ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

舞城王太郎『私はあなたの瞳の林檎』

おはようございます。ゆまコロです。

 

舞城王太郎『私はあなたの瞳の林檎』を読みました。

 

以前、同じ作者の『阿修羅ガール』を読んだとき、その文章の勢いと展開に圧倒されました。

面白かったのですがそれ以上に怖かったので、それからこの作者の本は読んでいませんでした。

 

可愛い色使いの表紙とタイトルにひかれ、久しぶりに手に取ってみました。

 

美大生のお話です。

『ブルーピリオド』を思い出しました。『ブルーピリオド』では主人公は美大を目指して受験しますが、その進学先の大学で起こっていそうな話です。

 

好きな表現はこちらです。

 

 

私自身も面白いものの作れないつまらない人間で、芸術家になんかなれっこないのにしがみついていて、まだ学校に入って一年目なのにそんな結論を出してしまうほど頭が悪くて、そういうのを全部知ってるけどどうしようもないよと思ってしまう覇気のない馬鹿なのだ。あーあ…。こういう根本的に気力が少ない感じ、どうしたらいいんだろう?

 

 絵を描いているときだけはそんなふうには考えない…と言うか、何も考えてない。描かなきゃいけない線や置かなきゃいけない色が目白押しの順番待ちで手を動かすので精一杯なのだ。それで描き終わった絵を見てがっかりするだけ。

 

 描き終わった、っていう達成感しかない。

 何て言うか、こんなふうに言葉にすると本当に馬鹿がバレるけど、あ~こんなの美術史に絶対残んないなと本気で思うのだ。私は芸術にいろんなものをもらってるのに、私は芸術に対して何の影響力もないし、差し出せるものを何一つ持ち合わせてないし、そうする資格すらないんじゃないかな、と。(位置No.58)

 

 

普通の人は「描かなきゃいけない線や置かなきゃいけない色」なんて分からないので、そのノウハウが頭にあるだけで凄いと思ってしまうのですが、彼女がいるのは、そういうレベルでは歯が立たない場所なのでしょう。

 

そして「差し出せるものを何一つ持ち合わせてない」という謙虚な姿勢が好きです。

個人的な話ではあるのですが、ゆまコロも大学1年の時、授業についていけなくて覇気が無くなった時期がありました。なので少し親近感が湧きました。

 

もう一つ、彼女の作品にインスパイアされて小説を書いてくれたお友達・高橋くんの言葉が好きです。

 

 

「私のうんこサラダちゃんが立派になったよ…」

 

 と涙声になって恥ずかしいので照れ隠しに笑わせるつもりで言うと、高橋くんが怒る。

 

「あのさ、その言葉やめない?下品だし、悪い意味で下品だよ。高槻が何言ったかしらないけど、これも他の写真も、松原のあれは全部いい写真だよ。こんなふうに小説を生み出す写真が他にどんだけあるっての。これは作家的な価値観かもしれないけど、美術の人の価値観は俺に言わせれば凝り固まってるよ。いいものの方向が決められてるっつうかさ。松原だってその世界にいるうちに、勉強したんじゃなくて洗脳されたんじゃない?物の良さっていうのはいろんな形があるんだよ。ったくもう。とにかく高槻のその用語は禁句ね。いろんなものを乱暴に切り捨てすぎるよ。自虐的に使ってるときなんて本当最悪だしね。そんな言葉で誰も得しない。ああいう高槻みたいな奴が妙にキャッチ―な言葉作って皆を汚染するんだよな。言葉ってのはもっと慎重に作らなきゃ駄目なのに。ホント。素人は不用意で困るよ」(位置No.655)

 

 

この作者の文体は今の話し言葉にとても近く、それがリアルではあります。

 

主人公と同い年ながら作家として活動している高橋くんですが、彼のセリフを読むと、作者は登場人物たちに現代っぽい話し方をさせながらも、言葉を大切にしていることが伝わってきます。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

私はあなたの瞳の林檎

私はあなたの瞳の林檎