ニジタツ読書

OLのゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

子どもの成長に胸震える瞬間。『サンセット・パーク』を読んで

こんにちは、ゆまコロです。

 

ポール・オースター柴田元幸(訳)『サンセット・パーク』を読みました。

 

シェアハウスで共同生活をする若者たちそれぞれの物語なのですが、視点が変わるごとに、それぞれが抱える問題と、各人とのつながりが明らかになる手法が面白いです。

 

  ひょっとして自分にも未来のようなものがあるかもしれない、そう思えてきた。妹の夫の義兄が経営しているブルックリンの不動産会社での仕事に誘ってもらって、やっと両親のアパートメントを出て一人暮らしを始めた。向かない仕事だとはわかっていた。毎日多くの人と話さないといけないのは、神経に堪える容赦ない試練になりかねないと承知していたが、それでも引き受けることにした。とにかく出ていかないと、両親のつねに心配そうな目から逃れないと。そしてこれが唯一のチャンスなのだ。

 

  それが五年前のことだった。そしていま、家の玄関ポーチでコートにくるまって立ち、朝のコーヒーを飲みながら、また一からやり直さないと、と彼女は思う。二か月前に、ミリーの言葉を聞くのはむろん辛かった。ドローイングも油絵も乱暴に、残酷に切り捨てられたけど、すべて正当な批判だった。彼女の絵は誰にも語りかけない。自分に技術がないわけではないこと、才能さえないわけではないことはわかっていたが、たったひとつの観念を追求することで袋小路に入り込んでしまったのであり、その観念は彼女が成し遂げようとしていることの重さに耐えるほど強くはないのだ。彼女としては、タッチの繊細さが導き手となってくれて、かつてモランディが達した崇高にして厳粛な境地にたどり着ければと思っていた。純粋なモノ性の音なき驚異を、モノとモノとのあいだの空間に息づく聖なる霊気を、彼女は作り上げたかった。いまこの家にいて、見えない墓場が、目には見えなくとも前に広がっているのがわかるのと同じく、彼女は人間存在を、外に、人間の彼方に、周りに広がっているものすべての緻密な表現に変換しようとしたのだ。だが、モノに信頼を、モノだけに信頼を注ぎ込んだのは間違いだった。無数の建物を彼女はスケッチし、絵の具で描いてきた。人のいない空っぽの街路を、ガレージやガソリンスタンドや工場を、橋や高架のハイウェイを、薄暗いニューヨークの光を浴びてほのめく古い倉庫の赤煉瓦を。自分ではただ、自分の気持ちを絵にしたかっただけなのに、出来上がったものは臆病な逃避に、空虚なスタイル練習にしか見えない。ふたたび一からやり直さない限り希望はないだろう。命ない物体はもうやめだ、と彼女は自分に言い聞かせる。静物画はもうなし。人物に戻って、筆遣いがもっと大胆に、もっと表現豊かになるよう強いるのだ。もっと雄弁に、必要とあらばもっと狂おしくーーー彼女のなかにある最高に狂おしい思いに負けず狂おしく。

 

 モデルになってくれるようアリスに頼もう。

(p102)

 

シェアハウスの住人の中で、一番好きなのはこの画家志望のエレンです。

モランディみたいな絵を描いたら、それは逃避にしか見えなかった、という自己評価が厳しくも、真剣みが伝わってきて好感が持てます。

紹介してもらった仕事が自分に向いていなくて、それでもお金のために神経をすり減らしながら働いているところに、無性にエールを送りたくなってしまいます。

 

レンゾーがまだ若い、大学を出たての若い書き手だったころをモリスは思い出す。彼が住んでいた、ロウアー・イーストサイドにあった月四十九ドルのアパートは、ウナギの寝床式の、台所に風呂桶がある、すべての食器棚で六千匹のG(怖いので伏せます。ゆまコロ注)が政治集会を開いている住まいで、おそろしく貧しかったレンゾーは食事も一日一度に限定し、そうやって三年かけて最初の長編小説を書き上げたのに、出来が不十分だからといって破棄してしまったーーーモリスはよせと言い、レンゾーの恋人もよせと言い、実際二人ともとてもいい小説だと思ったのだが……それがいまやどうだ、とモリスは思う、あの原稿を燃やしてから何冊本が出たことか(十七?二十?)、それらが世界中の国々で、何とイランでも出版され、授与された文学賞は数知れず、勲章、名誉市民の鍵、名誉博士号、彼の著作をめぐって書かれた書物や論文、だがそのどれひとつとしていまのレンゾーには意味がない、それなりに金があるのは嬉しいし、若いころの息が詰まりそうな苦況がなくなったのは有難いが、名声には何の感慨もないしいわゆる公的人物としての自分に対する興味はいっさい失くしてしまった。僕はただ消えたいんだ、あるとき彼はモリスに、おそろしく低い声で呟いたことがある。痛みの表情が浮かぶ目でぼんやり前を見て、まるで自分に向かって話しているみたいだった。僕はただ消えたいんだ。

 

 スープとサンドイッチを注文し、ラテン系のウェイターがメニューを持って立ち去ると(ユダヤ系レストランのラテン系のウェイター、というのが彼らは気に入る)、二人は葬儀の話を始め、コミュニティセンターの講堂でついさっき目撃した情景の印象を伝えあう。レンゾーはスキが小さかったころ一度会っただけで、彼女のことは知らなかったが、ロススタインのスピーチが力強いものであったという点はモリスと同意見である。最悪のプレッシャーの下で書かれたことを思えばほとんどありえない力強さだよ、とレンゾーは言った。たいていの人間は、ただの一言でも書く力が出ないだろうし、ましてやさっきのような情熱的で、複雑で、明敏な追悼文など書けるはずがない、と。レンゾーは言った。レンゾーには子供がいない。元妻は二人いるが子供は一人もいない。そしてモリスは、マーティとニーナがいま味わっている苦しみを想い、自分とウィラがこれまでーーーまずはボビーゆえ、やがてはマイルズゆえにーーー味わってきた苦しみを想うと、ほとんど妬みに近いものを感じる。何十年も前にレンゾーが、子育て業には近よらないと決めたのは正解だったのだ。父親である身から避けがたく生じる厄介と悲惨を避けたのは正解だったのだとモリスは思う。レンゾーがいまにもボビーのことを口にするものと彼はなかば覚悟している。並行関係はこれ以上はないというくらい明白だし、この葬儀がモリスにとってどれだけ辛いものだったかレンゾーが理解していないはずはない。が、まさに理解しているからこそ、レンゾーは何も言わない。そうするにはあまりに思慮深く、モリスの痛みに踏み込むにはモリスが何を考えているかあまりによくわかっているからだ。そして、自分の問題に友がずかずか入り込んでくる気がないことをモリス自身が理解した数秒後に、レンゾーが話題を変える。

(p130)

 

モリスは長男ボビーを事故で亡くし、次男マイルズは大学生のとき失踪して、何年も会っていません。

子どものいない友人レンゾーのことを考えると同時に、自分の息子たちの話題になるのではないか、とモリスは恐れているのですが、レンゾーはあえてその話題に触れない。この、おそらくほんのちょっとであろう時間の中でのモリスの心の動きと、そんな彼の心中を察するレンゾーの配慮がいいなと思いました。

 

モリスが長い人生を生きてきたなかで悔やまれることはたくさんあるが、悲しい気持ちがずっと残っているのは、彼の父親が孫を知るほど長生きできなかったことだ。もしもっと長く生きて、孫が十代になっても奇跡的にまだこの世にとどまっていたら、マイルズのピッチングを見るという幸福が生じただろう。若かったころの自分の右投げバージョンを祖父は見て、正しい投げ方を息子に教え込もうとさんざん費やした時間が無駄ではなかったことをこの目で確かめただろう。モリス自身は大してものにならなかったが、父の教えを自分の息子に伝えはしたのであり、高校二年の終わりにやめるまで、マイルズは有望なーーーいや、有望どころではない、大成間違いなしのーーー投手だったのだ。投手は彼にとって理想的なポジションだった。一人敢然と内野の真ん中に立ち、意志を集中させてゲーム全体を背負う一匹狼。当時は球種といっても直球とチェンジアップしかなく、二種の投げ方を追究してはてしない練習を重ねた。滑らかな動き、毎回同じ角度で腕が飛び出し、弧を描いた右脚が投球の瞬間までピッチャーズプレートを押す。カーブやスライダーはまだ投げなかった。十六歳はまだまだ成長の途中であり、よい変化球をくり出すのに必要な不自然なひねりは若い腕を駄目にしてしまいかねないのだ。むろんモリスはがっかりしたが、野球をやめたことでマイルズを責めはしなかった。ボビーが死んで自分は生きていることから生じる、罪悪感に貫かれた悲しみは、なんらかの犠牲を強いるものであって、ゆえにマイルズは人生のその時点で自分が何より愛するものを捨てたのだ。が、意志の力で何かをやめることと、心の奥でそれを放棄することとは違う。四年前、また新たに手紙が(今回はカリフォルニア州オールバニー、バークリーのすぐ外から)来たと知らせる電話をビングがくれたとき、マイルズがベイエリアのアマチュアリーグでピッチャーをやっているという報告を聞いたのだ。かつて大学でプレーしていた、力が足りなかったかその気がなかったかでプロにはならなかった連中と真剣に競いあい、本人の言によれば、互角以上、二勝一敗のペースで投げていて、カーブの投げ方もついに覚えたという。今月の後半にサンフランシスコ・ジャイアンツが誰でも参加自由の入団テストを行うことになっていて、チームメイトたちからは、お前行けよ、二十四だなんて言わないで十九だって言えばいい、と勧められていたが、マイルズとしては行く気はなかった。マイナーリーグの底辺でプレーする契約書にサインする?ありえないね。

 

 缶男は考え、思い出し、ここで息子と朝食を食べた数えきれないほどの土曜の朝を一つひとつ反芻している。そしていま、片腕を上げて勘定書を頼み、冷たい外気のなかへふたたび踏み出す寸前、もう何年も頭に浮かばなかった一瞬に彼は行きあたる。発掘された破片、ポケットに入れて持ち帰るべききらきら光るガラスのかけら。マイルズは十か十一だった。それはボビーが一緒に来なくなって間もないころで、父と子は二人きりでブースに向かい合って座っていたが、それがひょっとしてこのブースだったか、別のブースだったかはもう思い出せない。五年生か六年生だったマイルズは、授業のために書いた読書感想文を持ってきていた。いや、いわゆる感想文ではなく、六、七百語の短いレポート、課題に出された本の分析である。それまで何週間か、クラスでその本を読み、話しあった末に、読み終えた小説の解釈を一人ひとりが提出するのだ。『アラバマ物語』。温かい本だ、この歳の子供にはぴったりだ、とモリスは思った。そして息子は彼に、書いたものを読んでくれと頼んだのだった。バックパックから三枚、四枚の紙を取り出すその顔がひどく緊張して見えたことを缶男は思い出す。自分の書いた文章に父が審判を下すのをマイルズは待っていた。生まれて初めての文芸批評の試み、初の大人の課題。少年の目に浮かんだ表情から、どれだけ多くの労力と思考がこのささやかな作品に注ぎ込まれたかを父親は理解した。それは傷をめぐる考察だった。少年は書いていた。二人の子の父親である弁護士は片目が見えないし、彼が弁護を担当する強姦の罪を着せられた黒人は片腕が萎えていて、物語後半で弁護士の息子が木から落ちると片腕が、無実の黒人の萎えた腕と同じ方がーーー左か右か缶男にはもはや思い出せないがーーー折れてしまう。こうした一連のことから言えるのは、傷とは人生の本質的な要素であって、何らかの形で傷を負うまで人は大人になれないということだ、と若きマイルズは論じていた。父親は驚いた。十歳、十一歳の子供がどうしてここまで丁寧に本を読めるのか。物語内の、たがいに異質で、特に強調もされていない要素同士をつなぎ合わせて、数百ページのなかでパターンが出来上がっていくのをどうして見てとれるのか。反復された音色をマイルズは聴きとっていた。本全体を形成するフーガやカデンツァの渦に埋もれて容易に聞き逃されてしまう音を、小説のごく小さな細部に、かくも入念に注意を払う知力に父は感じ入ると同時に、かくも深遠な結論を導き出した心にも感じ入った。傷を負うまで人は大人になれない。すごくよく書けているよ、とモリスは息子に告げた。君の二倍、三倍の年齢の読者だって、大半はこの半分もいいものを書けやしない。大きな魂の持ち主でなければ、こういうふうにこの本について考えることはできないよ。とても心を動かされたよ、と十七、十八年前あの朝モリスは息子に言ったのであり、そして実のところいまも、その短いレポートで表現されていた思考に心を動かされている。レジ係から釣り銭を受け取り、寒い街に歩み出ても、依然そうした思いにふけっている。

(p162)

 

すごく好きな回想シーンです。

この話中に登場する、やけに具体的なレポートは、オースター自身が子供時代に書いたものなのかな、と思っていたのですが、オースターの娘ソフィーさんが六年生の時に書いたレポートなのだそうです。

著者オースターが子供の書いたレポートに衝撃を受けた様子が、モリスの自分の息子を褒める言葉からありありと伝わってくるようで、胸が熱くなりました。

 

真っ先に水から出たビングが池のほとりに立つと、ほか四人が二人ずつに分かれているのが見えた。カップル二組が胸まで水に浸(つか)り、どちらのカップルも抱き合っていた。そして、マイルズとアニーがたがいの体に腕を回し、口と口をしっかり重ねて長々とキスをするのを眺めているうちに、何とも不思議な気持ち、まったくの不意打ちのような思いがビングの胸に湧いてきた。アニーは誰の目から見ても美人であり、いままでビングが見たなかでも最高級の美女と言っていい。だとすれば、理屈から言って自分は、あんなに綺麗な女の子を両腕に抱いているマイルズに---あれほど魅力的な女性の愛情を勝ちとる魅力を備えているマイルズに---嫉妬するのが筋だろう。ところが、水の中でキスしている二人を見ていると、自分が感じている嫉妬がマイルズではなくアニーに向けられていること、自分がアニーの立場になれてマイルズとキスできたらと願っていることをビングは悟った。次の瞬間、二人は池のほとりに向かって、ビングのいるところに向かってまっすぐ歩きはじめ、マイルズが水から出てくると、その身が勃起しているのが見えた。その大きく完全な勃起を、硬くなったペニスを見て、まったく思ってもみなかった興奮をビングは覚え、マイルズが陸に揚がる前に彼自身も勃起していた。あまりに戸惑う展開ゆえに、ビングは池のなかに駆け戻り、気まずさを隠そうと水中に潜った。

 

  何年ものあいだ、その夜の記憶を彼は抑圧し、想像のもっとも暗く私的な領域においてすら一度も考えなかったが、こうしてマイルズが戻ってくると、マイルズとともに記憶も戻ってきて、この一か月というものビングは毎日あのシーンを五回、十回と脳内でリプレーし、いまではもう自分が誰であり何者であるかもわからなくなってしまった。十一年前に月光の下でつかの間見た、あの硬くなった男根に示した反応は、自分は女より男を好むという意味、女性の体より男性の体に惹かれるという意味なのだろうか?もしそうだとしたら、長年にわたり女性を口説いてとことん上手く行かなかったのもそれが原因なのか?わからない。唯一確実に言えるのは、自分がマイルズに惹かれていること、現在マイルズと一緒にいるたびに---つまり頻繁に---マイルズの体について考えあの勃起した男根について考えてしまうこと、マイルズと一緒にいないときは---つまりもっと頻繁に---マイルズの体に触れたら、あの硬くなった男根に触れたら、と考えてしまうということだ。だがむろん、こうした欲望に則って行動するのは重大な過ちであり、とてつもなく恐ろしい事態を招くだろう。マイルズは男との結合になど興味はない。ビングがそんな可能性をほのめかしただけ、考えていることを一言でもささやいただけで友情は失われてしまうだろう。それは絶対に避けたい。

 

  マイルズは手出し禁止である。女たちの世界へ無期限に貸し出されているのだ。

(p216)

 

ここでやっと、マイルズの親友ビングが、マイルズの父親モリスに非常に協力的な理由が明かされます。ビング自身もマイルズと再会できて嬉しいはずなのに、苦しみが増幅してしまったようで、こちらも辛くなってきます。

しかしもちろん、書いているのはオースターですから、苦難はこんなもんじゃ終わりません。

 

五時半まで二人でみっちり作業した時点で、母親にもう一度電話したいとマイルズが言うので、ビングはプライバシーを尊重し、通りを行った先の酒場に退散する。十五分後、マイルズが酒場に入ってきて、明日の夜母親と会って夕食を共にすることにしたと告げる。ビングとしては山ほど質問があるが、ひとつ訊くだけにとどめる。お母さん、どう反応した?すごくいい感じだったよ、マイルズは答える。僕のことをやくざなろくでなし、ド阿呆、腐りきった卑怯者と罵って、でもそれから泣き出して、僕も一緒に泣き出したら、そのあとは温かい、情のこもった声になって、勿体ないくらい優しく話してくれて、僕もとにかく何年ぶりかで母親の声を聞いて、もう感極まってしまいそうだったよ。自分がやったことすべてを悔やんでいるとマイルズは言う。僕ほど馬鹿な奴はこの世にいないと思うと彼は言う。この世に正義というものが少しでもあるなら、僕は外へ連れ出されて銃殺されるべきなんだ、と。

 

  こんなにおろおろしているマイルズをビングは見たことがない。少しのあいだ、マイルズがいまにもわあわあ泣き出すんじゃないかと彼は思う。もうマイルズに触らないという誓いも忘れて、ビングは友の体に両腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。元気出せよド阿呆、と彼は言う。少なくともお前は自分ほどの馬鹿はこの世にいないってわかってる。それを認めるだけの知恵がある人間ってどれくらいいる?

 

 二人はバスに乗ってサンセット・パークに帰り、六時半の二、三分前、マイルズがアリスとキッチンで落ち合う約束の二、三分前に家のなかへ入っていく。

(p219)

 

このビングの心中を考えると、複雑な気持ちなのは十分分かるのですが、この慰めになっているんだかなっていないんだか、なセリフが可愛くて、不謹慎にも萌えてしまいました。

 

ところで、ゆまコロは読んだ本にシェイクスピア作品の引用があるとチェックすることにしています。

この本で見つけた、シェイクスピアに関する記述はこちら。

 

 彼女はサミュエル・ベケットの『しあわせな日々』に出演するためにニューヨークに来た。演じる役はウィニー、第一幕では腰まで埋められる女性、そして第二幕では首まで埋められる。彼女がいま抱えている恐ろしい難題は、こうした身動きの取れない状況を一時間半持ちこたえること、六十ページに及ぶ、おおむね姿が見えない哀れなウィリーが時おり口を挟むだけの、独白に等しい演技をやり遂げることである。これまで演じてきた、ノラ、ミス・ジュリー、ブランチ、デスデモーナ(それぞれ『人形の家』『令嬢ジュリー』『欲望という名の電車』『オセロー』の主役級人物)といった役柄をふり返っても、これほど苛酷な役は思いつかない。だが彼女はウィニーを愛していて、この劇にこもった悲哀、喜劇、恐怖の重なりあいに深く感応している。たしかにベケットはおそろしく難解で、思索的で、時には必要以上に不明瞭だが、それでもその言語はこの上なく澄んでいて精緻であり、その単純さにおいて何とも華麗であり、自分の口からその言葉が出てくるのを感じるだけで彼女は肉体的な快感を覚える。ウィニーの長い、たどたどしく取りとめのない話を彼女が発音するなか、舌、口蓋、唇、喉、そのすべてが調和している。やっと全文をマスターし記憶したいま、リハーサルの出来も着々とよくなっているし、あと十日で試演が始まるころには、思いどおりの演技ができるんじゃないかと思っている。トニー・ギルバートにはずいぶん辛く当たられている。若い演出家に演技を止められ、しぐさが違う、フレーズのあいだの間(ま)が足りない、などと指摘されるたびに、ニューヨークへ来てウィニーを演じてほしいとこの人は私に頼み込んだのだ、この役をあなた以上に演じられる女優はいないと何度も何度も言ったのだ、と考えて彼女は自分を慰める。たしかに辛く当たられてはいる。でもこの劇を演じるのがそもそも辛いのであって、だからこそこれほど頑張って、体型が滅茶苦茶になることも辞さず、ウィニーになるため、ウィニーのなかに棲むために必要と思えた余分の十キロを身につけたのであり(五十歳ぐらい、まだ色香が残っている、できれば金髪、小太り、腕と肩をむき出しにし、胸を大きくあけたブラウス、豊満な乳房……)、準備もしっかり怠らずベケット作品を通読し、初演時の演出家アラン・シュナイダーとの書簡も熟読して、いまやバンパーとはなみなみと注がれたグラスでありバストとは庭師が使う繊維状の撚り糸であることも知っているし、第二幕のはじめでウィニーが口にする栄えあれ、聖き光よが『失楽園』第三巻からの引用で、ブナの緑陰がキーツの「ナイチンゲールへの歌」から、夜明けの鳥が『ハムレット』から来ていることも知っている。この劇の舞台はどういう世界なのか、彼女にははっきりわかったためしがない。闇のない世界、熱く終わりのない光の世界、可能性が縮んでいく一方であり動きが減じていく一方である煉獄的でおそらくは人類がすでに滅びた荒野。だが彼女はまた、この世界は彼女が演じる舞台そのものではないかとも思っている。ウィニーは基本的に一人きりでそこにいて、なかば独り言、なかばウィニー一人に語りかけているとしても、自分が他人の前にいることも彼女は感じている。目の前の闇のなかに観客がいることを意識している。誰かがまだわたしを見てるわ。まだわたしを思ってくれてる。

(P166)

 

物語のラストは案の定というか、いつもより少々手厳しいというか、オースターらしい結末が待っています。ただいつも以上に、各個人がどんな思惑で、どんな悩みを抱えているのかに寄り添った書かれ方をしていて、読み手もすごくキャラクターに歩み寄りのしやすい話だと思いました。

 

文庫になった際にまた楽しみたいです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

 

人生は一生勉強、をポジティブに受け入れる。『精神科医が教えるムダにならない勉強法』を読んで

こんにちは、ゆまコロです。

 

樺沢紫苑『精神科医が教えるムダにならない勉強法』を読みました。

 

著者のいう、ムダにならない勉強法とは、「アウトプットする」勉強のことです。

 

(前略)人間は「嫌い」なこと、「辛い」ことをやらされると、副腎皮質からストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されます。

 

  コルチゾールは海馬の最大の敵です。海馬というのは、記憶された情報が定着するまで、記憶が仮保管される場所です。「記憶」そのものに関わっている重要な部位ですが、コルチゾールが分泌されると、その海馬の働きが低下してしまいます。

 

  さらに、重度のストレスが長期間続くと、海馬で新しい神経細胞が作られなくなり、海馬の細胞自体が破壊されます。

 

  つまり、ストレスがかかると記憶力は悪くなるのです。「楽しい」はアクセル、「辛い」はブレーキと言い換えることができるでしょう。

 

  楽しみながら勉強をすれば、ドーパミンが分泌され、脳は集中力、記憶力を高め、「学習」に対してアクセルを踏みます。イヤイヤ勉強すれば、ストレスホルモンが分泌され、海馬の働きは低下し、記憶力が低くなる。脳にブレーキをかけるのです。(p62)

 

ここを読んで私が思い出したのが、辛かった前職での思い出でした。入社して1年ほど経っても仕事のやり方や、それぞれの業務の優先順位が分からず、先輩に怒られることも日常茶飯事でした。

「前も言ったのに、ゆまコロさんはどうして忘れちゃうの?」

何度言われたか分かりません。

自分って、こんなに頭が悪かったんだ、と落ち込むほど仕事が覚えられません。また同じ業務が発生することは明らかなのに、説明されてもちっとも頭に入ってきませんでした。

しかし、実際にはミスが多すぎて、夜寝る時もそのことを思い出してクヨクヨし、もう早く忘れようと思いながら毎晩就寝していました。

今考えると、海馬の細胞を破壊し続けながら働いてたんだな、と思います。笑

 

筆者は、「楽しい」だけで脳は活性化するといい、脳を喜ばせる勉強の方法として、以下の四つを挙げています。

 

・知らないこと3割の参考書を選ぶ「ちょい難勉強法」

・継続することでドーパミンを出やすくする「コツコツ勉強法」

・記録するだけ「レコーディング勉強法」

・仕事の勉強を楽しく感じる「お山の大将勉強法」

 

その中で、私がいいなと思ったのは、レコーディング勉強法です。

 

脳は「ご褒美」を喜びます。「ご褒美」といっても、何か高価なものをプレゼントする必要はなく、小さな成果、すなわち「プチ成果」が脳にとって、十分な「ご褒美」となるのです。そのために、「記録」は欠かせません。

 

  例えば、毎日英会話のヒアリングをしている人は、1日のヒアリング時間を記録してください。「1日60分のヒアリング」を目標にしているところ、今日は80分できたのなら、「やったー!今日は80分もヒアリングできたという喜びが、脳の「報酬」となってドーパミンが出ます。

  「今日は問題集を何ページ解いたか」を記録するのもいいでしょう。「勉強時間」を記録するのもいいでしょう。とにかく自分が取り組んでいることを数値化して記録すればいいのです。(中略)

  これが、脳への「ご褒美」です。こうした「数値の変化」「微細な成果」「ちょっとした結果」でも、脳は「ご褒美」ととらえて、ドーパミンを分泌します。結果として、モチベーションが補充されるのです。(p82)

 

全然この記述とは関係ありませんが、一時期、レコーディングダイエットをやっていました。

結果的には大して痩せませんでしたが、数年前の記録を見ると、当時の献立が書かれていて、今も結構重宝してます。

 

 「守破離」は、茶人・千利休の歌「規矩作法  守りつくして破るとも離るるとても本を忘るな」をもとにしているといわれます。茶道、武道、伝統芸能などの世界で、師弟関係、学びの姿勢を示す言葉、物事を極めるための重要な方法論として知られます。

 

  私はさまざまな勉強法を研究してきましたが、学問もビジネスもスポーツも遊びも、この「守破離」以上に「学び」をムダなく効率良く取得する方法はない、という結論に達しました。

 

  千利休が生きた戦国時代から約400年がたちますから、「守破離」は400年もの「時の試練」を生き抜いた勉強法ともいえるわけです。

 

  守破離を簡単に説明すると、次のようになります。

 

「守」は、師についてその流儀を習い、その流儀を守って励むこと。

「破」は、師の流儀を極めた後に他流を研究すること。

「離」は、自己の研究を集大成し、独自の境地を開いて一流派を編み出すこと。

  つまり、基本をそのままそっくり、徹底的に真似る「守」のステージ(初級)。

  他の人や他の流派のやり方を研究し、さらに成長していく「破」のステージ(中級)。

  そして、自分流のスタイルを探求し、ブレイクスルーする「離」のステージ(上級)と言い換えられます。

 

  まずは基本を徹底的に真似て、しっかりと習得する。次に基本を踏まえたうえで、他の方法やいろいろなパターンを試してみる。最後に「自分流」を確立する。

  これが、「守破離勉強法」です。(p106)

 

恥ずかしながら、無知な私は守破離という言葉自体を知りませんでした。勉強になります。

 

「朱に交われば赤くなる」といいますが、それは脳科学的には全く正しい。

 自分が誰とつき合い、誰と時間を過ごすのか。それによって、どれだけ成長できるのかが決まります。つき合う人を間違ったり、ぬるま湯のような環境にいたりすると、どんなに頑張っても「自己成長」にはつながらないのです。

 

 ミラーニューロンの凄い働き

 

 なぜ、人と一緒にいるだけで、その人の影響を大きく受けてしまうのでしょうか?そこに脳科学的根拠は、あるのでしょうか?

 この本を読んでいるあなたは、日本語を流暢に話せると思いますが、では日本語を必死になって勉強した記憶がありますか?おそらくないと思います。物心ついた頃には、日本語を当たり前に話していたはずです。よく考えると、不思議なことですね。必死になって勉強したわけでもないのに、語学を丸ごと1つ習得できているのですから。

 赤ちゃんは、親の言葉を聞き、親の一挙手一投足を見て、それを真似ていきます。何か努力している様子もない。頭に鉢巻を巻いて必死に頑張っている様子もない。まさに、スポンジが水を吸収するように、何の苦労もなく、自分が見るもの全てを、自分の脳の中に吸収しているのです。(中略)

 

 それは、「ミラーニューロン」が働いているからです。脳には、人の動きを真似る神経細胞が存在しており、それは「ミラーニューロン」と呼ばれます。

 

 このミラーニューロンは、見たもの全てを真似する傾向があります。赤ちゃんの脳は未成熟で急成長しているため、ミラーニューロンが活発で、見るもの全てをスポンジが水を吸収するように自分のものにすることができます。赤ちゃんほどではないにしても、成人して大人になっても、ミラーニューロンは常に活動しています。

 

 私たちは、見るもの全てを真似してしまう傾向がある。このミラーニューロンの特性を理解すると、何の努力もせずに、全自動で楽に勉強することができるのです。

(p132)

 

私が本書で一番気になった個所です。

90代の祖父が先日、2年前に亡くなった祖母がよく言っていた科白と同じことを口にしていて、なんだか夫婦って似るんだなと感じたことを思いだしました。

そして肝心のアウトプットについてです。

 

 インプットの中身、「情報」と「知識」のバランスに注意しましょう。では、その割合は、どのくらいがベストなのでしょうか。私の経験でいうと、2対8くらいでしょう。そのくらいの情報があれば十分です。

 

 「今」が旬な新聞、雑誌、ネットで得られるインプットは、大半が「情報」です。本から得られるインプットは、大部分が「知識」です。つまり、ザックリいうと、「ネット」と「読書」の割合は、2対8がいいということでもあります。多くの人は、ネット8割、読書2割。あるいは、もっとネットの割合が多いかもしれません。

 

 今の「ネット」と「読書」の時間配分を逆転させて、「知識」を増やさないと、インプットをしても、その情報も時間もムダになると思います。

 

 情報は集めすぎない。「今」必要な情報を、必要に応じて集めるのがムダにならない情報収集のコツです。(p188)

 

「一生、今のままでいいの?」と聞かれれば、NOと言いたいのに、電車ではスマホを見ている自分を思い浮かべました。

本書で紹介されている、日本人平均年間読書本数は12、13冊というデータにも、あれっと思いましたが、もうちょっと自分のインプットの質について考えたくなりました。

 

そして最後に、これ学生の時にやればよかったなーと思ったのがこれ。

 

究極の自己テスト~「丸ごと再生勉強法」

 

 教科書から重要事項をまとめた「まとめノート」を作っている人は多いと思います。

 私のとっておきの勉強法は、「丸ごと再生勉強法」です。

 つまり、「まとめノート」を1ページ丸ごと、何も見ずに、そのまま思い出しながら、まっさらの紙に書いていくのです。

 これはかなり難易度が高く、自分が覚えていない部分が歴然とわかります。何も見ないで、手がかりもなしに再生するのですから、書けた部分に関しては、完全に記憶されているわけです。書けなかった部分は、記憶されていないということで、その部分を重点的に再記憶していきます。

 

「丸ごと再生勉強法」は、なかなか大変な勉強法ですが、「まとめノート」をパーフェクトに再生できるようになっていれば、試験で高得点をとれることは間違いありません。

(p200)

 

こんなに読書しないでいいのかな、と不安に思う人や、試験を控えていて自分の勉強法を変えたいと思っている人には、なにかヒントがあると思います。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

f:id:hamletclone:20210927195846j:image

ヤニス・バルファキス『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』を読んで

おはようございます、ゆまコロです。

 

ヤニス・バルファキス、関美和(訳)『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』を読みました。

 

著者であるギリシャの元財務大臣が10代の娘に伝えたかったのは、端的にいうと以下のことだと感じました。

 

・世の中はお金持ちが更にお金持ちになるために作られている。

・そうならないためにも自分たちで考えて行動することが大事。

 

著者は2008年の金融危機に憤りを感じながらも、人間らしい心と常識を取り戻すのに、経済危機という犠牲が必要だったことを「需要と売上と価格の悪循環」という項目で説明しています。

しかしそんなおかしな犠牲を払わなくても、機械を賢く使って、機械の労働がすべての人に恩恵をもたらすような大転換があればいい、とも述べています。

 

 すべての人に恩恵をもたらすような機械の使い方について、ひとつアイデアを挙げてみよう。

 簡単に言うと、企業が所有する機械の一部を、すべての人で共有し、その恩恵も共有するというやり方だ。たとえば機械が生み出す利益の一定割合を共通のファンドに入れて、すべての人に等しく分配してはどうだろう?それが人類の歴史をどんな方向に変えていくか、考えてみてほしい。

 いまのところ、自動化の増加によって全体の収入の中で労働者に向かう割合は減り、ますます多くの富が機械を所有するひと握りの人たちのポケットに入るようになっている。ここまでに説明したように、富の集中が極まると、大多数の人たちは使えるおカネが減り、ものが売れなくなる。

(p166)

 

利益を共通のファンドに入れて、等しく分配する、そんなことが取り入れられたらいいなとは思いますが、そんな姿がなかなか具体的にはイメージできませんでした。

 

映画や神話の話がふんだんに例に出てきて、それらに触れたことがある人は分かりやすいだろうけど、かえってとっつきにくくなる人もいるだろうな、という印象です。

オイディプス王ファウストの話は面白かったけど、ブレードランナーマトリックスの話になるとよく分からなくなったので、親しみやすい、親しみにくいの差は人それぞれだと思います。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

岩田健太郎『1秒もムダに生きない 時間の上手な使い方』を読んで

おはようございます。ゆまコロです。

 

岩田健太郎『1秒もムダに生きない 時間の上手な使い方』を読みました。

 

著者は感染症専門内科のお医者さんです。 

岩田先生が思う上手な時間の使い方とは、端的に言うと、

「その与えられた場にふさわしい時間の使い方がある。その場にふさわしい時間の使い方をすること」(あとがきより)らしいです。

 

上手に時間を使うための方法として、本書では、3つが挙げられています。

1.ちまちまと時間をやりくりして時間を削り取ること。

2.大事な時間を慈しむこと。

3.停滞や挫折を恐れないための方法。

これらの視点から筆者の考えが書かれています。

 

岩田先生が大学でどんな授業をしたり、オフをどのように過ごしたり、どんな本を読んだりしているのかがふんだんに書かれているので、時間管理術やノウハウというよりは、限られた時間を意識するための考え方を、エッセイの中で展開している、といった感じです。

 

時間にいいようにこき使われ、支配されるのがせいぜいで、絶対的に時間を上手に使うことなどできない、と言い切りながら、感染症治療学分野の教授を務める著者にとっては、時間を有効に使うことはごく自然なことなのだと思います。

 

そんな著者の、5年先、10年先の目標は立てない方がいい、という主張には重みを感じました。

 

 正直言って、今のような目まぐるしく転換していく世の中で、5年後、10年後のキャリアプランを立てても、あまり意味はないと思います。環境が劇的に変遷する中で、5年先の世の中を予見することは極めて難しいのです。5年前、サブプライム問題を予見した人が何人いたでしょう。民主党政権ができることを予見した人が何人いたでしょう。あの巨大な大地震津波が東北を襲い、原子力発電所のレゾンデートルが(文字通り)根底から揺るがされると予見した人が何人いたでしょうか。

 

 未来に対するビジョンと未来予測は同じではありません。ビジョンは「あり方」を指し示すものです。僕は学生のころから「世界で通用する」人になりたいと思っていました。今でもそう思っています。でも、これこれの職業に就いて、こういう役職に就いて…という予見は一切立ててきませんでした。「世界で通用する」ビジョンに至るには、「今」どうしたらよいか。そのことしか考えていませんでした。僕のまなざしは未来のほうを向いていますが、立っている地面は「今の地面」だけです。今どうするか。それしか僕は考えていません。(p92)

 

この本が出版されたのは2011年ですが、このコロナ禍で読むと、本当に先のことを予見することは困難だと思い知らされます。だからこそ、”今どうするか” を真剣に考えることが大切であると感じました。

 

また、仕事を抱え込んであっぷあっぷしないためには、能ある鷹は爪を隠すように、程よく能力を隠すとうまくいく、というお話の中で著者が挙げていた、古今亭志ん生の『火焔太鼓』という落語が面白そうだと思いました。

今度見てみたいと思います。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

ブッツァーティ『タタール人の砂漠』を読んで

おはようございます、ゆまコロです。

 

ブッツァーティ脇功(訳)『タタール人の砂漠』を読みました。

 

そう、いまでは彼は将校なのだ、金も入るし、美しい女たちも振り向くことだろう。だが、結局は、人生のいちばんいい時期、青春の盛りは、おそらくは終わってしまったのだ、と彼は気づいた。こうしてドローゴはじっと鏡を見つめていた、どうしても好きになれない自分の顔に、無理につくった微笑が浮かんでいるのが見えた。
 なんとしたことだろう、母が別れの言葉をかけてきたときに、なぜお義理にもなんの屈託もなげな笑顔を見せてやれなかったのだろう。どうして母が最後にいろいろと気づかってくれる言葉をろくに気にもとめずに、その優しい情味のこもった声をただの音としてしか耳にしなかったのだろう。なぜ、ちゃんとあるべきところにあるのに、時計や、鞭や、軍帽が見つからず、むやみにいらだって、部屋の中をあちこち歩きまわったりしたのだろう。もちろん戦さに出かけるわけではない。古くからの仲間の、彼とおなじ十人ばかりの中尉たちが、そのおなじ時刻に、まるで祭りにでも出かけるみたいに、楽しそうな笑い声に送られて、生家をあとにしているのだ。母を安心させるような、情愛のこもった言葉のかわりに、なぜ曖昧な、無意味な台詞しか口に出なかったのだろう。みんなの期待のもとに生まれ育ったわが家を初めてあとにするつらさ、変化というもの自体にともなう不安、母に別れを告げる感動などで心がいっぱいだったのは確かだが、しかし、それにもまして、よくは分からないが、二度ともどることのない旅に出立しようとでもしているかのような、なにか運命的なものに対する漠とした予感のような、つきまとって離れぬ想いが彼に重くのしかかっていたのだった。
(p8)

 

主人公ドローゴの家を出た時の自分の振る舞いへの後悔と、薄っすら感じる不安が、その後の彼の人生を予言しているようで、出だしから気になりました。

(この不安は折に触れて出てきます。)

 

 そのときまで、彼は気楽な青春期を歩んできたのだった、その道は若者には無限につづくかに見えるし、また歳月はその道を軽やかな、しかしゆっくりとした足取りで過きて行くものだから、誰もそこからの旅立ちに気がつかないのだ。物珍しげにまわりを見ながら、のんびりと歩いて行く、急ぐ必要はさらさらない、後ろからせきたてる者もいなければ、先きで待っている者もない、仲間たちもしょっちゅう立ち止まってはふざけながら、のんきに道を行く。家々の戸口からは、おとなたちが優しく挨拶をして寄こしながら、うべなうような笑みを浮かべて地平線の方を指し示す。こうして、英雄的な、あるいは甘い望みに心が躍りはじめ、先きで待っているいろんなすばらしいことを前もって想像裡に味わうのだ、それはまだ視野にはない、だが、いつかそこにたどり着けることは間違いないのだ、それは疑う余地のないことなのだ。
 まだまだ先きは遠いのだろうか? いや、むこうに見えるあの川を渡れば、あの緑の丘を越えればいいのだ。それとも、もしかしてもう着いたのではないだろうか? この木立が、この野原が、この白い家が探し求めているものではないだろうか? 一瞬そのように思えて、足を止めようとする。だが、先きへ行けばもっといいものがあるという声が聞こえてきて、またのんきに歩き出す。
 こうして、確かな期待を抱いて道を続ける、日は長いし、平穏だ。太陽は空高く輝き、いっこうに沈む気配もなさそうだ。
 だが、あるところまで来て、本能的に後ろを振り返ると、帰り道を閉ざすように、背後で格子門が閉まりかけている、そしてあたりの様子もなにか変わってしまっていることに気づく、日はもう頂点にじっと留まってはいず、急に傾きはじめ、もはや留めるすべもなく、地平線に向かって落ちて行く、雲はもう蒼穹にゆったりと漂ってはいず、次々と折り重なるように、足早に逃げて行く、雲も急いでいるのだ、時は過ぎるし、道もいずれは終わることが分かっているからだ。
 そしてまたあるところまで来ると、背後で重い鉄門が閉まり、あっという間にかんぬきが掛けられ、引き返そうにも間に合わない。だが、ジョヴァンニ・ドローゴはその時間をなにも知らずに眠っているのだった、赤児のように笑みを浮かべた顔で。
 ドローゴはわが身に起こったことに気づくにはまだ幾日かかかるだろう。そのとき彼はまるで夢から覚めたように思うだろう。信じられないような思いであたりを見まわすだろう。すると背後から押し寄せてくる足音が聞こえ、彼より先きに目覚めた者たちが息せき切って駆けてきて、先きに着こうと彼を追い越して行くのを目にするだろう。むさぼるように人生を刻んでいく時の鼓動を聞くことだろう。窓辺に立つ人々ももう微笑みを浮かべてはいず、無表情、無関心な顔をしているだろう、そして彼がまだどのくらいの道のりがあるのかたずねても、地平線の方を指さしはするものの、その人たちの顔にはもう親切そうな、楽しそうな表情のかけらも見えないだろう。その間に、仲間たちも、疲れてずっと後ろになってしまう者もあれば、はるか先きへ進み、地平線上の小さな点になってしまう者もいて、彼の視野からは消え去るだろう。
 あの川のむこう―人々は言うことだろう――あと十キロも行けば着くだろう、と。ところが道はいっこうに終わらない。日は次第に短くなるし、旅の道連れも次第にまれになっていく、窓辺には生気のない、青白い顔をした人々が立っていて、首を横に振るだけ。
 ついにはドローゴはまったくのひとりぼっちになるだろう。と、地平線に一筋の続となって果てしなく伸びた、死んだように動かぬ鉛色の海が見える。もう彼は疲れ果てている、道沿いの家々はたいてい窓を閉ざし、まれに見かける人々は陰鬱そうな身振りで彼に答える、いいことは後ろに、はるか後ろにあり、彼はそれに気づかずに、通り過ぎてきたのだと。ああ、もう引き返すには遅すぎる、彼の後ろからは、おなじ幻想にかられて押しかけてくる大勢の人間の足音が轟き寄せてくるが、その群れはまだ彼の目には見えず、白い道の上にはあいかわらずひとけはない。
 いまジョヴァンニ・ドローゴは第三堡塁の中で眠っている。彼は夢を見て、笑顔を浮かべている。その夜、完全無欠な幸せに満ちた世界の甘美な幻影が、彼のもとに最後の訪れをしているのだ。ああ、彼がやがて訪れるいつの日かのおのれの姿を見たならば、道の尽きたところ、一様に灰色の空の下、鉛色の海の岸辺に立ち尽くすおのれの姿を。そしてまわりには家もなければ人影もなく、立木もなければ一本の草もない、すべてはるか太古からそうなのだ。

(p72)

 

 

この部分を読んで、ドラえもんのび太に時間の流れを見せた「タイムライト」というひみつ道具のことを思い出していました。

「きみがひるねしてる間も、時間は流れつづけてる。一秒もまってはくれない。

そして流れさった時間は二度とかえってこないんだ!!」

というあれです。

 

 なにか崇高にして大いなる出来事への予感がーーそれともそれは単なる希望にすぎなかったのだろうか?--彼をこの砦に引き止めたのだったが、しかし、それもただ砦を出るのを先(さ)き送りしただけのことかもしれず、結局のところはなんの支障ももたらさないだろう。彼にはこの先き時間は充分にある。人生における善きことのすべてが彼を待っているように思えるのだった。なにを心配することがあろう。女性というあの愛すべくも不可思議な生き物も、彼には確かな幸せをもたらすもの、人生におけるごく普通の定めによってはっきり約束されたもののように思えたのだった。

 先きはまだなんと長いことか!ただの一年でさえ彼にはとても長いものに思えるし、すばらしい年月はやっと始まったばかりなのだ。それは果てしなく続き、その行き着く先きを見きわめることはできなかった。それは飽き飽きするには大きすぎる、いまだ手付かずの宝なのだった。

 「ジョヴァンニ・ドローゴよ、気をつけろよ」と彼に言う者は誰もいなかった。青春はもうしぼみかけているのに、彼には人生は長々と続く、尽きせぬ幻影のように見えた。ドローゴは時というものを知らなかった。この先き、神々とおなじように、何百年と青春が続こうが、それさえも大したことではないだろう。ところが、彼にはただの、人並みな人生しか、両手の指で数えられるほどの、ごく短い青春しか、そんなみすぼらしい贈り物しか、与えられていないのだったし、そんなものは気づくよりも前に消え失せてしまうだろう。
 まだまだ先きは長い、と彼は考えた。でも、ある年齢になると(おかしなことに)死を待ち始める人間もいるとのことだ。しかし、そんな、よく耳にする、馬鹿げた話は彼には関係はなかった。ドローゴはそう思って微笑むと、寒さにせきたてられて、歩き出した。
(p113)

 

ドローゴは4カ月でこの砦を出る、と決めたのに、その間に新しい環境に愛着が湧き、結局砦で暮らすことを選びます。最終的にはその決定が彼の人生を決めるものになるのですが、職場にも仲間にも不満がない、というのは考えようによってはなかなか恵まれた環境ではないのかな、と思いました。

 

 確信は次第に薄れていった。人間はひとりっきりで、誰とも話さずにいる時には、あるひとつのことを信じつづけるのはむつかしいものだ。その時期、ドローゴは、人間というものは、いかに愛し合っていても、たがいに離ればなれの存在なのだということに気づいた。ある人間の苦しみはまったくその人間だけのものであり、ほかの者は誰ひとりいささかもそれをわがこととは受け取らないのだ、ある人間が苦しみ悩んでいても、そのためにほかの者がつらい思いをすることはないのだ、たとえそれがいかに愛する相手であっても。そしてそこに人生の孤独感が生じるのだ。
 時計の打つ音が次第に繁くなってゆくように感じるにつれて、ドローゴの確信は弱まり、焦躁がつのってゆくのだった。幾日も北の方角には目を向けずに過ごすことさえあった(そして、すっかり忘れていたのだとみずからそう思い込もうとし、そう言いきかせようとするのだったが、本当は次に見るときにはより可能性が濃くなっているかもしれないと思って、わざとそうしているのだということは自分でも分かっていた)。
(p286)

 

「人間というものは、いかに愛し合っていても、たがいに離ればなれの存在なのだ」というのは、作者からのメッセージであるようにも感じられます。

 

  九月のよく晴れたある朝、ドローゴは、ジョヴァンニ・ドローゴ大尉は、平地からバスティアーニ砦へと通じる急な坂道を、ふたたび馬でのぼって行く。一か月の休暇を取たのだが、二十日もたたぬうちにもう砦へもどって行くのだ。今ではもう町にはなじめなくなってしまったのだった、昔の友達たちは出世して、要職につき、その辺のありきたりの将校に対するみたいに、ぞんざいに彼に挨拶するだけだった。わが家も、もちろんドローゴは自分の家を愛しつづけてはいたが、もどってみると、言いがたい苦痛が心を満たすのだった。家にはいつもひとけはなく、母の部屋はもう永久に空いたままだし、兄たちは家を離れたまま、ひとりは結婚して、別の町に住み、もうひとりは絶えず旅をつづけていて、居間にはもう家庭の団欒の気配ひとつなく、声だけがやけに大きく響いて、窓を開け、日差しを入れてみてもむなしかった。
 こうしてドローゴはまたもや砦へと谷道をのぼって行く、少なくともまだ十五年はそこで暮らさなければならないのだ。だが彼は自分があまり変わったとは思っていない、時があまりにも速く過ぎ去ったので、心が老いる間がなかったのだった。過ぎゆく時に対する漠とした不安が日々につのるとはいえ、ドローゴは大事なことはこれから始まるのだという幻想になおもしがみついているのだった。ジョヴァンニはいまだ訪れない自分にとっての運命の時を辛抱強く待ちつづけて、未来がもうひどく短いものになっていることには思い至らない、もう以前のように将来の時間が無限にあり、いくら浪費しても心配ないほど無尽蔵だと思うことはできないのに。
 それでも、ある日、彼はしばらく前から砦の裏手の広っぱで馬を乗りまわしたことがないのに気がついた。と言うよりもむしろいっこうにそんな気が起こらないし、それからまた最近では(だが正確にはいったいいつからだろう?)仲間と階段を二段ずつ駆け上がる競争もしなくなっているのにも気づいた。他愛もないことを、と彼は考えた、肉体的には今までどおりだし、また始めるかどうかだけのことだ、その気になればできるに決まっているが、そんなことを試すのは馬鹿げた、余計なことだと。
 そう、肉体的には、ドローゴは衰えてはいない、もう一度馬を乗りまわしたり、階段を駆け上がったりしようとすれば、充分できるだろうが、大事なのはそんなことではない。そんな気にならないということが、昼食後に石ころだらけの広っぱを馬で走り回るよりも、日なたで居眠りをする方がよくなったということが由々しい問題なのだ。大事なのはそのことなのだ、そしてそれが過ぎ去った歳月の証なのだ。

(p290)

 

 

「彼は自分があまり変わったとは思っていない、時があまりにも速く過ぎ去ったので、心が老いる間がなかったのだった。」

心が老いる間がない…、不思議な表現です。成熟しないまま歳を取ったことを表しているようで、なんだか怖い言葉だと思いました。

 

 「いいかね」ドローゴは言葉を返したが、言い争うのも馬鹿げたことだと分かっていた、その間彼は木の壁を斜めに登ってくる日差しにじっと目をやっていた、「断ってすまないが、私はここに残りたいんだ。厄介はかけないよ、誓ってもいい、なんならそう一筆書いてもいい。もう行ってくれたまえ、シメオーニ、私をそっとしておいてくれたまえ、私はもうあまり長くはない、私をここにいさせてくれたまえ、三十年以上もこの部屋で寝てきたんだ……」
 相手はしばらく口をつぐみ、軽蔑するような目で病気の同僚を見て、意地の悪そうな笑みを浮かべ、それから声を改めてたずねた、「もし上官としてそう要求したら? 私の命令だとしたら、君はなんと言うかね?」そしてしばらく間をおいて、その台詞の生み出す効果を味わっていた。「ねえ、ドローゴ、今度は君のいつもの軍人精神とやらを発揮してもらいたくないんだ、こんなことを言わねばならないのはつらいが、結局のところ、君は安全なところへ行くんだし、君の代わりは大勢いるんだ。残念だろうとは思うけど、この人生からすべてを望むことなどできはしないんだ、諦めなきゃあならんことだってあるさ……いますぐ君の従卒をよこして、荷物の準備をさせるからな、馬車は二時に来るはずだ。じゃあ、またあとでな……」

(p325)

 

 

30年以上も待ちに待って、ついに現実となった敵襲を目前にして、病に倒れるドローゴ。

事態を尻目に、足手まといだから街に帰れと言われてしまいます。

「残念だろうとは思うけど、この人生からすべてを望むことなどできはしないんだ、諦めなきゃあならんことだってあるさ……」

その通りかもしれませんが、自分事として受け入れるのは耐えがたいだろうなと思います。

 

 戸口のところにひとりの女が座って、熱心に靴下を編んでいた。そしてその足元の質素な揺籃の中には赤ん坊が眠っていた。大人のそれとはまるで違った、柔らかく、深い、そのすてきな眠りを、ドローゴは驚いたように見つめた。その赤ん坊にはまだ不安な夢も芽生えず、その小さな魂は、まだ望みも悔恨も知らず、静かな、澄みきった大気の中を無邪気にたゆたっていた。ドローゴは立ち止まって、じっとその赤ん坊の寝顔を見つめているうちに、刺すような悲しみに胸が突かれるのを感じた。彼は眠りにおちている自分の姿を、自分では決して知ることのできない一個のドローゴの姿を思い描いてみようとした。暗い不安に掻き乱され、寝息も重く、半ば開いた口元をだらしなく垂らして、醜く眠っている自分の姿が浮かんできた。だが、彼もかつてはその赤ん坊のように眠っていたのだ、彼もまた可愛く、無邪気であったのだ、そしておそらくは年老いて、病んだひとりの将校が彼の前に立ち止まり、苦い驚きをもって、彼の寝顔を見つめたかも知れないのだ。《哀れなドローゴ》と彼は呟いた、そして、たとえそれが弱音であったとしても、結局自分はこの世でひとりぼっちで、おのれ以外には誰ひとり自分を愛してくれる者はいないのだと悟った。
(p332)

 

 最後に自らも赤ん坊だったと顧みる、このシーンが印象的です。

 

物語全般を通して、老いに対する不安や、青春がなくなっていくことへの寂寥感が散りばめられているのが良いです。

 読者にタイムライトのように時間を見せてくれる本でした。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

都甲幸治『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』を読んで

おはようございます、ゆまコロです。

 

都甲幸治『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』を読みました。

 

本書は、翻訳家であり、早稲田大学文学学術院教授でもある都甲幸治さんが、世界の八つの文学賞を選び、書評家、翻訳家など本にまつわる職業の人々に1つの賞につき1冊選んでもらって鼎談(三人で話すこと)する、という試みの本です。

 

取り上げられている八つの文学賞は、ざっくりまとめるとこんな賞です。

 

1.ノーベル文学賞

正式名称:ノーベル文学賞

主催:スウェーデン・アカデミー(スウェーデン

開始年:1901年(1年に1度)

賞金額:その年によって異なるが、一億円を超えることが多い。

受賞対象:作家。

 

特徴:

・「人類にとっての理想を目指す、世界でも傑出した文学者」が選考基準。人権擁護、国内で迫害されている人を描くものが多い。

・受賞者に高齢の人が多い。

・選考委員はヨーロッパの主要言語しか読めない人が多い。そうした言語で書いている人が圧倒的に有利。北欧諸国出身だとさらに有利。

そうじゃない作家は、本人が非常に英語ができるか、あるいは翻訳版がとても優秀だと獲りやすくなる。

 

2.芥川賞

正式名称:芥川龍之介賞

主催:公益財団法人日本文学振興会(日本)

開始年:1935年(1年に2回)

賞金額:100万円。

受賞対象:作品。

 

特徴:

芥川龍之介の没後に友人の菊池寛が文壇を盛り上げるために作った賞。

・文芸誌に載った純文学の作品が対象の新人賞。

・歴代の選考委員がほとんど作家しかいない。

 

3.直木賞

正式名称:直樹三十五賞

主催:公益財団法人日本文学振興会(日本)

開始年:1935年開始(1年に2回)

賞金額:100万円。

受賞対象:作品。

 

特徴:

・大衆小説やエンタメ小説が受賞する。

・作家のそれまでの実績に対しての表彰でもある。

 

4.ブッカー賞

正式名称:マン・ブッカー賞

主催:ブッカー賞財団(イギリス)

開始年:1968年(1年に1度)

賞金額:50,000ポンド。

受賞対象:作品。

 

特徴:

・フランスのゴンクール賞に対抗してイギリスで作られた賞。

・英語で書かれていたら何でもノミネートされる。

・選考委員は大学教授、文芸評論家、政治家、芸能人など。毎年変わる。

・一次選考に残った作品を「ロングリスト」として公開、その後最終選考に残る作品を「ショートリスト」として発表。受賞作が決まる十月の三か月前から販売促進などがされ、何カ月もの間イベントとして機能している。

 

5.ゴンクール賞

正式名称:ゴンクール賞

主催:アカデミー・ゴンクール(フランス)

開始年:1903年(1年に一回)

賞金額:10ユーロ。

受賞対象:作品。

 

特徴:

・フランスで一番古い文学賞

ゴンクール兄弟(作家)の遺産によって創設。

・40代くらいの若めの作家が獲りやすい。

・詩や批評の部門もある。

 

6.ピュリツァー賞

正式名称:ピュリツァー賞フィクション部門

主催:コロンビア大学アメリカ)

開始年:1917年(1948年にフィクション部門という名前に変更、1年に一回。)※小説の初受賞は1918年。

賞金額:3,000米ドル。

受賞対象:作品。

 

特徴:

・ジョセフ・ピュリツァー(ジャーナリストで新聞社をやっていた)が作った賞。

・文学のほか音楽、報道など広い範囲の人たちに与えられる。

・選考委員はもいろいろな分野の人の集まり。受賞者でその後選考委員となったジュノ・ディアス(『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』)いわく、“文学に全然理解がない人たちを説得しないと、賞をあげられない。”

 

7.カフカ賞

正式名称:フランツ・カフカ賞

主催:フランツ・カフカ協会(チェコ

開始年:2001年(1年に一回)

賞金額:10,000米ドル。

受賞対象:作家。

 

 特徴:

カフカはドイツ語作家だが、領土的には今日のチェコ生まれ。第二次世界大戦後にドイツ系住民の強制移住があり、ドイツ語作家自体が実質的にいなくなり、社会主義の時代にはカフカは退廃的な作家と見なされてチェコ国内ではあまり読まれていなかった。民主化以降、カフカを再評価し、プラハのドイツ語文学を復興させようという主旨で設立されたのが、フランツ・カフカ協会。

フランツ・カフカ協会はユダヤ系の人が中心になっている組織のため、受賞者もユダヤ系の作家が多い。

・少なくとも著書が一点以上チェコ語で刊行されていなければならない、という決まりがある。

・2004年にエルフリーデ・イェリネクカフカ賞ノーベル文学賞を獲り、2005年にハロルド・ピンターカフカ賞ノーベル文学賞と、二年連続で同じ人が二つの賞を獲ったことから、「ノーベル賞の一歩手前の賞」と噂される。次の年、村上春樹カフカ賞を獲ったが、ノーベル文学賞は獲れなかった。

・選考委員はチェコ、フランスなど、ヨーロッパ系の文学者が多く、ノーベル文学賞の選考委員と思考回路は近い。

 

 

8.エルサレム賞

正式名称:社会の中の個人の自由のためのエルサレム賞

主催:エルサレム国際ブックフェア(イスラエル

開始年:1963年(二年に一回)

賞金額:10,000米ドル。

受賞対象:作家。

 

特徴:

・とくにユダヤ系やイスラエルのための賞というわけではない。

・ややヨーロッパ中心的、大国中心的な受賞作。アジアで獲得したのは、村上春樹のみ。

・「わからないものをわかろうとする」作品が選ばれるのが特徴(倉本さおり)。

 

本書で紹介されている24冊はどれも魅力的で、気になるタイトルが目白押しでした。

賞の傾向から、好みの本を探すのも楽しそうです。

最後に、「文学賞に縁のない作家たち」という藤井光さんのコラムの中で、ゆまコロの好きなポール・オースターについての記述があったのでご紹介します。

 

 ポール・オースターも、その人気とは裏腹に、母国アメリカではあまり賞に恵まれていない作家である(フランスでは受賞歴あり)。簡素で美しい文体と実験性も兼ね備え、人と他者との関わりを描くオースターの重要性は誰もが認めるところであり、その功績を讃えて功労賞もあちこちから授与されているが、小説がアメリカで文学賞を獲得したことはこれまでない。

(p190)

 

賞に恵まれてもそうでなくても、応援したい気持ちは満載です。

次に何を読もうかとわくわくしてくる本でした。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

ポール・オースター『インヴィジブル』を読んで

おはようございます、ゆまコロです。

 

ポール・オースター柴田元幸(訳)『インヴィジブル』を読みました。

 

 私はこれが終わってほしくなかった。不思議な、測りがたきマルゴと一緒にその不思議な楽園で暮らすことは、それまで私の身に起きた最良の、最高にありえない出来事だったのだ。だが次の日の晩にはボルンがパリから帰ってくる。私たちはこれを断ち切るしかなかった。そのとき私は、これは一時的な休戦にすぎないと思っていた。最後の朝に別れをマルゴに告げたとき、心配は要らない、じきに続けるやり方が見つかるよと私は言ったが、そんな私のはったり気味の自信とは裏腹に、マルゴは心乱れたような表情をしていて、私がアパートメントを去ろうとすると突如彼女の目に涙があふれた。
    いやな予感がするの、とマルゴは言った。なぜだかわからないけど、これで終わりだという気が、あなたと会うのもこれが最後だという気がするのよ。
 そんなこと言わないで、と私は答えた。僕はここからほんの数ブロックのところに住んでるんです。来たければいつでも僕のアパートに来ればいい。
 やってみるわ、アダム。できるだけのことはする、でもあんまり期待しないでね。私はあなたが思ってるほど強くないのよ。
 わかりませんね、どういうことか。
 ルドルフよ。戻ってきたら、あの人は私を追い出すと思う。
 追い出されたら、僕の部屋に越してくればいいじゃありませんか。
 で、汚い部屋で大学生の坊や二人と暮らすの? 私はもうそんな歳じゃないのよ。
 僕のルームメートはそんなにひどくないですよ。部屋だって案外きれいです。
 私はこの国が嫌いなのよ。あなた以外、この国のすべてが嫌いなの。あなただけでは、私をここにとどめてはおけない。もしもうルドルフに求められないんだったら、荷物をまとめてパリに帰るわ。

 何だかそれを望んでいるみたいな口ぶりですね。まるでもう、自分からおしまいにする気みたいな。

 どうかしらね。そうなのかもしれない。

 ぼくはどうなるんです?この五日間はあなたにとって何の意味もなかったんですか?

 もちろんあったわ。あなといてすごく楽しかった。でももう終わったのよ。ここから出ていった瞬間、あなたももう、私が必要なくなったことがわかるはずよ。

 そんなことありませんよ。

 あるわよ。あなたにはまだわからないだけよ。

 何を言ってるんです?

 可哀想なアダム。私はあなたにとっての答えじゃない。たぶん誰にとっての答えでもないのよ。

(p51)

 

 

「私はあなたにとっての答えじゃない。たぶん誰にとっての答えでもないのよ。」

このセリフが、マルゴという女性が自らをどう思っているかをよく表していると思います。料理が得意で、性的な魅力に溢れているけど、他人からはそれ以外の面で求められることはない女性としてマルゴは書かれています。またそれを、彼女自身も自覚していることが、彼女の孤独に拍車をかけているように思いました。

 

  親しい間柄ではなかった。秘密を打ちあけあったりもせず、一対一で長いこと話し込んだり、手紙をやりとりしたりもしなかった。だが僕がウォーカーを素晴らしいと思っていたことに疑いの余地はないし、彼が僕を同等の人間と見てくれたことも間違いないと思う。いつも変わらず敬意と友好の念をもって接してくれたのだ。いくぶんおどおどしたところがある男だったことは覚えている。こんなに鋭い知性の持ち主で、しかもキャンパス有数の美男子でもあるのに――映画スターみたいにハンサム、と僕のガールフレンドの一人は評した――妙なものだと思った。まあでも傲慢より内気の方がいいし、耐えがたい完璧さで皆を萎縮させてしまうよりひっそりみんなに溶け込んでいる方がいい。というわけで、一人ぽつんとしている傾向はあるが、ひとたび繭の外に出てくればいつでも愛想好く剽軽で、鋭い風変わりなユーモアのセンスを持つ男だった。僕が特に気に入っていたのはその関心の広さであり、カヴァルカンティ (ダンテの友人だった文人)やジョン・ダン (17世紀イギリスの詩人)について語りもすれば、それと同じ深い洞察と知識をもって、野球についてこっちが考えたこともないようなことを言ったりするところだ。だが彼の内的生活となると、僕は何も知らなかった。姉がいるという事実を除けば(ちなみに姉はとびきりの美人だった。どうやらウォーカー一族は天使の遺伝子に恵まれたらしい)家族についても育った環境についてもまったく無知だったし、むろん弟の死についても細かいことは何も知らなかった。そしていまウォーカー本人が死にかけていて、六十歳の誕生日を過ぎて一月が経ったいま、世に別れを告げはじめている。ためらい混じりの、胸を打つ手紙を読んだ僕は、これが始まりなのだ、遠い昔の輝かしき若者たちはついに老いてきたのだと思わずにいられなかった。まもなく僕たちの世代全体がいなくなってしまうだろう。

 (p72)

 

 

主人公であるアダムの言葉を、その友人(「親しい間柄ではなかった」らしいけど)が代わって語っているという手法が、なんともオースターっぽくってわくわくします。

「どうやらウォーカー一族は天使の遺伝子に恵まれたらしい」という表現が素敵です。

 

 君はそんなことを考えたくない。君はもう逃げたのであり、あの悲鳴と沈黙の家に戻る気はない。二階の寝室から響く母親の絶叫を聞いたり、薬のキャビネットを開けて安定剤と抗鬱剤の壜を数えたりする気にも、医者や神経衰弱や自殺未遂のこと、君が十二だったときの長い入院のことを考える気にもなれない。長年、君を向こう側まで見通しているように見えた父親の目も思い出したくないし、毎朝六時きっかりに起きて夜九時にやっと帰ってくるロボットのような父の生活や、君や姉の前で決して死んだ子の名を言おうとしない態度も思い出したくない。君たちはめったに父と顔を合わせなかったし、母はもう家事や料理はほとんどできなくなっていたから、一家揃った夕食の儀式も消滅した。掃除や食事作りは、次々入れ替わる、主に五十代か六十代の疲れた黒人のメイドの仕事で、たいていの夜母親は自室で一人で食べたから、ほぼいつも君と姉の二人だけで、キッチンのピンク色の合成樹脂のテーブルに向かいあわせに座っていた。父親がどこで夕食をとっているのか、君たちには謎だった。あちこちのレストランに行くのか、それとも毎晩同じレストランに行くのかなどと想像したが、本人はそれについて一言も言わなかった。
 こうしたことを考えるのが君には辛かったが、姉と一緒に過ごすようになったいま、考えることは避けられず、意志に反して記憶が押し寄せてきて、机に向かって六月に書きはじめた長い詩に取り組むときも、しばしばフレーズの途中で中断し、ぼんやり窓の外を見て、子供のころをふり返るのだった。
 自分で思っていたより実はずっと早く逃げはじめていたことが、いまの君にはわかる。アンディが死ななかったら、君はおそらく、家を出る日までずっと、親の言うことをよく聞く素直な子供でいただろう。が、母は罪悪感に苛まれた恒久的な喪に服し、父はもうほとんど姿を見せなくなって家庭が崩壊しはじめると、君はまっとうな生活を求めてよそへ目を向けるほかなかった。子供のころの限られた世界において、よそとは学校のことであり、友人たちとプレーする野球場のことだった。君はすべてに秀でたいと願い、幸い、それなりの知力と丈夫な体に恵まれていたから、成績はつねにトップクラス、どんなスポーツでも際立っていた。こうした事柄をじっくり考え抜いたことはなかったが(それにはまだ幼すぎた)、そうやって活躍できたおかげで、家で君を包囲する暗さもいくらか和らいだし、活躍すればするほど、父母からの独立を打ち立てることにもなった。もちろん二人とも君のためを思ってはくれたし、はっきり君に敵対したわけでは
ないが、やがて(たぶん十一歳のときだ)両親の愛にいまだ焦がれはしても友人の賞讃にも焦がれる時期が訪れた。
 母親が精神病院に運ばれていった数時間後、君は一生ずっと善人でいることを、弟の記憶にかけて誓った。一人でバスルームにいたことを君は覚えている。一人バスルームで、涙を懸命にこらえていた。善人とは正直で、親切で、寛大な人間のことであり、人をからかいもせず、見下しもせず、誰にも喧嘩を吹っかけたりしないということだ。君は十二歳だった。十三のときに神を信じるのをやめた。十四歳から夏は三年続けて父のスーパーマーケットで働いた(袋詰め、棚出し、レジ、配送受付、ゴミ捨て。コロンビア大学図書館図書整理係という栄誉ある地位に就く素地はこうして築かれた)。十五歳で、パティ・フレンチという名の女の子に恋をした。同じ年、詩人になるつもりだと姉に告げた。十六のときにグウィンが家を出て、君は内なる亡命生活に入っていった。

(p99)

 

 

運動も勉強もできるのに、辛い少年時代だと思います。

「一生ずっと善人でいる」、この時のアダムの決意が、その後の彼の内面的な魅力に磨きをかけるのに一役買っていることが分かります。

 

 君たちは二人ともトルストイドストエフスキーを、ホーソーンメルヴィルを、フロベールスタンダールを愛するが、この時点では君がヘンリー・ジェームズに耐えられないのに対し、グウィンはジェームズこそ巨人のなかの巨人だ、ジェームズの前ではほかの小説家はみなこびとみたいなものだと主張する。カフカベケットについては完全に意見が一致するが、セリーヌも同じ次元に属すと君が言うと彼女はあざ笑い、あんなのはファシストの狂信者だと断じる。ウォレス・スティーヴンズまではいいが、次の詩人となると君はウィリアム・カーロス・ウィリアムズであってグウィンがすらすら暗唱できるT・S・エリオットではない。君はキートンを擁護し彼女はチャップリンを弁護し、二人ともマルクス兄弟は大爆笑だが君の偏愛するW・C・フィールズは彼女から笑みひとつ引き出せない。トリュフォー最良の作品群は君たち二人の胸を打つが、グウィンはゴダールを格好ばかりだと考え君はそう考えない。彼女はベルイマンとアントニオーニこそこの宇宙の双璧だと讃えるが、君は彼らの映画に退屈してしまうことをしぶしぶ白状する。クラシックに関してはバッハが最高ということで軋轢はないが、君はジャズへの関心を深めつつある一方、グウィンは依然、君にはほとんど何も訴えてこなくなったロックンロールの狂熱にし
がみついている。彼女はダンスが好きで君は好きではない。彼女は君よりよく笑い、君ほど煙草を喫わない。彼女の方が君より自由で幸福な人物であり、君も彼女と一緒にいるたびに世界はより明るい、より友好的な、陰気で内向的な君の自我すらほとんどくつろげそうな場所に思えてくる。
 会話は夏のあいだずっと続く。本や映画や戦争を君たちは語り、自分たちの仕事や将来の計画を、過去と現在を語り、加えて君はボルンのことを語る。君が苦しんでいることをグウィンは知っている。その経験が君の胸にいまだ重くのしかかっていることをわかってくれて、君がその話をするのを、何度も何度も同じ話をするのを辛抱強く聞いてくれる。いまや君の魂にまで食い込んだ、君という存在の本質的な一部と化した妄執的な物語。君がまっとうにふるまったこと、ほかにやりようはなかったことを彼女は力説してくれるし、セドリック・ウィリアムズ殺害自体は防ぎようがなかったことは君も同意するが、自分が臆病でためらって警察にすぐ行かなかったせいでボルンが罰されずに逃げることを許してしまったという事実も君ははっきり自覚していて、それについては自分を許す気になれない。いまは金曜日、ニューヨークで過ごすことにした七月初旬の週末第一日目の晩であり、君と姉はキッチンテーブルに座って、仕事のあとのビールと煙草を楽しんでいる。

(p115)

 

 

ポール・オースターのエッセイ『内面からの報告書』で、作者の家族関係を知った時、オースター作品できょうだいの姿があまり描かれないのも納得だと思いました。が、本作では姉・グウィンと弟・アダムというきょうだいがかなり強烈に描かれています。話が進むにつれ、マジかと思うこの二人の関係性も、読んでいるうちに末っ子アンディの死を乗り越えるためにはある意味仕方がないことなのかも、という気になってきます。

そんな中で、グウィンとアダムがニューヨークで共同生活を送るこの描写は、かけがえのない時間のように丁寧に描かれていて好きです。この本の中でも特に輝いて見えます。

 

 こうしてウォーカーとセシル・ジュアンの交友が始まる。多くの面で、セシルがどうしようもない人間であることをウォーカーは知る。いつもそわそわ落着かなげで、爪は噛む、煙草も喫わず酒も飲まないコチコチのベジタリアンで、自分に対する要求が厳しすぎるし(例 破棄した翻訳)、時おり唖然とするほど未熟(例 リュコフロンの翻訳をどこで見つけたか言わない―――子供っぽい秘密への固執)。その一方、これほど頭のいい人間はそうざらにいるものでないことも間違いない。その精神は驚くべき思考機械であり、およそどんな話題でもウォーカーのはるか先まで考えることができ、文学、美術、音楽、歴史、政治、科学等々の知識でウォーカーを圧倒する。それにただの記憶マシンではない。何のフィルターも通さない莫大な量の情報をひたすら摂取するだけの典型的秀才などではない。繊細で、明敏で、その意見はつねに独創的だし、内気で臆病ではあっても、議論になればいつも自分の意見を貫き通す。六日続けてウォーカーはマゼ通りの学食で彼女と会って昼食を共にする。午後は一緒に街をさまよい、本屋を見て回り、映画や美術展に行き、セーヌ河畔のベンチに座る。自分がセシルに性的に惹かれてはいないことがウォーカーには安堵の種である。セックスについての思いは、マルゴ(この六日のあいだに彼女は一夜をウォーカーのホテルで過ごす)と、ここにはいない――だが一瞬たりとも遠く離れてはいな――グウィンに限定できる。要するに、いろいろ苛立たしい癖はあっても、セシルの精神とともに時を過ごすだけで十分楽しいのであり、彼女の肉体については何も考えずにいられる。手を出さないということで、ウォーカーとしては何の異存もない。

(p194)

 

 

 本作に登場する女性はどの人物もちょっとよく設定しすぎではないかと思うくらい魅力的なのですが、このセシルという女性は、特に友達になりたいなと思いました。(最終的には彼女が本書をラストまで引っ張ってくれます。)

 

話が終わってしまって残念だな、と思わせる本でした。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。