ニジタツ読書

読んだ本の感想です。時々美術館のことなども。面白い本がないかな~と思ったらご参考までに。

椎名誠『ぼくは眠れない』

おはようございます、ゆまコロです。

 

椎名誠『ぼくは眠れない』を読みました。

 

「35年間、不眠症」という新書の帯を見ると、一見不思議な感じがします。著者の他の本の作風と一瞬結びつかず、これが椎名誠さんの本なのか?と、思ってしまいました。

 

不眠症の作者が眠るために試行錯誤したり、睡眠について書かれたいろんな本を読んだりする様子から、休みたいのにぐっすり眠ることができないという状況がいかに辛いものか伝わってきます。

 

ヒトと動物の睡眠時間についての考察の部分が好きです。

眠れない日にまた思い出したいです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

ぼくは眠れない (新潮新書)

ぼくは眠れない (新潮新書)

 

 

原田マハ『楽園のカンヴァス』

おはようございます、ゆまコロです。

 

原田マハ『楽園のカンヴァス』を読みました。

 

ミステリー的な要素も面白いのですが、強く印象に残ったのは、物語の中で語られる画家ルソー(1844-1910)の、画家としての生活の描写です。

 

 アカデミーの画家がなんだというんだ、国民の人気を得てこそ画家は確立されるのだ、とルソーは意気ごみしました。

 

 ルソーの読みは見事に的中しました。ルソーの作品は、アンデパンダンで初めて公衆の面前に掲げられ、驚くべき人気を博しました。人々は会場に到着すると、我さきにとルソーの作品のある展示室を目指しました。そしてルソーの作品の前で、ある者は腹を抱えて大笑いし、ある者は笑いすぎて呼吸困難に陥るほどでした。「こんなに気色の悪い絵は見たことがないわ」と、青ざめて出ていく老婦人もいました。新聞や美術評論誌はこぞって書き立てました。「アンリ・ルソー氏、アンデパンダンで話題騒然。嘲笑にもへこたれず、へっぽこ絵画を描き続けるルソー氏に幸あれ!」これらの記事を見て、さらに多くの人々が会場を訪れます。まるで見世物小屋でした。

 

 それがいかなる中傷記事であっても、ルソーは自分の名前が掲載されている記事はすべて切り取って、スクラップブックにきれいに貼付けておきました。これほどまでに国民の耳目を集め、これほどまでに人気を博しているのに、どうして絵画制作の依頼状の一通もこないのか。もしやアンデパンダンの事務局に依頼が殺到しすぎて、担当者が困惑しているのではないか。そう思って、事務局に問い合わせもしました。

「いいえ、ムッシュウ・ルソー。絵画制作の依頼は一件もきていません」。事務局の担当者は、冷たく返すだけでした。

 

 家族は、ルソーが次第に仕事そっちのけで猛然と絵筆を奮うのを黙って眺めておりました。半ばあきれているといった様子で。完成した自作を、ためつすがめつ、うっとりと眺めて、ついにルソーは家族の前で宣言しました。「私は今日から画家になる」。妻はまったく取り合ってくれず、子供たちはきょとんとするばかりでした。

 

 絵を描くことがあまりにも楽しくて、絵を描くこと以外にいっときたりとも無駄な時間を費やしたくない、とルソーは思い詰めました。それで、四十九歳になったとき、思い切って税関を退職したのです。退職の理由は「このさきは絵筆一本で生活をしていきたい」。上司や同僚には笑われたり、本気で心配されたりしましたが、決意は変わりませんでした。

 

 あれから十年以上が経ちました。気がつけば、妻も息子も逝き、娘も嫁いで、ひとりきりの生活をもう三年ほど続けておりました。パンとスープばかりの食事や、階段の上り下りもきつかったのですが、何より骨身に応えるのは、こんなにも心血を注いで制作した絵がなかなか売れてくれないことでした。

 

 毎年一度、ルソーはアンデパンダンに作品を出品し続けてきました。昨年は、秋のサロン(サロン・ドートンヌ)にも出品して、万人の好評を博しました。にもかかわらず、まともな絵画制作の依頼はほとんど一度も入りませんでした。わずかに近隣の知り合いに静物画を頼まれたり、借金返済の代わりに肖像画の制作をこちらから申し入れたりするばかり。アンデパンダンに出品する作品は年々大きくなっていき、買い手も現れずにたまっていきます。アトリエに使っているアパルトマンの居間が手狭になって ―そして大家からの家賃の督促に耐えきれずに― 何度も下宿を引っ越さなければなりませんでした。

 

 いつか、この絵のすべてが売れる。そう信じて、ルソーは大作の数々をていねいにパラフィン紙で包み、大切に保管しておりました。

 私の絵が売れるようになるのは、決して奇跡などではない。それは必然なのだから、ただ静かに待ちさえすればいいのだ。

 しかし、どれほどの日々を待たなければならないのか。大画商か、大富豪か、大コレクターが現れて、ムッシュウ、すばらしい、あなたは天才だ、あなたの作品のすべてを買い上げましょう、と目の前で小切手を切ってくれるまで。

 

 心がくじけそうでした。自作が売れることは、いや、自分が世の中で正当に評価されるということは、必然ではなく、もはや奇跡なのだろうか。カンヴァス代も絵の具代も馬鹿にならない、もう大作など創らないほうがいいのだろうか。

 

 そうして昨年末、この下宿に落ち着きました。やはりもっと大きな、もっとすごい作品を創ろう、と決心したのは、その一週間後でした。ヤドヴィガという名の、ひとりの女性に出会ってからのことです。

 

 毎週日曜日の午後三時に、ルソーの住むアパルトマンの中庭へ洗濯をしにやってくる女。栗色の、ゆるやかなウェーブのかかった長い髪、濃い眉と切れ長の目、エキゾティックな顔立ちの洗濯女。ちょうどルソーが日銭稼ぎにボンボン売りを始めた頃でした。ノートルダム大聖堂から帰ってきたルソーは、たらいの中の洗濯物と格闘する彼女を一目見て、はっとしました。

 

 その「はっ」とした感じが、いったいなんなのか、すぐにはわかりませんでした。多くの画家たちが「霊感(アンスピラシオン)」と呼ぶものだったかもしれません。とにかく、「この人を絵に写しとってみたい」という衝動が、ルソーの中にふいに生まれた瞬間でした。 

 

ルソーの孤独と苦しみと、その先にある喜びが、本の中で語られるもう一つの現代の物語とうまくリンクしていて、心地良い驚きに浸ることができました。

 

時差ぼけ(ジェットラグ)になったらまず、動物園や植物園に行くとリラックスできる、という話も、覚えておこうと思いました。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

楽園のカンヴァス (新潮文庫)

楽園のカンヴァス (新潮文庫)

 

 

細貝淳一『下町ボブスレー 東京・大田区、町工場の挑戦』

おはようございます、ゆまコロです。

 

細貝淳一『下町ボブスレー 東京・大田区、町工場の挑戦』を読みました。

 

ボブスレーという競技の発祥について、本書ではこのように書かれています。

 

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冬山で人が移動する手段、さらには木材を切って運搬する手段として、ソリを使用していた。

 

 ↓

スイス・アルプス地方の冬山リゾートを訪ねたヨーロッパの富裕層が遊びにし、競技化していった。

 

1883年 スイス・サンモリッツでイギリス人が「トボガン」(木製ソリ)をスポーツ化。

 

1884年 「クレスタラン」という競技会を開く。

 

1890年代 鋼鉄製で舵と制動機の備わったソリを作り、「ボブスレー」と命名された。

ボブスレーBobsleigh)のbobは、選手が前後に揺れるという意味から来ている、という説がある。)

 

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町工場の実態についての話が心に残りました。

 

 

  昔もいまも、最高に正確なのは ―意外かもしれないが― 「人の手」だ。工作機械では、大まかに削ることしかできないため、本当に精密さが求められる部品は最後に誤差がないよう、手で削る。1つの部品に職人が何週間もかかりきりになり、彫刻などの芸術品をつくるようにして手で仕上げることもあるくらいだ。しかし、こういったものが、徐々に、徐々に、高額な機械でできるようになってきた。

 

 ところが、町工場が高額な機械を買うことはできない。すると、以前は単価が高かった仕事も「機械でもそれなりのものはできるから」と安く請け負わざるを得ない場合も増えてくるだろう。そんな状況が重なり、すばらしい技術があっても、経営者が高齢化してくると、「もう潮時かな」となって廃業してしまう。

 

 そして、この衰退はわれわれ大田区の町工場の経営者にすれば、すぐ「わが身の問題」になる。誰かが廃業すれば、仲間まわしができなくなるし、仲間がまわしてくれる仕事も減る。大田区に頼めばなんとかなる、というブランドが次第に価値を失っていくだろう。小さな工場は、お互いにお互いを支えている。誰かの廃業は、すなわち自分の痛手なのだ。

 

 しかも、これは日本にとっても大きな問題なのだ。

 大田区の町工場は海外輸出、外貨獲得にもっと貢献し、日本を富ますことができるはずだ。

 たとえば、自動車メーカーや大手電機メーカーから「金属をこんな形に変形させられないか」といった相談に来る場合がある。独自技術を持った町工場が「この技術を生かせば、こんなものがつくれますよ」と大手メーカーへプレゼンに行く場合もある。当然、そこから生まれた新商品も数多くある。私が言うのもおこがましいが、町工場は、これはこれで日本の財産なのだ。

 

 一般の消費者にとっては、大企業が樹木で、町工場は土の下に埋もれてなかなか見えてこない根っこのような存在かもしれない。だが、根っこが成長しない木は、あまり大きく成長できないはずだ。

 

 

どうして大田区の町工場がボブスレーのソリを作ることになったのかは、面白いところなので割愛します。

 

 30社が集まって各々部品を作り、10日後にはソリが完成している、というのも驚きですが、この計画が町工場の仲間のため、日本経済のためと思って、利益が出なくても行う筆者の、自分本位でない姿勢が素敵だなと思いました。

 

共感する人がだんだん増えてくる様子に、読んでいるこちらもわくわくさせられます。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

下町ボブスレー 東京・大田区、町工場の挑戦

下町ボブスレー 東京・大田区、町工場の挑戦

 

 

嶋田毅『[実況]ロジカルシンキング教室』

おはようございます、ゆまコロです。

 

嶋田毅『[実況]ロジカルシンキング教室』を読みました。

 

ロジカルシンキングという言葉を聞いたことはあるけど、どういうことなんだろうと思って手に取りました。

 

以下にまとめると、こんな感じです。

 

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ロジカルシンキング=論理的思考。筋道を立てて論理的に考えること。

メリット:説得力のある主張ができる。

 

ロジカルシンキングのルール:

①結論はYes/Noを明確にする

②「なぜなら」「だから」で話を展開する

③事実(ファクト)に結びつける

④論点(イシュー)を押さえ、バランスよく考える

 

ロジカルシンキングでは、局所だけを見るのではなく、全体を見て重要な「モレ」がなく判断していることがポイント。

 

※最終的な結論を支える土台は3~4つに集約すると説得力があり、分かりやすくなる。

 

●文章にするとき

ビジネスの場合で相手の気分を害さない内容であれば、最初に主張を述べるメッセージが良い。

 

最初に主張→その根拠→最後にもう一回主張を述べる。

(反論されそうなところ、質問が来そうなところには、

ファクトなりデータなりの資料を添付する)

 

●ロジカルな思考を加速させるための考え方の「型」

1.MECE/ロジックツリー(問題点と解決策を見つける)

2.マトリックス(物事を構造的に把握する)

3.フロー図(作業工程、因果関係など時間を可視化)

4.関係図(人間関係、影響力などを図式化)

5.仮説検証(仮の結論を最初に立ててしまい、検証する)

 

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文章で読んでいると、じゃあ具体的にどうすればいいのかがよく分からないのですが、こういう例です、という図があるので、理解しやすいです。ロジックツリーやマトリックスなどの図は、目にしたことが多いと思います。

用途に合わせて自在に使えれば、自分の主張に説得力が増すように思いました。

 

プレゼンや論文の際に役に立つと思います。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

[実況]ロジカルシンキング教室 (グロービスMBA集中講義)

[実況]ロジカルシンキング教室 (グロービスMBA集中講義)

 

 

 

 

 

大鐘良一・小原健右『ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』

おはようございます、ゆまコロです。

 

大鐘良一・小原健右『ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』を読みました。

 

宇宙飛行士選抜試験の厳しさも然ることながら、宇宙飛行した時に見舞われるトラブルには想像を絶するものがあります。

 

“ 折れない心 ” と聞くと、なんとなく前向きなイメージを抱きますが、宇宙飛行士に求められるそれは、まったく休息をとれないような環境下でも、自分の命が尽きるかもしれない時にも、仲間を労わる力なのかなと思いました。

 

NASAの宇宙飛行士による面接試験に挑んだ日本人のお話が印象的です。

 

 

*本番に持ち込んだ “ノート”

 

 NASAの宇宙飛行士による面接試験。これから挑もうとする安竹の手には、森先生から手渡されたノートがあった。

 

 ノートを持っていることに気づいた私たちは、安竹に声をかけた。

「宇宙飛行士になりたいという気持ちの “証拠” を、ちょっと持ってきちゃいました」

 照れ笑いしながら、安竹は語った。

「ヨウヘイ、準備が出来たよ!」

 安竹は、NASAの採用担当責任者であるロス氏に呼ばれると、表情が一気に引き締まった。そしてしっかりとした足取りで、面接室に向かった。

 

 席に座った安竹に、宇宙飛行士室長のリンゼー氏が早速、志望動機を尋ねた。

「ヨウヘイ、なぜ君は今、ここにいるんだい?」

 すると安竹は、次のように答えた。

「僕がここにいる理由は…」

 と質問を繰り返したあと、一瞬、間を置いて、

「これで説明できると思います」

 と答え、ファイルからノートを取り出し、自分の前にかかげたのである。

 そして、単語を1つひとつ選びながら、答えを続けた。

「僕が高校生だったころ、森先生という恩師がいました。その森先生が、NASAケネディ宇宙センターを訪れ、『スペースシャトルミッションズ』というNASAのビデオを持って帰ってきました。

 私はNASAが好きだったので、そのビデオを森先生から借りました。内容を知りたかったのですが、最初は英語が難しすぎて分かりませんでした。そこで日本語に訳すことにしたのです」

 帰国子女のような、流暢な英語ではない。しかし分かりやすく、聞き取りやすい。発音も明瞭で、悪くない。その他の優秀な候補者たちの中でも、際立って "伝わる” 英語を安竹は話していた。

「ビデオの発音だけをカセットテープに録音して数えきれないほど何回も聞き、分からない単語を辞書で調べて訳をこのノートに書いていきました」

 当初リンゼー氏らは、他の候補者と変わらぬ鋭い目を安竹に向けていた。しかし話を聞き、そして何よりも、ノートを見るうちに表情が明らかに柔らかくなった。

 安竹は続ける。

「すると英語が分かるようになって、宇宙飛行士の仕事も理解できるようになりました」

 当初は厳しい表情をしていたNASAの面接官たちは、いつの間にかみな微笑んでいた。なかでもリンゼー氏は身を乗り出しており、明らかに感心した様子だった。

 そして安竹のノートを見ながら、リンゼー氏は確認するように尋ねてきた。

「すると君は、ビデオ一本分のナレーションをすべて訳して、ノートにまとめたということなのかい?」

「はい。1時間ほどのビデオだったので2、3時間をかけて…」

「え! 2、3時間で終わったの?」

「あ、いや、1日2,3時間です」

 リンゼー氏と安竹のやりとりを聞いていた面接官たちはみな、笑っていた。その雰囲気は、それまで見てきたどの候補者の面接よりも温かかった。1つの答えで、場の空気をここまで変えることができるのか。私たちは驚かされた。

 そして最後に、スペースシャトルに搭乗する宇宙飛行士の採用を、第一回目から担当してきたロス氏が安竹に声をかけた。

「たぶん君は、この部屋にいる誰よりもスペースシャトルに詳しいよ」

 面接室は、大きな笑いに包まれた。

 

 

*安竹の面接が教えてくれたこと

 

 言うまでもないが、NASAの面接は、優れた志望動機だけで乗り越えられるほど甘くはない。

 NASAは、複雑な装置を扱う技術面での実績や、航空機などの操縦経験も重視しており、前に述べた「人間性」や「覚悟」だけではなく、専門性においても高いレベルを求めているからである。

 無論、これらはすべて英語で的確にアピールできなければならず、その意味で極めて難度の高い面接であると言える。

 しかし、この面接での安竹の姿勢は、どんなに厳しいシチュエーションで言葉のハンデがあっても、自らが日々積み重ねてきた努力を信じて、自信と誠意を持って伝えれば、相手の心を動かし、自らのペースに引き込む回答をすることが可能なのだということを最も分かりやすく示してくれた。

 

 

 

彼らの努力と情熱、ユーモアには本当に頭が下がる思いです。

また、選抜試験の面接時にされた質問なども興味深かったです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験 (光文社新書)

ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験 (光文社新書)

 

 

川北義則『男が人生で捨てていいもの いけないもの』

おはようございます、ゆまコロです。

 

川北義則『男が人生で捨てていいもの いけないもの』を読みました。

 

特に、何かを捨てようとか、何か変えたいとか、目的を持って手に取ったわけではなかったのですが、読んだ後、無性に片づけと倹約をしたくなりました。

 

この中に出てきた、貝原益軒の言葉が印象的です。

 

「身に奉ずること薄きを倹約とし、人に施すこと薄きを吝嗇とす」

貝原益軒(1630-1714)、江戸時代の儒学者

 

吝嗇(りんしょく)とはケチという意味です。自分のために使うお金をできるだけ我慢するのが倹約で、誰か人のためにお金を使うことを渋るのがケチなのだそうです。

 

著者は出版プロデューサーですが、ブログを拝見すると、

体調が悪く、入院しているような状況でも、「仕事に追われる身であることの幸福感」を感じる、とあり、働くことに喜びを見出している方なのだということが窺えます。

 

居住まいを正したくなる本でした。

 

最後まで読んで下さってありがとうございます。

 

男が人生で捨てていいもの いけないもの (だいわ文庫)

男が人生で捨てていいもの いけないもの (だいわ文庫)

 

 

 

 

東野圭吾『手紙』

おはようございます、ゆまコロです。

 

東野圭吾『手紙』を読みました。

会社の人と、泣ける本について話していた時、「これも泣けるよー」と言って貸してくれました。

 

お兄さんが自分のために罪を犯し、刑務所に入ったら、弟の生活はどうなるのか?というお話です。

 

本来であれば仲の良い兄弟であったと思われるのに、兄の犯した罪によって、当然のように二人の間には大きな隔たりが生じてきます。

 

印象的なのが、弟が音楽に夢中になりながらも、兄のせいでその道が閉ざされそうになる場面です。

 

 「同情じゃねえよ。おまえが刑務所に 入れられるわけじゃないんだろ。おまえのことを同情してどうすんだよ。兄貴が刑務所に入ってたら弟は音楽をやっちゃいけないっていう法律でもあるのかよ。そんなものないだろ。気にすることないじゃないか」

 

 むきになって語る寺尾の顔を直貴は見返した。こんなふうにいってくれることは涙が出るほどうれしかった。だが彼の言葉をそのまま受け取るわけにはいかなかった。

 

刑務所にいる兄の存在は、弟の人生の思いもよらぬところで、たびたびネックとなり、そのたびに物語はこじれていきます。

 

しかし、こんなに頭の良い主人公なら、自分の存在が刑務所にいる兄にとって拠り所となっていることは分かりそうなのになあ、とやきもきしながら読みました。

 

余談ですが…。

瑣末なところなのですが、主人公が彼女との間に、合意なしで子どもを授かろうとする場面を読んだ時に、なんかこの手法どこかで見たことがある、と思って引っかかっていたのですが、どこで見たのか思い出せないまま物語が終わってしまいました。

 

本書を貸してくれた同僚に聞いてみたくなったのですが、この細かいディテールについて触れると、なんだか微妙な空気が流れそうなので自重しました。

 

思い出せなくて気持ちが悪いので、つい書いてしまいました。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

手紙 (文春文庫)

手紙 (文春文庫)