ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

生き方を考えることはお金をどう使うか考えること。『三千円の使いかた』を読んで

こんばんは、ゆまコロです。

 

原田ひ香さんの『三千円の使いかた』を読みました。

 

母が原田ひ香さんにハマっており、その中でもこれは特におすすめ、と貸してくれたのがこの本です。

 

主人公となる語り手は、御厨家の女性たちです。

・就職して一人暮らしをはじめた美帆(貯金三十万)。

・結婚前は証券会社勤務だった姉・真帆(貯金六百万)。

・習い事に熱心で向上心の高い母・智子(貯金百万弱)。

・一千万円を貯めた祖母・琴子。

それぞれの視点から物語が進んでいきます。

 

この本で特に印象に残ったのは、琴子さんとその友人のこちらのやりとり。

 

「ちょっと、食欲なくなった」
「すみません」
「その謝罪を、私じゃなくて、きなりさんに言いなさいってことなのよ」
「はあ」
 誰も箸をつけなくなった鍋がこぽこぽと湯気を立てている。
「どうしたらいいんですかねえ」
「どうもこうもないわよ、とにかく、謝って、謝って、謝り倒すのよ」
 琴子は安生の顔をのぞきこんだ。
「きなりさんのことが好きなのは、確かなのよね?」
「もちろんです」
 安生は鍋の水面を見つめる。
「……こんなことがあって...…..俺、今さらって感じなんですけど、いろいろ考えたんです。あいつが、れながここにいる間中。これがきなりだったら良かったのにって。せめて、子供ができるなら、なんできなりとの間じゃなかったのか。どうしてこういうことになったのかって。 一度、子供ができちゃったということになれば、受け入れられるかもしれないと思いました」
「じゃあ、きなりさんと結婚する気もあるってことね?じゃあ、そう言えばいいじゃない」
「まあ、そうなんですけど、でも、実際問題として、結婚してやっていけるのか。問題は何も解決してないし、事情は変わってないんです。だから、きなりになんて言っていいのかわからない」
「でも、子供ができるなら、きなりさんとって一度は思ったんでしょ。その気持ちは嘘じゃないと思うわよ」
「まあ、そうですけど。でも、いろいろ考えたら……..」
「いろいろ考えてたら、子供なんてできないわよ」
「はあ。でも、費用対効果を考えないと」
「費用対効果。 そんなこと言ってたら、絶対、子供なんて作れない。 子供なんて、結婚なんて、理不尽なことばかりだもの。じゃあ、今のあなたの生き方なんて、どこに費用対効果があるの? 旅して、バイトして死んでいくだけなのに、何を偉そうに。旅行していったい何になるの?」
「まあ、自分を高めたいと言いますか」
「高める? きなりさんみたいにそれを記事にするとか、本を書くとかならともかく、あなた、何に使うの? 高まった御自分を?」
 めずらしく、皮肉を込めた口調だった。
 わかってる。 琴子に言われなくても、そんなことはわかってる。だから、 これまで自分の人生については深く考えずに逃げてきたのだ。とはいえ、そこまでけちょんけちょんに言われたら、安生も黙っていられない。
「何かを生み出すことが結果ですか。俺は、俺自身が自分の中で高まったらそれでいいと思う。自分の納得する人生を送れたら」
「納得? いいわよ、この家で一人で納得してなさい」
 琴子は立ち上がった。本当に怒っているのだろう。 持ってきたバッグをつかんで、玄関に歩いていく。
 安生は慌ててその後を追う。
「費用対効果? ははは。そんなに費用対効果が大切なら、もう、いっそここで死になさい。それが一番、効果あるわよ。ご飯も食べなくてすむし、家も傷まない、服も必要ない、お金もいらない。 あくせく働く必要もないわよ」
 琴子は歩きながら、吐き出すように言う。
「だいたい、あなたのご両親が費用対効果を考えたら、あなたなんてここにはいなかった」
 琴子は玄関で靴を履いて、振り返る。
「人生は理不尽なもの。でも、理不尽なことがなかったら、なんのための節約なの?
経済なの?節約って、生きていることを受け入れた上ですることよ。費用対効果なんてない、ってことを受け入れてからの節約なのよ。じゃなかったら、私みたいな年寄りはもう死んだ方がいいってことよね」
「すみません。そんな意味じゃなかったんです」
 安生は裸足のまま土間に降り、琴子の服の端をつかんだ。絶対に離さないように。
「俺が間違っていました。本当にすみません。行かないでください」
「本当にこのバカッたれが!」
 頭を叩かれた。かなり強く。
「….....他人の子を叩いたのは初めて」
 琴子は大きく息を吐いた。
「私も言い過ぎたかも。ごめんなさい」
「これから、どうしたら、いいでしょう。きなりのことも」
「お花と甘いものを持って行って、正直な気持ちを話しなさい。 そして、土下座、それから」
「それでも、許してくれなかったら?」
「花、甘いもの、土下座。土下座に次ぐ、土下座。それから、プロポーズ」
「え」
「もう、決心できてるんでしょ」
 そうだろうか。自分は本当にもう決心できているんだろうか。
 琴子の服をつかんだまま、うなだれてしまう。
「何度も言うけど、きなりさんをそうやって離さないようにしなければならないのよ」
 琴子は自分の服をつかんでいる、安生の手を指さした。
「あなたは最低の男だけど、なんかこう、奥底には良いものが・・・・・・優しいものが隠れてるんじゃないかって女に期待を抱かせるのよ。それで、いつまでも付き合ってしまう。私でさえ、本当は何かあるんでしょ、本当のあなたは違うんでしょって、思ってしまう。こんなことされると。それがずるい」
 そうなのだ。 安生は一見、人当たりよく見えるから、皆に好かれる。そして、うらぎられた、と怒られる。
「私だって、絶対結婚しろとか、子供を持てとか言ってるんじゃないの。でも、安生さんはきなりさんのことが好きで、離したくないんでしょ。だったら、話し合って、お互いの妥協点を見つけなくちゃ。どちらか一方だけが我慢しているなんて関係、成り立たない」
「わかりました」
できるんだろうか、自分に。

(p200)

 

いますよねぇ、こういう、危なっかしいんだけど誰からも好かれて、手を貸してあげたいな、と思わせる人笑

安生の、費用対効果と言いながら、目先の問題を先送りにしてしまう気持ちも、分かる気がします。「自分の納得する人生を送れたら」とか言いながら、結論を出すのを遅らせているだけなんですよね。(そしてどんどん年を取っていくという。)

「あなたのご両親が費用対効果を考えたら、あなたなんてここにはいなかった」という琴子さんのセリフで、私も頭を叩かれたみたいな気持ちになりました。

でも家族でもないのに、こんなに真剣になって怒ってくれて、それからどうしたらいいかを教えてくれる人なんてなかなかいないよ、安生。

 

他にもそれぞれの人物に、「人生の節目にお金をどう使うか?」という課題が大なり小なりあり、あれこれ迷ったり不安に駆られたり、誰かに相談したりする局面が訪れます。

琴子さんは他の人にもお金の使いかたの選択肢を大きく広げてくれる提案をしてくれて、ほんとに素敵な女性だなと思いました。

 

他の世代の女性達の気持ちにも寄り添いやすくて、お金が絡む困り事も、こういう状況になったら自分はどうするかな、と考えやすいです。

 

お金は言うまでもなく大切だけど、自分の気持ちを口にできる相手がいるって幸せだな、と思わせてくれます。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。