ニジタツ読書

読んだ本の感想です。胸に刺さった言葉をご紹介します。時々美術館のことなども。

ポール・オースター『冬の日誌』

おはようございます、ゆまコロです。

 

ポール・オースター柴田元幸(訳)『冬の日誌』を読みました。

 

 より繊細な、より美しく、最終的にはより充実感のあるゲーム― もっとも暴力的でないスポーツたる野球の技能を君は着々と身につけていき、六つか七つのころから没頭するようになる。キャッチして投げる、ゴロをさばく、何アウトかランナーが何人どこに出ているかに応じて試合中それぞれの瞬間どこに構えるべきかを学ぶ。ボールが自分の方に飛んできたらどうすべきか前もって知っておく― バックホーム、二塁に投げる、ダブルプレーを狙う、あるいは― 君はショートなので― シングルヒットが出たときにレフトへ走っていってからぐるっと回って長い中継スローをしかるべき位置に投げる。野球が嫌いな人間にはわかるまいが、退屈な時間は一瞬たりともない。つねに先を予期し、つねに万全の態勢で待ち、頭の中ではいろんな可能性がぐるぐる回っていて、それから突然動きが生じ、ボールがぐんぐん君めがけて飛んできて、為すべきことをきっちりやる切迫した必要が生じる。それを為すにはすばやい反射神経が必要だ。君の左か右かに転がってきたゴロをすくい上げ、一塁めがけて全力で正確に投げる、そのえも言われぬ快感。だが何より快いのは、ボールを打つ快感だ。構えに入り、ピッチャーが振りかぶるのを見守り、来たボールをしっかり捉えて打つ。ボールがバットの芯と出会うのを感じ、その音をまさに耳にしながらスイングでフォローし、ボールが外野深くに飛んでいくのを見る。何ものにも変えられない感触、その瞬間の高揚に迫るものなどありはしない。時とともに君はますます上達したから、そういう瞬間は数多く訪れたし、君はまさにそれらのために生き、この無意味な子供の遊びに心底没頭した。あのころはそれこそが君の幸福の頂点だったのであり、君の体が何よりも上手に為したものだった。

(p33)

 

オースターの書く野球についての文章は楽しいものが多いですが、これはその中でもかなり幸せな感情が込められているように感じました。

この後出てくる、オースターのお母さんがホームランを打つ場面もスカッとします。

 

この犬はもう二年かそれ以上、君の生活の一部でありつづけていて、君は彼のことが大好きだ。冒険を好み、車を追いかけることに異様な情熱を燃やす元気一杯の若いビーグル犬。すでに一度車に轢かれていて、そのとき左の後ろ足をひどく傷めたのでもうこの脚は使えなくなっており、いまや三本脚犬である。奇妙な、使えぬ脚をぶらぶらさせている、海賊みたいな空威張り犬だが、障害にはちゃんと適応していて、三本しかなくとも近所のどの四本脚犬より速く走れる。かくして君は二階の部屋でベッドに入っていて、不具の飼い犬は裏庭のケーブルにしっかり繋がれているものと信じている。と、突然大きな音がいくつも続けざまに生じて静寂が破られる。君の家の前でタイヤがキキーッと鳴る音がして、すぐそのあとに甲高い苦痛の吠え声が生じる。それは苦しんでいる犬の吠え声であり、その声からしてそれが君の犬であることを君はただちに悟る。君がベッドから跳ね起きて外に飛び出すと、そこに悪ガキ(ブラット)、怪物(モンスター)がいて、「一緒に遊びたかった」から犬のリードを外したのだと君に告白する。そしてそこには車を運転していた男もいて、ひどく動揺し狼狽した様子で、周りに集まった人々に向かって、仕方なかったんです、男の子と犬が道の真ん中に飛び出してきて、子供か犬かどちらかにぶつかるしかなかったんでハンドルを切って犬にぶつかったんですと言っている。そしてそこには君の犬がいる。君のおおむね白い犬が、黒い道路の真ん中で死んで横たわっている。彼を抱き上げて家の中に運び入れながら君は心の中で言っている。違う、あの人は間違ってる、犬じゃなくて子供にぶつかるべきだったんだ、あいつをぶっ殺すべきだったんだ。その子が君の犬に対して為した仕打ちに心底憤る君は、誰かが死んだらいいのにと生まれて初めて自分が願ったことに思いあたる余裕もない。

(p37)

 

本書が始まってしばらく、オースターが子供時代に経験した怪我のお話が続き、痛々しくて挫折しそうになりましたが、その怪我の数々も、この体験に比べればましに思えてきます。

 

 いつも迷子になって、いつも間違った方向に進んで、いつもぐるぐる同じところを回っている。君は生涯、空間における自分の位置を見定める能力を欠いてきた。どこよりも把握しやすい都市であるはずの、そして大人になってからの大半を過ごしてきたニューヨークにいても、しじゅう面倒な事態に君は陥る。ブルックリンからマンハッタンへ地下鉄で出かけるたび(正しい列車に乗ったのであってブルックリンのさらに奥へ入り込んではいないことが前提だが)、階段を上がって通りに出た時点で君はかならず立ちどまり、方向を確認する。それでもなお、南へ行くはずが北へ行ってしまい、西へ行くはずが東へ行ってしまう。かならず間違うのだからと、自分の一枚上を行くつもりで、やるつもりだったことの反対をわざとやって右の代わりに左へ行き、左の代わりに右へ行ってみても、やっぱり間違った方向へ行ってしまう。どう調整しても駄目なのだ。森を一人でさまようなんて論外である。何分も経たぬうちにすっかり迷子になってしまう。屋内であっても、知らない建物へ入るたびに間違った廊下を歩き、間違ったエレベーターに乗ってしまう。レストランのような、もっと小さい閉ざされた空間でも、食事するエリアが複数あると、トイレへ行って戻ってくるたびに間違った角を曲がってしまい、自分のテーブルを探して何分も費やす破目になってしまう。決して狂わぬ内なる羅針盤を持つ君の妻をはじめ、ほかの人たちはだいたい、どこへ行っても何も苦労しないように見える。自分がいまどこにいるか、いままでどこにいたか、これからどこへ行くのか、みんなきちんとわかっている。だが君は何もわかっていない。君は永久に瞬間の中に、一瞬一瞬君を呑み込む空(くう)の中に埋もれていて、真北がどっちなのかわかったためしがない。君にとって東西南北の方位点は存在しない。いままで一度も存在したことなどない。これまでのところは小さな欠点と片付けてこられたし、取り立てて劇的な結果が生じてもいないが、いつかある日、うっかり崖っぷちの先へ歩いていってしまわないという保証はどこにもない。

(p53)

 

レストランでトイレに行って戻ってくると、自分の席がどこだったか分からなくなること、結構あります。私もかなりの方向音痴なので、この文章はかなり共感できました。

 

 二イニング目、打順が回ってきた彼女の打ったボールがレフトのはるか頭上を越えたとき、君はもう嬉しいを通り越して、ただただ唖然としていた。デン・マザーのユニフォームを着た母親がベースを一周し、ホームに帰ってくる姿がいまも目に浮かぶ。母は息を切らして、ニコニコ笑い、少年たちの喝采を一身に浴びている。君の少年時代の母をめぐって持ちつづけているすべての記憶の中で、いまも一番頻繁によみがえってくるのがこの瞬間だ。

 

 彼女はたぶん美人では、古典的な意味での美人ではなかった。けれど、部屋に入ってくると男たちが思わず見とれるような魅力、華やかさは十分にあった。純粋な意味での端麗さ、実際に映画スターであるかどうかは別としてある種の女性が有している映画スター的端麗さはなくても、彼女はそれを、特に若い時期、二十代後半から四十代前半あたりまでは、華麗なオーラを発散させることで補っていた。身のこなし、姿勢、エレガンスの神秘的な組み合わせ、着ている人間の官能性をほのめかしはしても過度に強調はしない衣服、香水、化粧、アクセサリー、スタイリッシュにセットした髪、そして何よりもその目の悪戯っぽい表情で補っていた。率直そうで、と同時に慎ましげなその表情には自信というものがみなぎっていて、世界一の美女ではなくてもあたかもそうであるかのように彼女はふるまった。そういうことをやってのけられる女性は、男たちをふり向かせることができる。だからこそ君の父方の陰気な御婦人たちは、彼女が一族を離れたあと露骨に敵意を示したのだろう。もちろん当時は困難な年月だった。延びのびになっている、だがいずれ訪れるほかない君の父との破局が訪れるまでの年月、さよならダーリンの日々。

(p126)

 

夫との関係は最後まで良好ではなかったようですが、それでも、オースターの母親が素敵な女性であることがよく伝わってきます。

 

 一時的な片思いや戯れはいくつもあったが、若いころの大恋愛は二つだけ、十代なかばと十代後半の劇的事件。どちらも悲惨な結果に終わり、その後に最初の結婚が続いてこれまた大失敗に終わった。まず一九六二年、高一の英語の授業で一緒になった美しいイギリス人の女の子に恋をしたときから始まって、間違った人物を追いかける才能が君にはあるように思えたー 手に入らないものを欲しがる才能、君に愛を返せない、あるいは返そうとしない女の子に心を捧げる才能。時おり君の知性に興味を示したり、つかのま君の体に興味を示したりする子はいても、誰一人君の心には興味を示さなかった。この二人はどちらもひどく魅力的で、破滅的な、君の心をしかと捉えた、なかば狂った女の子だった。でも君は二人のことをほとんど何も理解していなかった。君は彼女たちを捏造したのだ。きみ自身の欲求の架空の化身として二人を利用し、彼女たちが抱えている問題や生い立ちを無視し、彼女たちが君の想像力の外においてどういう人間かも理解していなかった。それでもなお、彼女たちが君から離れていけばいくほど、君はますます彼女たちに焦がれた。

(p177)

 

「君(=オースター)の心には興味を示さなかった」というところに、彼がどんな女性を求めているのかが分かる気がします。

その後の、自分が女性に対してどう振る舞ったか?という考察も冷静です。

 

 一九八〇年にブルックリンに移って以来、君自身の都市において三十一年にわたり君はその往復をくり返してきた。週に平均二、三度は行き来するから、合計すれば数千回、地下鉄で行ったことも多いが車やタクシーでブルックリン橋を行って帰ってきたことも多い。千回、二千回、五千回、何度横断したかは知りようもないが、人生でこれほど何度も行った移動はほかにない。そして橋を渡るたびにかならず、その建築の美しさに君は感じ入ってきた。この橋をほかのどの橋とも違ったものにしている、古さと新しさの奇妙な、だが全体的に悦ばしい混合。中世風のゴシック様式アーチの分厚い石が、華奢な蜘蛛の巣のごとき鋼鉄ケーブルと不調和でありながら調和している。かつてはこの橋は北米で一番高い建造物だった。自爆殺人者たちがニューヨークに来る前、君はいつもブルックリンからマンハッタンへの横断を好んだ― 左側の港の自由の女神と、前にそびえるダウンタウンの摩天楼とが同時に見えるようになる地点に達するのを待つ楽しみ。突如視界に飛び込んでくる巨大な建物群の中にはむろんツインタワーが、美しくはないがだんだんと風景に溶け込んでいったタワーがあったのであり、マンハッタンへ近づいていくなかで高層建築の作るスカイラインにはいまも感嘆するものの、タワーがなくなった現在、横断するたびに死者のことを君は考えずにいられない。自宅最上階の娘の寝室の窓からツインタワーが燃えるのを見たこと、攻撃のあと三日間近所の街路に降った煙と灰のこと、金曜日にようやく風向きが変わるまで家の窓を閉めきるほかなかった耐えがたい強烈な悪臭のことを君は考えずにいられない。あれ以来九年半、依然として週に二、三度橋を渡りつづけているものの、その移動はもはや同じではない。死者はいまもそこにいて、タワーもまだそこにある。記憶の中で死者たちは息づき、空にぽっかり空いた穴としてタワーはいまもそこにあるのだ。

(p204)

 

1869年着工のこの橋を、私も数年前初めて見ました。

もし自分が戦争前に生まれこの橋を実際に見たとしたら、こんな立派な橋を作る国と戦争するのはかなり厳しいと思うだろうな、と考えるほど、重厚で美しい橋でした。

また911の際の描写は、彼の著書『ブルックリン・フォリーズ』の続きみたいで不思議な感じでした。

 

君はドイツにいて、ハンブルグで週末を過ごしていて、日曜の朝、友人で君の本のドイツ語訳を出している出版社の社長でもあるミヒャエル・ナウマンから、ベルゲン=ベルゼンに― というよりかつてベルゲン=ベルゼンの収容所があったところに― 行かないかと誘われた。尻込みする気持ちもあったが、行きたいと君は思った。そしてどんより曇ったその日曜の朝、ほとんど車のいないアウトバーンを走ったときのことを君は覚えている。何マイルも広がる平たい土地に灰白色空が低く垂れるなか、道端の木に激突した車と、草の上に横たわった運転手の死体を君は見た。体からはいっさいの力が抜け、ひどくねじれていて、男が死んでいることは一目瞭然だった。そしてミヒャエルの車に乗った君は、アンネ・フランクとその姉マルゴットとのことを考えた。二人ともベルゲン=ベルゼンで、ほか数万の人々とともに― チフスや飢えゆえに、あるいはわけもなく殴られ殺されて世を去った何万もの人々とともに― 死んでいった。助手席に座っていると、いままでに見た強制収容所の映像やニュース映画が頭の中を流れていき、ミヒャエルとともに目的地に近づくにつれて、君はだんだん不安になって、内にこもっていった。収容所自体は何も残っていなかった。建物は取り壊され、バラックも解体され撤去されて、鉄条網の柵も消え、いまは小さな博物館があるだけだった。それはポスター大の白黒写真を並べてそれぞれに説明を添えてある平屋の建物で、気の滅入る場所、見るのも嫌な場所だったが、とにかくがらんとしてすべてが消毒済みといった印象で、戦争中ここがどんな場所だったか実感するのは難しかった。死者の存在が君には感じとれなかったし、鉄条網で囲まれた悪夢の村に詰め込まれた数千万人が味わった恐怖も感じられなかった。ミヒャエルと一緒に博物館の中を歩きながら(記憶の中ではそこにいるのは君だけだ)、収容所がそのまま残されて残虐の館がいかなる姿だったか世界中が見られたらよかったのにと君は思った。それから君たちは外に出て、かつて収容所の建物があった地面に立ったが、いまそこは草の茂る野原になっていて、美しい、手入れの行き届いた芝が四方何百メートルも広がっていた。かつてバラックや施設があった位置を示す標識があちこちに据えられていなかったら、数十年前にここで何が起きていたか想像のしようもなかっただろう。やがて君たちは、地面が少し盛り上がった草地に出た。周りより十センチばかり高くなっている、六メートルx九メートル程度、広めの部屋といった感じの場所で、一方の隅に標識があり、ここにロシア人兵士五万人が眠ると書いてあった。君は五万人の墓の上に立っていたのだ。そんなにたくさんの死体がこの小さなスペースに収まるなんてありえないことに思えた。自分の下にあるそれらの死体たちを想像しよう、これ以上はないというくらい深かったにちがいない穴の中でぎっしり絡みあっている五万人の若者たちを思い描こうと努めると、かくも多くの死、そんな小さな一画の地面に押し込まれたかくも多くの死を想って眩暈がしてきて、その次の瞬間、叫び声が聞こえたのだ― 声たちのとてつもない大波が君の足元の地面から湧き上がってきて、死者たちの骨が苦悶に吠えるのを君は聞き、痛みに吠えるのを、轟々と耳をつんざく苦しみを滝のようにほとばしらせて吠えるのを君は聞いた。大地が悲鳴を上げていた。五秒か十秒それが聞こえて、それからまた静かになった。

(p205)

 

死者が呼びかけるのを著者が聞いたのはこれ一度だけ、とありますが、確かにこれは20年以上経っても思い出すたび戸惑いそうな体験だと思いました。

 

暑い日が続くので、涼しくなるかと思って手に取ったタイトルでしたが、それが何を意味するのかは、最後の文章の締めくくり方で明らかになります。

「君」と呼びかけられているけど、オースターの思い出を辿っているので、彼のアルバムにでも入り込んだかのような、いつもと違う体験でした。

 

カバーの絵のような写真も好きです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。