ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

データで克服する財政難。『マネー・ボール』を読んで

こんばんは、ゆまコロです。

毎日寒いですね。

WBCが楽しみなので、なにかテンションを上げる野球の本が読みたいと思い、マイケル・ルイスさん、中山宥さん(訳)『マネー・ボール(完全版)』を読みました。

 

以前映画を観たことがあり、かなり好きな話なのですが、映画とは全然違っていてちょっと意外でした。

映画では主人公のビリーのGMとしての仕事や私生活を中心に物語が進んでいきますが、原作ではそれ以外の登場人物がしっかり掘り下げられていて、とても良いです。

 

 ロン・ワシントン(通称ワッシュ)は、アスレチックスの内野守備コーチを務めている。現役時代ミネソタ・ツインズにいて、ビリー・ビーンといっしょにプレーしたことがある。ただ、そのよしみでコーチに就任したわけではなかった。選手の向上心をかきたてるのが天才的にうまく、かといって、うぬぼれたりしない。そこを買われたのだった。ワッシュの仕事は、ビリー・ビーンが春季キャンプに送り込んでくるとんでもない集団を指導し、開幕日までにひととおりの基礎訓練を終えることだ。ビリーが送り込んでくるとんでもない集団とは―――少し説明が必要だろう。この球団のゼネラルマネジャーは守備能力にあまり金を使うつもりがない。だから、選手は誰もかれも、出塁率が高いけれど守備はさっぱりだめ、という連中なのだ。グローブをつけてもつけなくても同じではないか、とワッシュが首をひねることも多いらしい。いっそ、バットを持って守備について、打球を打ち返すほうがましかもしれない。

 スコット・ハッテバーグを先発一塁手に仕立て上げるまで、ワッシュに与えられた時間は約六週間だった。アリゾナ州の練習場で、ゴロを捕る訓練を繰り返し、フットワークを教えようとした。当時の忌まわしい記憶をたどって、のちにワッシュはこう語る。
「彼が一塁に向かないことはすぐわかった。かかとをべったり地面につけて立っていた。どう動いて、なにをどうすればいいのか、まったくわかっていなかった。『おれの守備範囲内にボールが来ないでくれ』と思っているのがみえみえだった。観客席のファンに『ぶざまな奴!』となじられるようなことばかりする。だけどしかたないだろう?一塁の守備についてまるっきり知らなかったんだし。それにまあ、ファンになじられて当然だ。ほんとに、ぶざまだったんだから」
 しかしハッテバーグの面前では、そんな思いはおくびにも出さなかった。まず、ハッテバーグに自信を持たせなければいけなかった。自信を持てるほどの守備ではないにしても……。
(中略)
 最初、ハッテバーグの守備はぎこちなかった。ベースに着いて一塁送球をキャッチするという、いちばん基本的な動作にさえ苦労しているようすだった。「はたから見ると簡単そうかもしれないが、実際はなかなか難しい。ほんとだよ」と彼は言う。捕手だったときにくらべて、時間が早回しになっているように感じた。鋭い打球をショートやサードがつかんで、一塁へ送る。しかし、ハッテバーグはベースに着くのが間に合わない。うしろの足はどこだ?ちゃんとベースを踏んでいるか?観客に笑われていないか?簡単なポップフライを見失って、本拠地の広いファウルゾーンをうろつくうち、一〇メートル遠くに球が落下する。「フライをたくさん落したけど、エラーに見えなかったかもしれない。あんまり遠くに落ちたから」

 だが、やがて変化が表れた。何度も守っているうちに、だんだん慣れてきたのだ。六月が終わるころには、笑顔でこう言えるまでになった。「春季キャンプのときといまとじゃぜんぜん違う。ゴロがころがってきても、血圧がはね上がらなくなったんだ」

 なによりワッシュのおかげだった。ワッシュがいわば頭のなかに住みついた。ハッテバーグ自身がそれを望んだといっていい。どんな当たり前のプレーだろうと、プレーをひとつするたびに、ベンチへ戻ったあとワッシュに感想をたずねた。ワッシュに評価してもらうと、なにやら自信がわいてくる。いまのプレーは落第レベルだなとがっかりしていても、ワッシュの言葉を聞くうちに、ぎりぎり合格点だったような気がしてくる。そのうえ、回を重ねるごとによくなっていくように思える。「しごく当然のプレーでも、おれにとっては当然じゃない。ワッシュはそうわかってくれていた」

 おだてられて、実際以上にいいプレーをしたような錯覚に陥っているうちに、やがて本当に、以前よりいいプレーができるようになった。本拠地<ネットワークアソシエイツ・コロシアム>は、一塁とダグアウトがかなり離れている。にもかかわらず、ハッテバーグがゴロを拾い上げるたびに――普通の一塁手なら目をつぶってもできるプレーなのに――ワッシュの大声がハッテバーグの耳まで届く。

「いいぞ、ゴロさばき機械(マシン)!」

 ハッテバーグが、ダグアウトのワッシュを見やる。その意気揚々たる顔に、こう書いてある。

《おれは、ゴロさばき機械(マシン)!》

 並たいていの一塁手より運動神経がすぐれているんじゃないのか、とハッテバーグは思い始める。実際、そうなのだ。妙な気負いが消えて、打球よ飛んでこいという意欲が出てくる。リラックスしてくる。自信がみなぎってくる。

 

 捕手だったころは、相手チームの打者に話しかけるのが楽しみだった。一塁手も、ほかの野手より会話の機会に恵まれている。いや、その点では、キャッチャーよりもっと都合がいい。キャッチャーだと、主審がすぐそばにいるし、ファンやカメラの注目を浴びている。一塁なら、いくらでもしゃべれる。

(P256)

 

長年キャッチャーを務めてきた選手が一塁につくということが、どのくらい困難なことなのか、野球をしたことのないゆまコロには分からなくて申し訳ないのですが、それでもこのワッシュとハッテバーグの練習の様子は好きです。

一球団から古絨毯のように買いたたかれ、二八球団から完全に無視されていたのに、なぜか一球団だけ、熱烈に欲しがってくれた。不幸から幸福へ、そしてまた苦難に陥り、そこから抜け出していく。いいですねぇ。でも、ハッテバーグのメジャー初日はもっと印象深いお話になります。

 

 どんな打者にも弱点がある。メジャーでたびたび打席に入れば、研究されて、そのうち弱点がばれてしまう。「ばれたら最後、修正するか引退するしかない。打者の弱みを見抜けないピッチャーなんて、メジャーにはいないんだから」適応できなければ、淘汰される。もしボール球に手を出す癖がある場合、それを埋め合わせるよほどの取り柄がないかぎり生き残れない。ハッテバーグはさらに一歩突っ込んで考え、「たとえストライクだろうと、自分が不得意な球に手を出す打者は生き残れない」と肝に銘じている。「もしおれがバットをただ振り回すだけの選手だったら、メジャーに入るはるか前に淘汰されてしまったと思う」それぞれの投手について、自分はどの球が打てるかを調べ、その球が来るのを待つ訓練をした。自分は何ができるかだけでなく、何ができないかを頭に入れた。打てない球はどれなのか。

 

 ビリー・ビーンは、自分がメジャーリーグに向いていないことを悟った。スコット・ハッテバーグは、自分がメジャーリーグに向いていることを実感した。一九九五年のシーズン終了が押しせまったころ、ハッテバーグは初めてメジャーに昇格できた。すでに地区優勝チームが決まっており、レッドソックスは敵地ヤンキースタジアムで消化試合をすることになっていた。レッドソックスヤンキースとなると、べつに消化試合ではなくても結果は目に見えている。ハッテバーグは、ブルペンで控えピッチャー相手にマスクをかぶる予定だった。試合に出場するはずではなかった。しかし、とりあえず早めに球場に着いた。ヤンキース一塁手ドン・マッティングリーの打撃練習を見逃したくなかったからだ。試合そのものはひどかった。レッドソックスはたちまちリードを許した。ヤンキースのデイビッド・コーン投手が八回表まで二安打ピッチングで、スコアは〇-九。ここでレッドソックスの監督がブルペンを呼んで、ハッテバーグを代打に出すと告げた。ハッテバーグは急いでバットを引っさげ、打席に入って一塁方向を見た。ドン・マッティングリーと視線が合った。

 

 ハッテバーグは、もちろん初球を見送った。ボールワン。二球め、ボールツー。きょう、マウンド上のコーン投手は絶好調だ。三球めはストライクゾーンへ投げてくるにちがいない。予想どおりストライクが来た。「思わず力んだ」結果はファウル。四球めはきわどく外れて、ワンストライク・スリーボール。打者有利のカウントだ。ここでヒットを打てばボールをもらえるな、とハッテバーグは思った。メジャー初安打の記念ボール。しかし一方で、こうも考えた。あと一球ボールだったら、マッティングリーのところに行ける!メジャーデビューの打席だというのに、ハッテバーグは四球を選ぶことを意識したわけだ。

 

 が、四球を許すまじと、コーン投手はストライクゾーンに投げ込んできた。カウント稼ぎの甘い内角直球。ハッテバーグが“ハッピー・ゾーン”と呼ぶ、得意のコースだった。快音を残して、ボールはライトフェンスの上から10センチに当たり、外野を転々とした。ヤンキースポール・オニール右翼手二塁打だと覚悟した。ハッテバーグは無我夢中で一塁ベースを蹴り、オニールがゆっくりと球に追いつくのを確認しながら……ドン・マッティングリーに気づいた。視界の真っ正面にマッティングリーがいた。二五歳のメジャーデビューだから「初安打だ!やった!」という思いで頭がいっぱいになっていてもおかしくない。しかしハッテバーグの脳裏には別の声が響いていた。「おい、どこへ行くんだ?」一塁を回ったところで急停止して、子供時代のヒーローのそばへ戻った。「どうも、こんにちは」とハッテバーグは言った。

 

 その瞬間、実況を担当していたボブ・コスタスとボブ・ユッカーは、何が起こったのか理解に苦しんだ。このルーキー、二塁打をシングルヒットにしちゃいましたねえ。まあ、新人にミスはつきものですが……。「おい、おまえ、二塁ベースの場所を教わらなかったのか?」とマッティングリーが不思議そうな顔できいた。ハッテバーグは、続く数分間――ダイヤモンドを一周してレッドソックス唯一の得点を上げるまでのあいだ――を、ファン・アイクの絵画なみに細かく記憶している。マッティングリーがハッテバーグの背後に近寄り、盗塁を警戒するふりをしてからかった。おいルーキー、おれと同じぐらい足が速いんだろ?おいルーキー、ブレーキを点検したほうがよくないか?

 

 数週間後、マッティングリーは引退した。二人が顔を合わせる機会はそのあと二度となかった。

 緊張するはずのメジャー初日でさえ、ハッテバーグは長所をいかんなく発揮したことになる。リラックスして、試合のペースをゆるめ、自分のほうに引き寄せる。性格とプレーがじつに一体化している。いや、彼の場合、性格を生かすことが必要なのだろう。プロなのだからお気楽な態度をあらためるべきだ、と非難するのはおかしい。 

(p268)

 

「それぞれの投手について、自分はどの球が打てるかを調べ、その球が来るのを待つ訓練をした。自分は何ができるかだけでなく、何ができないかを頭に入れた。打てない球はどれなのか。」プロとしての尋常でない努力が伝わってきます。

ハッテバーグが子供時代の頃のヒーローと言葉を交わせたのは、これが最初で最後だったなんて。同じ舞台に立つことができても、接点があるとは限らないんですね。

 

試合中ずっと椅子に腰かけて、コーヒーをがぶ飲みし、初めて会った男と雑談していた。男は、バット製造会社のセールスマンだった。ハッテバーグは、見せられたバットを一本、手に取った。楓(かえで)でできた艶やかな黒いバットで、細い部分に白い線が一本入っていた。感触が気に入った。

 大半の選手と同様、ハッテバーグはマイナー時代に、有名なバット製造会社〈ルーイビル・スラッガー〉と契約した。公式試合では同社製以外のバットは使わない約束だった。しかし今夜はどうせ打席に立たないはずだから、どうでもよかった。スコアが11-0になった時点で、きょうの出番はぜったいないと信じ込み、見本にもらった黒いバットを両膝ではさんで、コーヒーを四杯、胃袋に流し込んだ。
 九回裏、スコアは11-11のままだった。 マウンドにはロイヤルズのクローザー、ジェイソン・グリムズリーが現われて、お得意の高速シンカーを連投した。ジャーメイン・ダイが右翼にフライを打ち上げて、まずワンアウト。テレビカメラがアスレチックスのダグアウトをなめる。選手たちは、すでに負けたかのように悄然(しょうぜん)としている。この先もういいことは起こらないと思い込んでいるふうだ。
 そのときハウ監督が、スコット・ハッテバーグにバットを持てと命じた。 代打起用。ハッテバーグはあわてて、誰だかよく知らない男にもらったバットを握りしめた。バット会社との契約に違反することになるが、しかたない。

 グリムズリーとはつい二日前にも、やはり同点の九回裏に対戦している。そのときは塁に走者がいたことだけが違う。今夜、ハッテバーグはビデオを見る必要がなかった。グリムズリーの決め球はわかっている。一五五キロの速球だ。二日前のグリムズリーは、六球連続で外角低めに高速シンカーを投げてきた。ツーストライクを取られたあと狙い打ちしたものの、弱いセカンドゴロに終わってしまった(続く打者ミゲル・テハダがセンターへサヨナラ安打を放った)。きょうは借りを返す番だ。前回、六球見た。球筋はつかめている。遅めのシンカーにはできるだけ手を出さないほうがいいこともわかっている。
 ツーストライクを取られるまで、ゾーンから外れた低めの球はぜったい振らないぞ、とハッテバーグは心に誓った。ぎりぎりまで狙い球を待とう。高めがいい。高めを二塁打できれば、スコアリングポジションに行ける。
 ハッテバーグは、いつもどおりオープンスタンスで構え、契約違反の黒いバットを何度かストライクゾーンで往復させた。 ティーショットを打つ前のゴルファーのように……。
 グリムズリーが捕手のサインを見る。ふてぶてしい表情。投球動作に入ったとき、その顔に不敵な笑みがよぎった。蠅の羽根をむしって楽しむ少年のような笑みだった。テレビの視聴者はぎくりとしただろう。だが、ハッテバーグはグリムズリーの顔など見ていない。手からボールが離れるであろう場所を凝視していた。タイミングを取るため、一球だけ見送るつもりだった。一球見送れば、その次あたり、高めのストライクゾーンに来るかもしれない。初球は見送れ、と何度も自分に言い聞かせた。この年"初球を振らない率"リーグナンバーワンになる男が、いつになく自分に言い聞かせなければいけなかった。コーヒーを飲みすぎたせいかもしれない。
 見送った初球は、わずかに低くボール。グリムズリーがまた、ふてぶてしい顔で投球モーションに入る。二球め。また速球だが、高めのストライクゾーン。ハッテバーグは鋭く振り抜いた。球がバットの芯と出合い、はるか右中間へ一直線に飛んで行く。
 ハッテバーグは前傾姿勢で地面を蹴った。まるで緩いサードゴロを打ったときのように、全速力で一塁をめざす。グリムズリーが地団駄ふむ姿は、目に入らなかった。五万五〇〇〇人の歓声が爆発したのも聞こえなかった。一塁手が早くもベンチに向かって歩きだしたことも、野球殿堂の担当者が飛び出してきてバットを拾おうとしていることも気づかなかった。スコット・ハッテバーグはただ、漆黒の夜空高く舞い上がった球を見つめながら走った。
 球はフェンスを越え、スタンドの上段に突き刺さった。右中間深くにある110メートルの標示より、さらに一五メートルほど奥だった。球がもうグラウンドに戻ってこないとようやくわかったとき、スコット・ハッテバーグは両手で万歳をした。うれしいというより、信じられなかった。 一塁を回り、自軍のベンチを見やった。そこには誰もいなかった。選手全員がグラウンドへなだれ込んでいた。胸の奥から幸福が突き上げてきて、ハッテバーグはチームメイトに大声で叫んだ。「おれはやったぞ!」ではない。「おれたち、やったぞ! 勝ったぞ!」そう叫びながら、五メートル走るごとに一歳若返り、本塁へ戻ってきたときには少年になっていた。


 ものの数分後。監督室にふたたび現われたビリー・ビーンは、早くも平静に戻って、わたしに目でこう語りかけた。しょせん、ただの一勝さ。
(p390)

 

「きょうは借りを返す番だ」と言って、本当にその通りに返しちゃうのがすごい。こういう起用の時、舞い上がっちゃわないのが、練習の賜物ということなのでしょう。地味なことをひたすらやり抜く力の大切さが分かります。

 

ジョン・ヘイリーからの仕事のオファーを引き受けてまる二日後、ビリーはどうしようもなく苛立ち、眠れなくなった。五月にアスレチックスがブルージェイズに三タテを食らったときのように……。ビリーはたいがいのことについて素晴らしい決断力を発揮するが、自分自身のことになると、急に身がすくんでしまう。ジョン・ヘンリーのもとで働くのは楽しそうに思えた。ジョン・ヘンリーはビリーの価値を認めている。ただ、はるか彼方の街に腰を据えて、新しいオーナーに仕えるというのは、簡単な話ではない。五日前、こんどの移籍は金ほしさのためではない、とビリーは自分を納得させていた。が、もちろん、レッドソックスが大好きだからでもない。ではいったい何が理由なのだろうか? そうだ、自分の実力を世に示したいのだ。独自の才能を、誰かに具体的な物差しで示してもらい、裏付けしてもらいたいのだ。その物差しとは?――やっぱり、金ではないか。
 ビリーは壁にぶつかった。マスコミその他はいっせいに、ビリーがもうすぐメジャー最高額のゼネラルマネジャーになるだろうと報じている。もうそれだけで、ビリーの真価は世の中に知れわたった。改めて証明する必要がなくなってしまった。ということは、仕事を引き受ける理由は、金だけということになる。
 翌朝、ビリーはジョン・ヘンリーに電話して、ゼネラルマネジャーの職を辞退した。さらに数時間後、報道陣を前に、本当は明かしたくなかった真実をぶちまけた。「わたしは、金のためだけに決断を下したことが一度だけある。スタンフォード進学をやめて、メッツと契約したときだ。 そしてわたしは、二度と金によって人生を左右されまいと心に決めたんだ」
 ビリーはそのあとも理由をいろいろ並べたが、どれひとつとして論理的でもなければ“客観的”でもなかった。しかしつまるところ、それがビリーなのだった(その後、レッドソックスゼネラルマネジャーにはセオ・エプスタインが就任することになった。二八歳のエール大学卒業生。 野球経験はない)。


 五日ほど経って、ビリーはまたアスレチックスのオフィスに腰を落ち着け、どうやったら次もまたプレーオフに進出できるか模索し始めた。かたわらには、もとどおりポール・デポデスタがいた。
ただ、ビリーの心に、ひとつだけ大きな不安が残った―――本当には誰にも理解してもらえないのではないか? いつの日か、ポールとふたりでさらに効果的な方法を見つけて、少ない資金で輝かしい球団を生み出すかもしれない。が、ワールドシリーズの優勝記念指輪をひとつかふたつ持ち帰らないかぎり、誰も気にかけてくれないだろう。そしてもし優勝できたとしても――自分には何が残るのだろうか? ゼネラルマネジャーのひとりとして一時もてはやされ、やがて忘れられる。たとえほんの一瞬でも、自分が正しくて世界が間違っていたのだということは、誰にもわかってもらえない……。
(p417)

 

お金に人生を左右されたくないけど、自分の実力を世に示したい。実力を認められているから、多額のお金でレッドソックスへ移籍することになったのならば、それはそれでいいではないかと思ってしまいますが、ビリーの中ではそうではない、というのがいいですね。

選手として打席に立った時は、感情を爆発させていたビリーなのに、選手を探す時は努めて冷静で、自分とまったく異なるタイプの選手を評価している姿が素敵です。

 

ところでビリーを補佐したポールは、どうして映画のときと名前が異なっているんだろうと思っていましたが、その理由が「映画化にあたり、あまりに自分とは異なる外見の俳優がキャスティングされたこと、データおたくのようなキャラの描かれ方に納得できず、実名の使用を拒否している。」とウィキペディアにありました。

 

他人は変えられないけど、適材適所に配置すれば能力を発揮することが出来る。目標のために数値化する方針は、一般企業でも学ぶものがあるように思いました。

 

早く季節が巡って、野球のシーズンが来るのを楽しみにしています。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。