ニジタツ読書

読んだ本の感想です。時々美術館のことなども。面白い本がないかな~と思ったらご参考までに。

重松清『疾走・上』

おはようございます、ゆまコロです。

 

重松清『疾走・上』を読みました。

 

お話の舞台は、以下のような場所です。

「沖」(干拓地にある集落)と「浜」(干拓以前からある集落)に分かれている日本のある町の中で、お互いはほとんど交流なく暮らしています。

 

こういう、隔たりや偏見の生まれそうな状況が、重松清の話っぽいなと思いました。

 

「浜」に暮らす主人公・シュウジと、その4つ年上の物知りな兄・シュウイチの生活を軸に、物語は進みます。

 

主人公は、世界に対し冷めた見方をしていて、いじめられたり、死にたくなったりする出来事に見舞われます。だいぶかわいそうな展開ではあるのですが、上巻では彼よりも、優等生という周囲からの評価から転がり落ち、次第に心を病んでいく兄・シュウイチの姿が辛いです。

 

世間の求めるような優秀な自分でいられなくなった兄は、家族に対して暴力を振るうようになります。

 

 

もしも自分が逃げたり抵抗したりしたら、今度はシュウイチの暴力は母親に向かうかもしれない。おまえがそう思って耐えていることなど、両親は、なにも知らない。

 

 

ここで視点が俯瞰的になるのが印象深かったです。

もう一つ、誰かを殺すということについて、シミュレートするシュウジの考え方が心に残りました。

 

 

 殺すなら、自分の人生と引き替えにしても殺すに価する相手にしたい。だが、そういう相手は、なんとなく、殺してしまいたい気にはならないようにも思う。

 

 ほんとうに憎んだり恨んだりする相手を殺すことはできるのだろうか。もし自分がひとごろしになるのだとすれば、意外とつまらない相手を、つまらない理由で、つまらないやり方で殺してしまって、それでおしまい―― になってしまうのかもしれない。

 

 

下巻に続きます。

疾走 上 (角川文庫)

疾走 上 (角川文庫)

 

 

末次由紀『ちはやふる42巻』

おはようございます、ゆまコロです。

 

末次由紀ちはやふる42巻』を読みました。

 

クイーン戦の最終準備と、前夜祭、そして決定戦の朝までのお話です。

この巻も衝撃的なことが多く、まだ頭の中でまとまっていませんが、取り急ぎ感想を書きます。

 

  • 表紙のカラーについて。

かなちゃんと千早ちゃんの背景の、緑のような青のような色がすごく好きです。

  冒頭の、かなちゃんからコートを借りるやりとりと、ファンの撮影から千早ちゃんを守るかなちゃんを見て、裏表紙折り返しの末次先生のコメントを読み、改めて表紙を見ると、二人の仲の良さがよく分かってぐっときます。

 

かなちゃんの作った十二単のお話が、会場で緊張していた千早ちゃんが新を見つけてホッとする場面の伏線になっているのが良いなあと思いました。

 

 

  • 詩暢ちゃんのお母さんが気になる。(p28)

 

「私が若宮さんの

最高の強さを引き出して

そのうえで勝ちますから」(千早。TVのインタビューに答えている)

「なんなんや

この子…

この口のきき方‼

どうやったら詩暢相手に何度も勝つとか言えるんや」(詩暢・母)

 

「千早がまたなんか言うとりました?

ははっ

いさましいなぁ。

 

言葉は大事にせんと。

言った瞬間

わかるのは

それがないことや。

勝つ勝つ言うんは

負ける人や」(詩暢)

 

 

 

このセリフを聞いた詩暢ちゃんのお母さんの表情が、ワンテンポ置いて、暗く表現されているのが引っかかりました。

詩暢ちゃんがここで言った、「声に出して言った瞬間に、それが現実には “無い” ことであると分かる」というのは、理解できます。自分としてはそうなることを望んでいて口にしているのに、それは手に入らないことは既に分かっているというような感じ。(成就しない恋愛感情とか、実現不可能な解決策とか。)

詩暢ちゃんが真意ではないことを口にしていることはよくある光景なのですが、自分が18歳のときに、ここまで “自分が口にする言葉の大切さ” を分かっていただろうか?と考えると、とてもそうは思えませんでした。

この後、詩暢ちゃんのお母さんがおばあちゃんに申し出たことはなんだったのかも、ものすごく気になります。

 

   ⚪︎ 千早ちゃんのあいさつ。(p64)

ルールを変えて貰ったことへの謝辞から始めたりと、この謙虚さ、堂々とした感じが偉いなあと思いました。読んでいて、千早ちゃんのお母さんと一緒に震えました。

新年1/5がクイーン戦なんですね。受験生には辛いなあ…。いつも勉強してて、もちろんかるたの練習もして、TVの取材まで受けるという。そんなに頑張っているというのに、まさかの展開です。

 

 

   ⚪︎ お姉ちゃんとの荷物取り替え劇。

千歳ちゃん、自分も仕事なのに唐津から夜行バスで来てくれるの、優しいなあと思って胸打たれました。(p96)

前の巻から、仲直り出来たのか気になっていましたが、姉妹喧嘩はこのエピソードの前振りだったんですね。

 

 

  ⚪︎ 山城さんへ周防さんがカクテルをご馳走するシーン。

こんなに頭が良くて、人が羨むほどの才能があるのに、かるたへの興味は無さそうな周防名人。彼は大学卒業後はどうするのか、非常に気になるところではあります。

 

前の巻からも思っていましたが、詩暢ちゃんが動画を上げることを快く思わない人がいたり、かるたのルール上の男女差を無くしたりと、登場人物たちがいっぱいいっぱいな中で、作者が伝えたいことがワッと詰まってきたように感じました。

でも世の中の困り事はこうやって、当事者たちが主体的に考えて、行動して、模索していくしかないんだと改めて思わされます。(現実的には流されて、気がつけば不本意な状況になっているのだとしても。)

 

肉まん君の血糖値のお話も好きです。

千早ちゃんの頑張りが報われますように。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

ちはやふる(42) (BE LOVE KC)

ちはやふる(42) (BE LOVE KC)

 

 

 

濱田マサル『読む美容辞典』

おはようございます、ゆまコロです。

 

濱田マサル『読む美容辞典』を読みました。

 

分厚い本ですが、ヘアメイクアップアーティストである作者の、twitterのつぶやきが元になっているので、読破するのが大変ということはありません。

ただ、どのページをめくっても簡潔なアドバイスだからこそ、気になっていることを指摘されてギクっとしたり、これは心掛けようと思わされることがちょいちょいありました。

 

本書の中で、私が頑張りたいと思ってチェックした項目は以下の通りです。

 

 

37 (紫外線対策:サングラス、日傘、日焼け止めは、シミ対策 “三種の神器” 。)

 

紫外線が目に入っても

シミはできてしまいます。

通年、サングラスやUVレンズ眼鏡を!

白目も日焼けしてくすむので、

コンタクトの方は、サングラスかメガネも必須!

 

 

通年…っ!厳しい…。

 

 

 

 70 (メイクの基本)

満員電車、エレベーター、トイレ…。

たいがい照明が暗いので、

どうしても肌が汚く見えてしまいます。

そういう場所でのメイク直し、メイク施しは

厚塗りになる傾向があるので要注意です。

 

 

「メイクやメイク直しは、できるだけ明るいところでしましょう。いちばんいいのは、青とオレンジの光が混ざっている場所。晴天の青空の下も、実は肌が青く見えるので気を付けましょう。」

NGな場所が多いですね。

 

 

120 (ヘアケアの基本)

頭皮マッサージ

毎日2分できたら上等。

特に寒い冬の頭皮は、血行不良で

乾燥または、皮脂過多になります。

お風呂での頭皮マッサージで血行促進を!

 

 

具体的なやり方は、次の通り。

「熊手のように指を開いて、指の腹を頭皮に密着させる。そのまま頭皮を動かす感覚で、耳まわりから後頭部、さらには頭頂部へと少しずつ移動させていく。その際、頭皮をこすらず、揺り動かすようなイメージで行って。心地いいくらいの力加減で行うことが大切。」

 

 

184 (美人とは)

キレイになる時

大切なのは

努力する事!

開き直り、言葉まで不細工にならない事。

言葉が不細工になると

顔に出る。

 

 

「同じ言葉でも、言い方次第でまったく別のものになります。話し方がちょっとゆっくりめで丁寧な人は、キレイな人に見えますよ。」

う~ん、耳が痛い。

 

他にも、冷えに効く入浴剤のおすすめなどもあり、面白かったです。

お化粧に特化していないところが好感が持てました。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

 

「読む」美容事典

「読む」美容事典

 

 

あさのあつこ『福音の少年』

おはようございます、ゆまコロです。

 

あさのあつこ福音の少年』を読みました。

 

主人公の少年・明帆が、お付き合いをしていた同級生・藍子の死に疑問を抱き、彼女の幼馴染の陽と真相を探るお話です。

 

交際中の16歳の二人がいきなりギクシャクしているので、読んでいるこちらも何となく身構えてしまいます。

 

 

  無様なことだ。藍子に憐れまれたことではなく、憐れまれて、羞恥も怒りも感じないことを無様だと思う。自尊心の欠片もないのかと、自分を嘲笑(あざわら)いたくなる。

 

  他人に思いを馳せられない者は、自分を尊ぶこともまた、できないものなのだろうか。

 

  束の間、明帆は、思いあぐねる。

 

 

自尊心の欠片もないというよりは、そんなに藍子さんに思い入れがないのかな、と思ってしまう言い分です。

 

物語が進むと、最初の頃よりは、主人公にポジティブっぽい雰囲気が漂ってきます。

 

 

 

  呼ばれて秋庭は、答える代わりに視線を明帆に向けた。この人は幾つなんだろうと唐突に思った。たぶん、父親とそう変わらない年齢のはずだ。この人の歳になるまでに、おれは何ができるだろう。

 

   それもまた、唐突な思いだった。

 

   秋庭と自分の間に横たわる何十年という時間は、何をもたらし、何を奪っていくのか。何かを成し、何かを失い、創り、壊し、身体と精神の変容を抱え生きていく…未来を夢見るとか将来を見据えるとか、そんな意見ではなく、明帆は、今この時から先へと延びる自分の時間に心を馳せてみたい。ほんの一瞬だったけど、そんな思いに囚われた。

 

 

もう一つ、戦争に対するあさの先生の考え方なのかな、と思われる記述があり、そこが好きです。

 

 

 戦闘に深く巻き込まれた者の中で、一番に損傷し、麻痺していくのは、引き金を引く指でも、逃げ惑うための脚でもない。人間であることだ。人を人たらしめていること。倒れた者を抱き起こす、他者を愛する、弱いものを庇う、包み込む。(中略)…人の内にある人としての存在証明の箇所がまず、真っ先に損なわれ、麻痺していく。破壊され、腐り、狂っていく。

 

 

『バッテリー』を読んだ後にこの本を手に取ったら、同じ作者なの?と思ってしまうくらいの驚きがあると思います。

孤独を感じるお話でした。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

 

福音の少年 (角川文庫)

福音の少年 (角川文庫)

 

 

ジョン・クリストファー『トリポッド ②脱出』

おはようございます、ゆまコロです。

 

ジョン・クリストファー、中原尚哉(訳)『トリポッド ②脱出』を読みました。

 

1巻から100年ほど経った世界で、地球が侵略者であるトリポッドに征服されたあとの物語です。

物語では人々はある年齢まで成長すると、キャップと呼ばれる帽子を被せられ、トリポッドの支配を受けるようになります。

 

主人公ウィル・パーカーは、キャップによる洗脳が上手くいかず、精神に異常をきたした者(作中でははぐれ者と呼ばれている)を装って、反抗する意思のある若者を探している男オジマンディアスと出会ったことをきっかけに、トリポッドの支配から逃れる道を探します。

 

1巻の主人公と比べると、時折その気持ちに同調できないところもある主人公なのですが、語り口は時々ドキッとするものがあります。

 

 

 来年戴帽式(=キャップを被せられること。ゆまコロ注)を迎えるぼくが、こんなふうにはぐれ者に興味をもつのは、悪い兆候に見えるのだろう。そんなのばかばかしい。でも、他人のやることをいちいち愚行だと怒る人間は、自分自身が愚行を犯しやすいものなのだ。

 

 

ほんとに13歳?達観した突き放しです。

こんな言葉もあります。

 

 

ワートンでは、子どもと大人の境界はもっとはっきりしていた。大人はみんな他人だった。両親でもそうだ。そんな大人たちを、ぼくは尊敬し、恐れ、愛しさえした。でも、この城の人々とほど親しくはなれなかった。

 

 

良い悪いはともかく、ウィルは自分と他者との間に、自分の方から距離を置くことから対人関係をスタートさせそうな感じを受けます。

 

侵略者に反抗する仲間を見つけ、次巻ではいよいよトリポッドが何者なのかに迫ります。

1巻の主人公のままだったらな…と思わなくもないのですが、楽しみです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

トリポッド〈2〉脱出 (ハヤカワ文庫SF)

トリポッド〈2〉脱出 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 

エーリッヒ・ケストナー『一杯の珈琲から』

おはようございます、ゆまコロです。

 

エーリッヒ・ケストナー、小松太郎(訳)『一杯の珈琲から』を読みました。

 

物語の主人公の日記を預かり、それを本にすることにした、と断って話が始まる冒頭に、ケストナーっぽさを感じます。

 

主人公ゲオルグの、5つの仕事部屋に、机、椅子、インキ壺、原稿用紙のブロック、カレンダーがそれぞれ5つある、というくだりがあるのですが、その様子を想像するとなんだか無性にわくわくしてきました。

 

ドイツとオーストリアが舞台の話なのですが、本書では

「国境を越える者は、特別な許可がない限り、月々十マルク以上持ち出すことが許されない」というルールがあります。

 

主人公はその規定に則り(?)、ライヘンハル(ドイツ)では大名暮らし、ザルツブルグオーストリア)では一文無しという生活を送ります。

(具体的には、ドイツで食事と睡眠をとって、オーストリアで芝居を観ています。)

 

このルールが読んでいるうちにごっちゃになってきて混乱しました。

そうこうしているうちに、主人公はヒロインのコンスタンツェと結婚し、「あ、ハッピーエンドなんだ」と思って終わりました。

 

タイトル通りおしゃれな感じの話なのですが、ケストナー第二次世界大戦中のドイツでこのお話を書いたと思うと、不思議な感じがしました。

コーヒーを飲みながら、じっくり読むのがいい本なのかもしれません。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

一杯の珈琲から (創元推理文庫 508-3)

一杯の珈琲から (創元推理文庫 508-3)

 

 

 

 

プラープダー・ユン『地球で最後のふたり』

おはようございます、ゆまコロです。

 

プラープダー・ユン、吉岡憲彦(訳)『地球で最後のふたり』を読みました。

 

バンコク出身の作者はタイ王国で兵役に就いた後、小説を書くようになったそうです。

本書は同じタイトルの映画の脚本です。

 

バンコク日本文化センターで働く主人公・ケンジ(日本人)と、タイ人ノイのラブストーリーです。

 

2人の会話の中で、好きな場面はこちらです。

 

 

ケンジはノイのほうを向いて訊ねた。

「ユー・サッド?(寂しい?)」

空はすがすがしく晴れ渡っている。

「エブリバディ・サッド・サムタイム(誰でも時には寂しいもの)」

 

 

 

やくざ達とノイの彼氏がすれ違って、うまくピンチを切り抜ける場面も好きです。

タイってこんなに麻薬が出回っている国なの?と思って怖くなりますが。

 

ケンジには、自殺願望があるのですが、どうして彼がそこまで死にたいのか、読者には最初から最後まで分からずじまいです。

 

なので、物語の終盤になって、ケンジが積極的に生きようという姿勢が見られると、良かった~という気持ちになります。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

地球で最後のふたり

地球で最後のふたり