ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

ポール・オースター『ムーン・パレス』

おはようございます、ゆまコロです。

 

ポール・オースター柴田元幸(訳)『ムーン・パレス』を読みました。

再読です。

 

冒頭の、主人公がたくさんの本をもらうシーンなど、何度読んでも好きな箇所はいくつかあるのですが、特に記憶にとどめておきたいと思ったのは次の2か所です。

 

「やがて三本目の映画がはじまった。と、突然、自分の内側で大地が揺らぐのが感じられた。それは『八十日間世界一周』だったのだ。シカゴでビクター伯父さんと一緒に見て以来、十一年ぶりである。久しぶりに見るのは楽しかろうと僕は思った。世界じゅうのほかのどの映画でもない、まさにこの映画が上映される日にたまたまこの映画館に入ってきたことの幸運を、しばし噛みしめもした。運命はちゃんと僕のことを見守ってくれているんだ、僕の人生は恵み深い聖霊に護られているんだ、そんな気持ちになった。でもまもなく、不可解な、説明のつかない涙が瞼の裏にこみ上げてきた。フィリアス・フォッグとパスパルトゥーが熱気球のなかにもぐり込む瞬間(映画の最初の三十分のあいだのどこかだ)、ついに涙管があふれてしまった。熱い、塩からい涙の洪水が頬を焦がすのがわかった。子供のころのいろんな悲しみが、いっぺんによみがえってきた。それを遮るすべは何もなかった。いまの僕の姿をビクター伯父さんが見たら、きっとさぞがっかりするだろう。呆れはてて物も言えないだろう。僕は自分をまったくのゼロにしてしまったのだ。まっさかさまに地獄に堕ちていく死者になってしまったのだ。」

 

全然違うことをしている時に突然、後悔の念が押し寄せることってありますよね。

 

「「ひとつだけ伯母さんにお願いがあるんです」

とバーバーは相手の言葉を無視して言った。

 

「きちんとした遺書を作って、家はハティ・ニューカムに遺してあげてほしいんです」

 

「うちのハティ・ニューカムのことかい?」

 

「そうです、うちのハティ・ニューカムです」

 

「でもソル(=ソロモン・バーバーのこと)、いいんだろうか?だってハティは…その…わかるだろう、ハティは…」

 

「ハティは何なんです、伯母さん?」

 

「黒人女なんだよ。ハティは黒人女なんだよ」

 

「ハティさえよければ、伯母さんだってべつに不都合はないじゃありませんか」

 

「でも世間が何て言う?崖の屋敷に黒人女が暮らしてる、きっとそう言うよ。お前だってよく知ってるだろう、この町で黒人といったら召使いだけなんだよ」

 

「関係ありませんよ、そんなこと。ハティは伯母さんのいちばんの仲よしじゃありませんか。僕が見る限り、唯一の友と言ってもいい。世間がどう言うか、なんて気にしてどうするんです?この世で何より大切なのは、おのれの友に優しくあることじゃないですか」

 

 甥が本気だということがやっとわかってくると、クララ伯母はくすくす笑い出した。」

 

世間がどう思うか、よりも、自分の友人を大切にすること、素敵な意見です。

 

私が初めて読んだオースター作品です。

この話から、彼の作品がすごく好きになりました。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

ムーン・パレス (新潮文庫)

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