年前からはびこる肺ガンのエピデミックは喫煙のせいだとわかっているのに、アメリカの医師の3分の2は、タバコが有罪かどうかはまだ確定していないと考えていた。(p124)
ジーニアス・フードその3と4のブルーベリー、ダーク・チョコレートについての話がここで出てきます。
「最も多くベリーを食べた看護師の脳をスキャンした結果、2.5年若返っていたという。近年の研究論文の分析によれば、全般的な果物の摂取と認知症のリスクの減少との間に関連性はないが、ベリーだけは例外だという。」
この本を閉じて真っ先に冷凍のブルーベリーを買いに行きました。
「運動は、脳を含めて身体の健康を保つためには欠かせない。とはいえ、数々の研究では、運動が体重に与える影響は、何を食べるかに比べれば微々たるものだということがわかっている。」
やはり食生活をおろそかにして、健康な体は手に入らないということがまざまざと思い知らされます。
その一方で、脂肪はいつでも燃えることができるように待機している。脂肪は身体のいわば薪であり、たった約16キロから脳の予備エネルギー3000カロリー以上が得られる。平均的な体重の人なら万単位のカロリーを予備エネルギーとして持ち歩いているが、肥満の人は数十万カロリーもの予備エネルギーを運んでいるかもしれない!そしてブドウ糖とは違い、脂肪として貯蔵できるカロリーは事実上、無制限だ。
飢餓の状態で皮膚の下や胴まわりの脂肪組織が分解されると、脂肪酸が血液中に流れだし、肝臓によって「ケトン体」、もしくはシンプルに「ケトン」と呼ばれる燃料に変換される。ケトンは脳細胞に簡単に取り込まれ、必要なエネルギーを最大60パーセントまで補給できる。ケトン研究の先駆者、リチャード・ビーチは、2004年に発表した論文にこう記している。「ケトン体は“スーパー燃料〟と呼ぶにふさわしい」。その理由を説明しよう。
汚染の解決策?
ブドウ糖とは異なり、ケトンは「クリーンに燃える」燃料と考えられている。なぜなら、ブドウ糖より少ない代謝プロセスで、取り込んだ酸素からより多くのエネルギーをつくり、その結果、エネルギー変換時に生成されるゾンビ分子(フリーラジカル)が少なくなるためだ。また、フリーラジカルを中和する力が強いグルタチオンという天然の抗酸化物質を使える機会も大幅に増える。つまりケトンを利用することで、アンチエイジングが半額セールの状態になるためだ。
ケトンの恩恵は、そこで終わらない。ケトンが脳にあると、BDNFを増産する遺伝子経路が活性化されることが研究で示されている。BDNFは気分を改善したり、学習能力や可塑性を促したり、神経細胞を日常的な損傷から守ったりといった、いわば脳の「成長ホルモン」だ。第5章で述べたように、ケトンは脳への血液の供給にも一役買い、30パーセントも血流を増やすという。
炭水化物をふんだんに摂る「普通の」西洋型の食生活において、この有益なケトンの合成は、ほぼ抑えられた状態にある。なぜなら、高炭水化物食によって膵臓のインスリン分泌が刺激され、インスリンが増えるたびにケトンの合成が止まるからだ。
一方、絶食や、炭水化物を極端に減らした食生活によってインスリンが抑えられると、ケトンの合成が誘発される。
では、この2つのケトン合成ルートについて探求してみよう。
インターミッテント・ファスティング~断続的な断食~
今、人類はほとんどの時間を食べることに費やし、絶食状態で過ごすことはめったにない。
大多数の人は目覚めたときから、眠りにつく前まで食べている。だが、人類の歴史の大部分においては、そうではなかった。宗教やダイエットの本が、むやみにエネルギーの欠乏状態になるべきではないと教えるずっと前、農耕生活を始める前の祖先たちは、食料供給の見通しが立たなかったため、定期的に絶食を経験していた。彼らの脳(と私たちが受け継いだ脳)は、この不確実性のなかで鍛えられ、食べる時期と絶食の時期を振り子のように繰り返す生活に見事に適応した。
食料の摂取を周期的に制限することによって、身体は生理学的な適応を強いられ、ケトンを合成する。断食(ファスティング)の方法はいろいろあるので、好きなものを選ぶといいだろう。お勧めは、最後に栄養を取り込んでから16時間、何も食べない状態を維持する方法だ。 これは一般的に普及している「16:8」メソッドというファスティングだ(つまり16時間は何も食べないが、残りの8時間は食べてもいいというものだ)。 このファスティングは毎日行うことができて、ファスティングの多くの恩恵が得られる。具体的にはインスリンの分泌量が減り、蓄えられた脂肪の分解が促される(女性には16時間ではなく、12~14時間から始めることを勧めている。女性のホルモンのシステムは、食料難のシグナルに対して敏感に反応する可能性があるためだ。たとえば絶食時間が長くなると、生殖能力に悪影響がおよびかねない)。
12~16時間のファスティングは、必ずしも必要ではない食事、つまり単に朝食を抜くことで達成できるかもしれない。毎晩、睡眠中に持ちこたえている絶食時間を延ばすとなれば、身体の目覚めのホルモンであるコルチゾールも活用することになる。コルチゾールの分泌は、起床してから30~45分がピークだ。 このホルモンは、エネルギーとして使うために備蓄された脂肪酸やブドウ糖、タンパク質を動員するという、おまけもついてくるので(それについては第9章で)、夕食を抜くよりもお得だ。
朝食を抜く別の利点は、社交行事として夕食をとる機会が多いため、それより前の時間に食べるのをやめるよりは、食べはじめる時間を遅らせるほうが成功しやすいからだ。だが、もしあなたが朝食を抜くのが無理なら、夕食を早めに済ますという手もある。これは、ルイジアナ州立大学の最近の研究によって裏づけられている。この実験では、過体重の被験者が午前8時から午後8時のあいだに、つまり大多数の人の平均的な食事の時間帯に1日のカロリーを摂取した。だが研究チームが、夕食を抜いて午後2時に食べるのをやめるよう被験者に指示すると、ブドウ糖ではなく、脂肪の燃焼(つまりケトン)が増加した。また、代謝の柔軟性の改善も見られた。要するに炭水化物と脂肪の燃焼の切り換えを行うスイッチの働きがよくなったのだ。
となると週に1、2度、夕食を軽めにしたり、早めに済ませたり、あるいは抜いたりすることで、脂肪の燃焼作用が促進されるということだ(遅い時間に食事をとると、夜中に活動が収まる自然な身体のメカニズムを妨げてしまう)。
このほかにも、目下研究が進んでいるファスティング法がある。1日おきのファスティング(16:8メソッドのような「時間制限による食事」の方法)や、断続的な超低カロリー食(VLCD)だ。
このVLCDのもとになる理論は、炭水化物の摂取の有無にかかわらず、身体が蓄えられた燃料を放出してエネルギー不足に対応するというものだ。これは、「断食模倣食(FMD)」といわれ(ヴァルテル・ロンゴという研究者が提唱した食餌療法)、老化や糖尿病、ガン、神経変性疾患、心血管疾患のリスクを減らしたり、バイオマーカーの数値を下げたりといった大きな恩恵にあずかれる可能性があるという。
さまざまあるなかから、あなたはどのファスティング法を選べばいいだろう?
ヘンリー・デイヴィッド・ソローは、「人生は、細部を気にしていると浪費されていく」という名言を残している。どれを選ぶ(そして、それをきちんと実行する) かに関していうなら、男女を問わずほとんどの人が、起床してから1、2時間(かそれ以上)は何も食べず、就寝前の2、3時間は何も食べない、というやり方で恩恵が得られるだろう。
(p216)
糖質を極端に制限してケトン体を増やし、エネルギー源としてケトン体を使うことで痩せるという「ケトン体ダイエット」について、全然分かっていなかったですが、本書で少し理解が深まりました。単に糖質を控えれば良いのかな、というイメージでしたが、葉物野菜を肉・魚以上の量摂らなければいけない、など他にもルールがあるそうです。
ケトン体についてはこちらのサイトにわかりやすく書かれています。
ファスティングも気になっていましたが、女性におすすめなのか謎で、試したことはありませんでした。BMIの値とかによっては、やっちゃいけない人もいるらしいし。
「男女を問わずほとんどの人が、起床してから1、2時間(かそれ以上)は何も食べず、就寝前の2、3時間は何も食べない、というやり方で恩恵が得られるだろう。 」
ひとまずここだけ覚えておこうと思います。
子どもの頃、母はユダヤ教のヨム・キプル(贖罪日)の慣例として、私に毎年(無駄に)丸1日断食をさせようとした。私には、無意味な自虐的行為にしか思えなかった。とはいえ、今なら何時間だってやすやすと断食ができる。
脳の要求に抗わないでブドウ糖を与え続けると、依存症になる。急に炭水化物を摂らなくなると頭痛や疲労が起きるのは、そのためだ。私はこれを、ピッツァやペストリー菓子ばかり食べていた10代前半の頃に経験した。だが、あなたが定期的なファスティングと併せて低炭水化物食を断続的に行うと、代謝を「初期設定」の状態に戻す生理的な地固めができる。インスリンの分泌を減らし、ケトンの合成を促せば代謝の柔軟性を取り戻すことができる。その結果、代謝があなたにしたがって働くようにしつけられ、それに逆らうような働き方をしなくなる。それこそが代謝の理想の姿だ。
次に挙げる7つのステップは、代謝の柔軟性を取り戻すことを目標にしている。具体的には体脂肪からケトンを合成し、それをエネルギー源とする回路に脳を適応させる。このステップは、ファスティングによる連鎖反応を真似たものでもある。3~7日のあいだに「空腹によるイライラ感」と頭痛が起きるかもしれないが、理論的にはケトンを燃料に変えるための酵素を脳が上方制御しているためだと考えられる。
各ステップに示した時間は、まだケトン回路に適応していない状態での概算だ。
1. 最後に摂った炭水化物によるエネルギーが枯渇する(4~12時間)。
2. 身体に蓄えられたエネルギーが枯渇する。体格によって個人差はあるが、肝臓がお
よそ100グラムの炭水化物をグリコーゲンという形で貯蔵できるのを思い出してほしい(2~18時間)。
3. 筋肉を維持するためにアミノ酸の分解を減らす(20~36時間)
4. 糖新生のためにアミノ酸を分解する(24~72時間)。
5. ケトンの合成と活用を増やす (48~72時間以上)。
6. ケトンをエネルギー源に変える脳の酵素を上方制御する。これは最大で1週間かかるが、激しい運動によって貯蔵されたグリコーゲンを早く使いきったり、低炭水化物食を徹底させたり、あとで述べる「中鎖脂肪酸」を組み入れたりすることで短縮できる(1~7日)。
7. 代謝の柔軟性を得る。この状態になれば、たまに炭水化物を摂っても――特に運動中や運動後に摂る場合、脂肪燃焼モードは妨げられない。
食べ物から本当の意味で自由になるための鍵は、ブドウ糖依存を断ちきり、人類の祖先が持っていた代謝の柔軟性を取り戻すことにある。炭水化物の制限をはじめた数日後には、空腹感や、高炭水化物の食品が欲しくてたまらない状態は徐々に収まり、やがて消える。次に挙げるのは、体内で脂肪燃焼モードが活発に働いているサインだ。
・数時間、何も食べなくても誰かに八つ当たりしたいと思わず楽に過ごせる。
・食間に、デンプン質や糖質の食品を無性に食べたくなることがなくなる。
・頭が冴えわたってクリアになり、精神状態や活力のレベルが安定する。
・中強度の運動をしても、異常な食欲や疲労感を覚えない。(p230)
「・食間に、デンプン質や糖質の食品を無性に食べたくなることがなくなる。
・頭が冴えわたってクリアになり、精神状態や活力のレベルが安定する。」
とか、すごくいい状態じゃん、と思いますが、ケトンを燃料に変えるための酵素を脳が上方制御できるようになるまで7日ほどを要し、それまで毎日糖質を1日あたり60gに抑える。うーん、すでに難しそうな気がしてきました。
衛生管理のレベルが高い国ほど、アルツハイマー病の発症率が高いことを示す完璧な線形相関が見られたのだ。
免疫のチューナー
自己免疫、つまり人に備わった免疫システムが、その人の身体の一部を攻撃することがある。
これはセリアック病やMS、 一型糖尿病、橋本病など、たくさんの一般的な疾患に見られる特徴だ。なぜ、自己免疫疾患になるのか? なぜ、このような病気が増えてきているのか? 私たちは、味方の誤射によって身体や脳がダメージを受けるように生まれついているのか? それとも、やはりこれも現代生活の罠に落ちた人間の生物学の1つの側面なのだろうか? 現代人の食生活とライフスタイルが、どのようにして複雑な免疫システムに影響をおよぼして自己免疫反応を引き起こすのかを理解するには、まず免疫システムが、一生涯「訓練」されつづけていることを理解しなくてはならない。
大腸の内部がどうなっているのかイメージするため、ちょっとトンネルの横断面を思い浮かべてみよう。内壁の一番内側の層は、「上皮」と呼ばれる組織だ。ここには細胞がびっしり隙間なく並んでいて、腸の内部、つまり「内腔」と血管のあいだのバリアの役目を果たしている。内腔にあるものは身体の一部ではないため(肺を満たす空気のように)、科学者はこの空間を宿主をとりまく環境の一部としてとらえている。つまり腸は環境と接触している広大なインターフェイスで、皮膚よりもはるかに広い。かりに消化管をそっくり引き抜いて床に広げたら、小さなワンルームマンションの床なら、足の踏み場もなくなってしまうだろう。
こうした理由で、体内のほとんどの免疫細胞は、消化器官で起きていることに集中するよう教えこまれている。そう言うと、あなたは意外に思うかもしれない。それどころか加工食品や3回洗浄済み(トリプルウォッシュ)のカット野菜が売られている今の時代では、資源の誤用にさえ思えるかもしれない。だが、これはしごく理にかなっているのだ。人類の歴史上のほとんどの時代、そして近代的な食品システムが登場する以前の時代、私たちの食べ物は汚れていた。ほしいときに買える、この上なく新鮮な(そして見るからにおいしそうな) 食料品がぎっしり並んだスーパーマーケットなどなかったし、何か口にするたび病院クラスの無菌を保証するような、おびただしい数の抗菌ソープや「野菜洗浄剤」とともに進化してきたわけでもない。
旧石器時代の祖先たちは病原体を、つまり感染したら死ぬかもしれない微生物を飲み込んでしまう可能性がとても高かった。人類は早くから、このようなとてつもないプレッシャーにさらされていた。そのため危険な細菌が侵入したときに立ち向かえるように、高感度かつ高性能の免疫反応が装備された。とはいえ腸のなかには、外からやってきた微生物がうじゃうじゃしている。もしかしたら私たちの知らない戦いが、そこで繰り広げられているのだろうか?
いや、そんなことはない。正常な免疫システムというものは、サッカースタジアムに配備された、高度な訓練を受けた警備員のようなものだ。彼らは、チケットを手にやって来る何千人もの入場者を、涼しい顔をしながら手際よく検(あらた)めていく。こうした警備員は、不審な人物を見つけるたびにいちいち質問などしない。よく訓練された警備員なら、そんな人物が問題を起こすずっと前に、その兆候を見つけられる。私たちの体内にいる細菌は、ちょうどスタジアムの観客のように、免疫システムが環境のめまぐるしい変化に適応できるよう、警備のスキルを鍛える手助けをしている。そのおかげで、免疫システムは、怪しい訪問者が来たときに簡単に見つけられるのだ。つまり腸とその住人は、免疫システムの「トレーニングキャンプ」のような役割を果たしている。
免疫システムが基準に達していないと、侵入者をうまく見つけられないばかりか、身内の細胞を間違えて攻撃しかねない。つまり、さまざまな腸内細菌は“免疫システム警備員〟に、誰を警戒すべきかだけでなく、身内には寛容に対処することについても指導しているのだ。健康な腸には、いつでも多様な細菌が無数に住みついていると考えられている。そして正常な免疫システムは、そのたくさんの細菌に助けられているという。じつのところプロバイオティクスは、こうした仕事もしていると考えられている。プロバイオティクスは、マイクロバイオームの細菌とは違う種類から成り、体内の警備員が仕事中に居眠りをしないように目を光らせながら流れている。
免疫システムがミスを犯して宿主を攻撃したときは、アレルギーや自己免疫反応が起きる。科学者たちは、この理由を解明するため、マイクロバイオームに焦点を当てた研究を行っている。免疫システムが暴走する理由はたくさん考えられる。たとえば過度に衛生的な生活や抗生物質の使いすぎ、食物繊維の不足、出産時に赤ん坊が母親のマイクロバイオームを獲得できない分娩方法などだ。理由は何であれ、それがスタジアムの警備員の訓練不足につながり、結果的に自己免疫反応が起きやすくなるという。
グルテンは、混乱した免疫システムが自己免疫反応につながる最適な事例だ。そして、この事例はかなりたくさんの人に見られる。グルテンを構成する主なタンパク質の1つ、グリアジンは、私たちの免疫細胞にとっては細菌のようなものだ。グリアジンが腸に入ると、免疫システムは抗原を追跡するために抗体を送りだす。ちょうど不審者を探すように訓練されたスタジアムの警備員を出動させるようなものだ。問題は、外から入ってきた異物(グリアジンのような)の抗原が、私たち自身の細胞の表面にある目印とそっくりに見えるときがあることだ。これは「分子擬態」というが、もしかしたら病原体は、宿主の環境にうまく適応しようとして擬態するのかもしれない。たとえ病原体でも、生き延びるのに必死だからだ!そうなると体内の免疫システムが抗原と戦うために抗体をつくりだしたとき、味方である自分自身の組織も誤って攻撃してしまう。これは「トランスグルタミナーゼ」という酵素によく起きる。トランスグルタミナーゼは全身に存在している、健康を維持するための重要な成分だ。このトランスグルタミナーゼの機能不全は、アルツハイマー病やパーキンソン病、ALSの発症と関わりがあるといわれている。また、特に多く見られるのが甲状腺で、橋本病やバセドウ病などの自己免疫性甲状腺疾患を発症すると、甲状腺が攻撃されてしまう。 困ったことに、トランスグルタミナーゼは、グリアジンの抗原ととてもよく似た分子の目印を持っている。そのため、グルテンに過敏に反応してしまう人がグルテンを食べると身体がグリアジンだけでなく、トランスグルタミナーゼも攻撃してしまうことがある。
グルテンを摂取した人すべての免疫システムが暴走するわけではない。だが、最近の研究では、自己免疫性甲状腺疾患の患者のセリアック病の有病率が、健康な対照群と比べて2~5倍高いという結果が出ている。実際に、自己免疫性疾患(一型糖尿病やMSなど)と同時に発症する別の免疫性疾患は、セリアック病が最も多い。これは不健康な消化管が、一見まったく関係なさそうな2つの病気に関わっていることを示している。そして、どの自己免疫性疾患の場合も、脳が攻撃の脅威にさらされている兆候だと考えられる。なぜなら、このような疾患の患者は、認知症を発症する可能性が高いことが近年の研究でわかっているからだ。心に留めておいてほしい。こうした病気は何カ月、あるいは何年もあとで現れ、それまではっきりした症状がないことも多いのだ。そして、甲状腺疾患とセリアック病の両方にかかっている多くの患者には、消化管の症状はない。これは、「腸とともに生きて」道に迷ってしまう珍しい例だ。
だが、ただグルテンを食べなければ、この免疫システムの故障を回避したり止めたりできるわけではない。あるものを食卓に復帰させることが重要だ。だが、それは現代人の食生活からすっかり抜け落ちてしまっている。つまり食物繊維だ。食物繊維は、ある程度は免疫の混乱から私たちを守ってくれる。なぜなら酪酸塩などのSCFAが、結腸の「制御性T細胞」の発生や分化を促すからだ。この細胞は「Treg」とも呼ばれ、炎症を促すほかの免疫細胞の反応を抑制し、正常な炎症反応を促す免疫細胞だ。このTregを、やたらと喧嘩っぱやい若い隊員たちを統制する治安部隊の隊長だと考えてみよう。隊長は、身体が自分と自分でないものをきちんと区別するのを手伝ってくれる重要な人物だ。 そして、もしその重要な働きが損なわれたら、免疫システムは自らの身体を攻撃し、自己免疫性疾患へとつながりかねない。(p268)
警備員の例えが分かりやすい。
「たとえ病原体でも、生き延びるのに必死だからだ!そうなると体内の免疫システムが抗原と戦うために抗体をつくりだしたとき、味方である自分自身の組織も誤って攻撃してしまう。」
この箇所を読んで、グルテンのちょっと面倒くさい部分が少し分かったような気がします。そして、食物繊維を自分が思っていたよりも重んじるべきだなと思いました。
(…)プレボテラ属の細菌が少なくバクテロイデス属の細菌が多い女性は、ネガティブなものに対して感情的に強く、回復力もあった。
細菌が、この女性たちの脳に影響をおよぼしたのだろうか? それとも女性たちの脳が、腸内細菌の構成を何らかの形で変えたのだろうか? それは誰にもわからない。だが、別の研究者の実験では、先ほどのマウスの糞便移植のように、マイクロバイオームを変えただけで、マウスの行動やメンタルヘルスらしきものに変化が見られたという。この結果は、腸内細菌の種類が、脳の機能に影響をおよぼすことを示唆している。
前述したように、最適な腸内細菌の構成はそう簡単に解けないパズルだ。また、私とあなたとでは違う可能性だってあるだろう。おもしろいことに、炭水化物の摂取が多い穀物ベースの食生活を送っている人は、腸にいる「プレボテラ属」の細菌の割合が多い傾向にあるという。
だが、この分野で多くの科学者が認めていることが1つある。変わりやすく厳しい腸の環境で、有益な細菌を上位の座につける最善策は、食物繊維やポリフェノールなどの植物性栄養素を十分に食べ、糖質や精製炭水化物の食品を避けることだ。それが有益な細菌叢によい環境を与え、病原体を兵糧攻めにし、入り乱れた腸の生態系のなかで有害な菌種を増えにくくする。腸内細菌の真実が明らかになるのを待ちながらも、食生活を穀物ベースから食物繊維たっぷりの野菜ベースに変えることが、あなたのマイクロバイオーム(と気分)をより健やかな状態にすることは間違いないようだ。
多様性のルール
前に述べたとおり、私たちの免疫システムは、たくさんの細菌の恩恵にあずかっている。ところが、現代のマイクロバイオームに欠けているものがもう1つある。多様性だ。西欧諸国の都会人の腸のマイクロバイオームと、植物をたくさん食べる農村部の村民や狩猟採集民(必然的に食物繊維を多く摂る)のマイクロバイオームを比べた多くの研究では、近代化によって細菌の多様性が大幅に失われていることがわかったという。細菌の種類によって、その餌となる食物繊維は異なるため、多様な食物繊維を摂れば、腸内細菌も多様になる。 マイクロバイオームの研究はまだ始まったばかりとはいえ、科学者たちが合意しているのは、この多様性が宿主の健康の鍵になることだ。ある研究によると、腸内細菌の多様性を劇的に増やしたり減らしたりできるのは、食物繊維だけかもしれないという。しかも、この多様性は、あなたが自分の子どもに手渡す財産にもなりうるという。あなたの腸内細菌を最大限に多様化する方法はほかにもある。・抗菌ソープや手指の消毒剤は使わない。病院のような、病原体にさらされるリスクが高い場所を訪れるなど、本当に必要なときにだけ使おう。
・自然と親しむ。公園を訪れたり、キャンプやハイキングに出かけたりして、屋外で過ごす時間を増やそう。
・浄水フィルターで濾過した水を飲む。発展途上国の場合、病原菌に汚染された水から感染病が流行するのを防ぐために塩素を使うのはとてもいいことだが、先進国で供給されている飲料水は、塩素が過度に加えられる傾向にある。
・シャワーの回数を減らす。あるいは石けんを頻繁に使わず、シャワーのたびではなく1回おきに使うことをお勧めする。それによって異性を引きつける匂いの分子「フェロモン」が、あなたのデートを応援してくれるかもしれない。シャンプーは週にせいぜい1、2度にとどめよう――毎日シャンプーする理由はないのだ!
・できるだけオーガニックの食品を買う。 オーガニックの食品には抗酸化作用の強いポリフェノールがたくさん含まれており、酪酸塩をつくる細菌や健康な粘膜を維持できる。
・本当に必要なとき以外は、広域抗生物質の服用を避ける。 抗生物質は、しかるべきときには命を救える――これは紛れもない事実だ。だが最近の研究によれば、アメリカで処方されている抗生物質の30パーセントはまったく必要がなく、むしろ細菌叢の生態系を荒らしてしまうという。その隙に、クロストリジウム・ディフィシルのような日和見性の病原体に住み処を占領されてしまうこともある。
・ペットを飼う。施設に保護されている、何千という行き場のない動物たちは、喜んであなたの腸内細菌の多様性を促進してくれるだろう。犬を飼っている女性が妊娠した場合、アレルギーのある子どもが生まれる可能性が減り、また、犬と一緒に暮らしている子どもは、喘息になる可能性が15パーセント少なくなるという研究データもある。犬と暮らすことは、家と腸の細菌の多様性を促進するのに最適だ。
・ゆったりする。「安静と消化」という言葉が示すとおり、消化はあなたがリラックスしているときに行われる。何かをしながらせわしなく食べると、体内のストレス反応のメカニズムが作動して消化を邪魔し、栄養素の吸収が損なわれ、あなたの細菌の友だちのいる場所まで届かなくなる。
(p288)
「腸内細菌の種類が、脳の機能に影響をおよぼす」というのがすごい。やはり腸活は大きなテーマだなと思いました。
それなのに、抗菌ソープや手指の消毒剤は使わない、とか、シャンプーは週に1、2度にとどめる、とか、コロナ禍で真逆とも言える行動様式を求められるのがジレンマですね。
「犬を飼っている女性が妊娠した場合、アレルギーのある子どもが生まれる可能性が減り、また、犬と一緒に暮らしている子どもは、喘息になる可能性が15パーセント少なくなるという研究データもある。」というのは、明るい話題だと思います。猫とか違うペットを飼っても同じようなデータが得られるのか、気になるところです。
「サイコバイオティクス」現る
マウスを使ってうつ病を研究する場合、マウスがどんな状態であればうつ病なのか、しっかり見きわめる必要がある。そして、マウスの幸福度を見きわめるための数ある方法の1つに「強制水泳試験」というものがある。説明しよう。まずマウスを円筒形の水槽のなかに落とす。するとマウスは、すぐさま足場を求めて必死で水をかく。メンタルが正常なマウスは水をかいている時間が長いため、生きる意欲があると解釈される。だが、抑うつ状態にあるマウスは、それよりも早い段階で絶望して水をかくのをやめ、水面から頭を出してじっと浮かんでいる。そんな方法で? と思ってしまうが、これは実際に抗うつ薬の研究や試験をするときに最初に行われるものだ。
そしてある研究では、この手法に独特のひねりが加えられ、マウスは「ラクトバチルス・ラムノサス」というプロバイオティクスを与えられてから、水槽に落とされた。このマウスは、プロバイオティクスを与えられなかったマウスとは違い、必死に水をかきつづけた。しかも脳の一部には、抗不安作用のあるGABAの受容体まで増えていた。実験では迷走神経を切断されたマウスも使われ、同じようにプロバイオティクスを与えられたが、そのマウスにこのような兆候は見られなかった。 迷走神経は腸に分布し、脳と直接つながっている。つまり腸内細菌が、迷走神経を通じて脳とじかにコミュニケーションを取り、それが行動に影響をおよぼしたということだ。
プロバイオティクスがマウスのうつ病を改善するなら、ほかの神経病にも効果があるのだろうか? ファストフードと同等のマウスの餌(脂質と糖質を混ぜた最悪の餌)を1日に何回も食べた母親から生まれたマウスは、自閉症と同じ社会行動の症状を見せた。このマウスの腸内細菌の数を調べたところ、「ラクトバチルス・ロイテリ」というプロバイオティクスが9分の1しかなかった。研究チームは、このマウスにプロバイオティクスのサプリメントを与えてラクトバチルス・ロイテリを増やし、その結果、自閉症による行動障害を「治す」ことができた。しかも、このマウスの脳では、神経伝達物質と似た働きをする「オキシトシン」がたくさんつくられていた。オキシトシンは、人間同士の絆を深めるホルモンだ。
興味深いのは、私たちの体内のラクトバチルス・ロイテリの量が、自閉症の割合やファストフードの摂取の増加に伴い減少していることだ。1960年代にラクトバチルス・ロイテリが発見されたとき、この細菌は人口の30~40パーセントの体内に存在していた。ところが、今では10~20パーセントにまで減っている。理由としては、たぶん発酵食品や食物繊維をあまり摂らなくなったことや、超加工食品に依存するようになったこと、抗生物質の使用が増えたことが考えられる。このラクトバチルス・ロイテリは、たいていは母乳を通じて子どもに受け渡される。それを考えると、この細菌は、いなくなって初めてわかる大切な友人みたいなものかもしれない。アセチルコリンは、「コリン作動性システム」の神経伝達物質だ。コリン作動性システムは体内のたくさんの活動に関わっているが、主な役割はレム睡眠、学習、記憶だとされている。
アセチルコリンの減少はアルツハイマー病と関係があり、アルツハイマー病の患者は、アセチルコリンをつくる神経細胞がダメージを受ける。今、アルツハイマー病とほかの認知症に使われている主なもう1つの治療薬は、シナプスで余っているアセチルコリンを酵素が分解するのを阻害し、アセチルコリンの濃度を増やすためのものだ(1つ目の薬についてはすでに述べた。グルタミン酸の修飾薬だ)。
アセチルコリンを最適化する
アセチルコリンの機能を最適化する1つの方法は、ごく一般的で種類も豊富な「抗コリン性」の薬を避けることだ。多くの抗コリン薬が広く出まわっており、薬局で簡単に手に入り、アレルギーから不眠症まであらゆる症状に使われている。
この薬は、その言葉が示すとおり、神経伝達物質のアセチルコリンをブロックするものだ。これを使い続けると、わずか60日で認知機能の障害が起きる可能性がある。だが、作用の強い抗コリン薬をたまに使う場合でも、急性中毒症状が現れることがある。この症状を暗記するために、医学生はよくこんな覚え方をする。 「コウモリのように目が見えず(瞳孔散大)、ビートのように真っ赤で(顔面紅潮)、野ウサギのように熱く(発熱)、骨のように干からび(ドライスキン)、帽子屋のように気が変になり(せん妄と短期記憶の喪失)、ヒキガエルのようにふくらみ(尿路閉塞)、心臓がひとりで走る(頻脈)」神経伝達物質は単にメッセージを伝えるだけではなく、神経細胞を正常に保つために欠かせないときもある。『JAMAニューロロジー』誌に掲載された不安をかき立てる論文によると、抗コリン薬の常習者は、脳の糖代謝が低下しており、認知機能障害があったという(短期記憶と実行機能の衰えも見られた)。この被験者の脳をMRIでスキャンすると、脳の構造が変化しており、体積も減り、脳室(脳の内部にある空間)が大きくなっていた。この被験者たちが服用していた抗コリン薬は、夜用の風邪薬や市販の睡眠補助剤、筋弛緩剤などだった。
(p306)
ロイテリというヨーグルトを見つけた時にどういう意味だろうと思って調べたことがあったので、ラクトバチルス・ロイテリ菌に虫歯菌や歯周病菌の増殖を抑制する作用があるということは薄っすら知っていましたが、結構前に発見された細菌だったんですね。しかも、発見された当時よりも所持している人が少なくなっているとか聞くと、ちょっと摂ってみようかなという気持ちになりました。
パーキンソン病は、脳の「黒質」という部位のドーパミン産生細胞がダメージを受ける病気だ。そのため患者はドーパミン補充薬を服用し、しばらくのあいだは症状が緩和する。だがこうした薬物療法の効果はやがて薄れてしまう。それは1つには、人為的に神経伝達物質を増やすと、脳内のドーパミンの受容体のダウンレギュレーション(減ること)につながるからだ。
これは自己調整のメカニズムで、どの神経細胞も神経伝達物質への感度を減らしたり増やしたりしなくてはならない。だが、ドーパミンの場合には特に危険だ。パーキンソン病においてドーパミンを補充する治療の副作用には、病的なギャンブルや、強迫的な性行動、過度の買物など「危険な行動」が増えるというものがある。
ドーパミンの作用による行動は、ADHDの場合にも減る。ADHDの人はシナプス後細胞のドーパミンの受容体が少ない。つまり注意力と集中力を維持するために、より多くのドーパミンが必要になるのだ。だが、これは障害なのだろうか? それとも目新しいものを探せるように脳に組み込まれた特性なのだろうか?
近年『ニューヨークタイムズ』紙に掲載された記事では、あることが指摘されていた。太古の昔から比較的最近まで狩猟採集民として進化してきた私たち人類にとって、ADHDの脳に見られる新奇なものを求める傾向は、明らかに優位に働いていたというのだ。この説は、きわめて理にかなっている。狩猟採集民が生き延びるには、食料を調達する新たな機会を求めるための動機づけが必要で、見つけたときには脳から報酬が与えられる必要がある。そのため組み立てライン的な教育や、職業の選択肢が細分化された現代社会では、ADHDの人は私のお気に入りの映画の1つから言葉を借りれば、「同じことの繰り返し」によって心が静かに蝕まれていき、やがてはアデロール(デキストロアンフェタミン)やリタリン(メチルフェニデート)などの薬を処方されることが少なくない。このような薬物は、コカインと同じくドーパミンの再取り込みを阻害する。
先ほどの記事を書いたのは、ワイルコーネル医療センターで臨床精神医学に携わるリチャード・フリードマン教授だ。フリードマンは、治療が成功した患者についてこう述べている。「(彼は)単にルーティーンワークから、変化に富んだ予測不可能な仕事に転職するだけでADHDを「治療」しました」これは、起業家にADHDや学習障害を持つ人たちが非常に多い理由を説明できるかもしれない。
ドーパミンを最適化する
ドーパミンは、脳内で「チロシン」というアミノ酸からつくられる。そして、ほかの神経伝達物質と同じように、タンパク質が不足していないかぎりはすぐに利用できる。それを考えれば、正常なドーパミン作動性システムは、栄養素の不足よりも私たちの選択と行動に左右されるシステムかもしれない。食べるのがやめられなくなる加工食品を食べたり、危険な活動に手を染めたり、脳の報酬系をハイジャックしてショートさせる物質を摂ったりするような行動は、不健康で自己破壊的な依存をもたらす。私たちの身体は果物が豊富な時期に糖質を摂って脂肪を蓄えるように進化してきたため、糖質や、すぐに消化される小麦などの炭水化物を摂ると、ドーパミンがたくさん放出される。糖質の依存性はとても強いので、先ほど述べた違法薬物と比較されることも多い。ソーシャルメディアから生じるフィードバックループは、多くの点では確かにポジティブな力だが、それでもドーパミンの働きがうまく調節できなくなって依存に陥る可能性も否定できない。
それとは逆に自分自身の短期、または長期の目標を設定するのは好ましい「ハック」だ。それによって期待(幸福感が続くという点で重要)と報酬がもたらされる。 ぜひ新しいことに挑戦してみてほしい。新たにエクササイズを始める、楽器を習う、慣れ親しんだ居心地のいい領域から抜け出す、恋に落ちる、副業的な起業プロジェクトを立ち上げる、などさまざまある。
そして、どれもが健康的な形でドーパミンを増やすことができる。
(p322)
「太古の昔から比較的最近まで狩猟採集民として進化してきた私たち人類にとって、ADHDの脳に見られる新奇なものを求める傾向は、明らかに優位に働いていたというのだ。」
ADHDの脳は「新しいものを探せるように脳に組み込まれた特性」かもしれない、という話に勇気づけられますね。
「ソーシャルメディアから生じるフィードバックループは、多くの点では確かにポジティブな力だが、それでもドーパミンの働きがうまく調節できなくなって依存に陥る可能性も否定できない。」
良いところだけを享受することの難しさを感じます。
新しいエクササイズ、楽器を習うこと、居心地の良い領域から抜け出すことなど、健康的な形でドーパミンを増やしていきたいものです。
ビタミン剤をたくさん摂るのは身体にいいのか?
運動でフリーラジカルによるストレスを一時的に増やすと、細胞のメカニズムが強化される。このプレッシャーがなくなると、運動の効果は薄れる。これは、バレンシア大学による実験で証明された事実だ。アスリートがトレーニングを行う直前に、高用量の抗酸化物質、つまりビタミンCを投与した。その結果、パフォーマンスが低下しただけでなく、前に述べた運動の効果――抗酸化作用の範囲とミトコンドリア新生の増加が阻害されたという。
こうした研究の成果が示しているのは、高用量のビタミンを投与しても、望ましい効果は得られないかもしれないこと つまり、身体が強くなるために必要な刺激が奪われてしまうことだ。だから、私はビタミンのサプリメントを過剰に補給することは勧めない。それよりも運動して、アボカドやベリー類、ケール、ブロッコリー、ダーク・チョコレート(幸い、すべてジーニアス・フードだ)などの食品を摂り、自然な形でサプリメントよりも強力な抗酸化物質がつくられるように刺激しよう。
運動から最大限の効果を得るには
ここまで述べたように、有酸素運動も無酸素運動もカロリーの消費にとどまらない独特の効果を脳と身体にもたらしてくれる。では最大限の効果を引きだすには、どのくらい頑張ればいいのだろうか? 驚いたことに、あなたが思うよりも労力はずっと少ない。最新の研究によると、有酸素運動は時間をかけてゆっくりと行い、無酸素運動は短時間で強い負荷をかけて行う必要があるという。絶対に避けたいのは「常習的な有酸素運動」だ。つまり、45分のハードなランニングを週に何回も行うといった高出力トレーニングを続けることだ。身体が適応できるストレスにはピークポイントがあり、それ以上刺激を与えても必ずしもよい結果は得られない。
たとえば長距離ランナーなら、筋肉量が減り、テストステロンの濃度が下がり、腸の透過性が高まる。また、心筋と電気信号のシステムが損なわれると、命に関わる不整脈につながる。長く走りつづけることで生じる関節の軟骨の摩耗はいうまでもない。
では、スイートスポットはどこか? 基本的には、しかめっ面で45分走りつづけるより、にこやかに会話しながら1時間半~2時間ハイキングをするほうがいい。ハイキングのような低強度のゆっくりとした動きはリンパ液の流れをよくし、毛細血管を増やし、関節を傷めることもない。また、最大限の労力の90~95パーセントで行う短距離走は、一定のペースで走る長距離走の5分の1の時間で、心肺機能と持久力が同じくらい上がるという!
有酸素運動 (長距離のウォーキングやハイキング、自転車通勤など)と、集中的に行う無酸素運動を含め、適度な運動習慣をライフスタイル全体に浸透させるべきだろう。それによって有酸素運動でBDNFを増やし、神経可塑性の働きを最大化し、その一方で無酸素運動によって代謝を強化できる。
(p392)
「私はビタミンのサプリメントを過剰に補給することは勧めない。それよりも運動して、アボカドやベリー類、ケール、ブロッコリー、ダーク・チョコレート(幸い、すべてジーニアス・フードだ)などの食品を摂り、自然な形でサプリメントよりも強力な抗酸化物質がつくられるように刺激しよう。」
やはりサプリメントに走る前に、運動と食事が大切ということなんですね。
「有酸素運動 (長距離のウォーキングやハイキング、自転車通勤など)と、集中的に行う無酸素運動」、これも、忘れないようにしたいです。
酒類は飲んでもいい?
研究によると、適度の飲酒(アメリカでは男性は1日2杯まで、女性は1杯まで)は、健康にいいという。とはいえエタノール(これが「酔い」をもたらす)は神経毒で、脳の健康という観点でいうと、科学は楽観視していない。30年にわたる研究によって、たとえ適度(週に5~7回の飲酒)でも、まったく飲まない人と比べると海馬の萎縮のリスクが3倍になることがわかっている。
人とのつき合いの潤滑油やストレス緩和といった面で、適度な飲酒の効果はあなどれない。
理想的な世界なら、誰もがストレスに対処する健康的なメカニズムを備えており、酒を飲むとしても、せいぜい週に1~2杯たしなむ程度だろう。だが、私たちは陽気に森を駆けまわったり、日がな1日ベリーを摘んだりして、何のストレスもなく生きているわけではない。私としては、飲酒は控えることを勧める。だが、あなたが酒を飲むことを選んだ場合のために、できるだけ脳に害がおよばないような飲み方のヒントをいくつか挙げておこう。
・必ず酔いを覚ましてから就寝する。アルコールは睡眠の質をかなり低下させ、眠っているあいだに分泌されるさまざまなホルモン、特に成長ホルモンに影響をおよぼす。
・「1対1」ルールにしたがう。グラス1杯の酒に対して、必ずグラス1杯の水を飲もう。
アルコールは腸を刺激して炎症を誘発し、一旦ダメージを受けると水分の吸収が妨げられて下痢が起きる。
・グラスの水に少し塩を振る。アルコールには利尿作用があり、ナトリウムなどの電解質の排出を促す。失われた塩分を補うため、グラスの水にほんの少し塩を足そう。
・酒は赤ワインや辛口の白ワイン、蒸留酒(スピリッツ)に限定する。 スピリッツを「オン・ザ・ロック」にしたり、炭酸水で割ったり、ライムを搾ったりして飲む。 ジュースや炭酸飲料など、糖質が含まれる飲み物で割るのは絶対にやめよう。
・空腹のときに飲む。かなり物議をかもしそうなアドバイスだが、胃が空っぽの状態で酒を飲むと、肝臓が消化のプロセスに邪魔されないので、より効率よくアルコールを処理できるようだ。アルコールはLDLのリサイクルを妨げ、食後のトリグリセリド(血中の脂質)を急上昇させる。酒は夕食の最中ではなく食前、あるいは食後に飲もう。ただし胃が空っぽだと酔いがまわりやすいので、注意してほしい。
・グルテンを含む飲み物は、ダブルパンチを食らう可能性があるので避ける。グルテンは腸の透過性を高める場合がある。そのためグルテンを含むアルコール飲料は、腸のバリアの緩みを悪化させるかもしれない。そこのビール好きさん、あなたのことですよ。(p436)
「グラスの水に少し塩を振る」というのがいいですね。さっそくやってみたいと思います。
それと、「空腹のときに飲む」というのが超意外でした。
しかし空きっ腹のときにシャンパンを飲みすぎて、吐いてしまった記憶のある私は、軽くトラウマになっているので、食後に飲むことにします。
それで結局、どんな食事にすればいいのさ、と読んでいるうちに感じてきますが、巻末にメニュー一覧と、おすすめレシピが掲載されています。
ジーニアス・ウィーク・メニューの一例
【月曜日】
朝:水、ブラックコーヒーか紅茶
最初の食事:卵2、3個、 アボカド半分
軽食:アボカド半分に海塩を振って、EVOO(エキストラバージンオリーブオイル)をか けたもの
夕食:天然のサケの切身、大盛り 「オイルがけ」サラダ
ちなみに火曜日の朝も、「水、ブラックコーヒーか紅茶」となっております。
うーん、仕事できるかなあ、これで。電車に乗る前に帰りたくなっちゃいそうです。お弁当を作るのは簡単になるかもだけど…。
なかなか強い意志が必要そうな献立ではあります。
レシピメージは「セロリに生アーモンドバターとカカオニブを添えたもの」など、私のイマジネーション不足でよくわからなかったので、割愛します。
値段の割に情報量が多く、これでいいのかと思うようなページ数ですが、著者の本気度が伝わってくるようでした。
地中海式健康法のような食生活は、単純に日本食と比較するのは難しいかもしれませんが、とにかく項目が多いので、(良くも悪くも)できそうなところだけ真似しよう、という結論になるのではと思われます。
腸や血管、ストレスと脳との関連がだんだんクリアになっていくのが面白いです。
食事や運動のモチベーション維持をするのに、良い本だと思いました。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
