ニジタツ読書

OLのゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

ポール・オースター『ミスター・ヴァーティゴ』

おはようございます、ゆまコロです。


ポール・オースター柴田元幸(訳)『ミスター・ヴァーティゴ』を読みました。


オースターはニューヨーク、ブルックリン在住のユダヤアメリカ人作家です。


柴田元幸さんが翻訳して下さったのが出るたび読んでいますが、この本は、いつも以上に盛りだくさんな内容でした。


登場人物の少年が空中に浮くという大道芸をしてお金を稼ぐのですが、この芸をめぐるエピソードがとてもワクワクします。


好きな個所をいくつか抜き出します。


「他人のためにだけでなく、自分のためにも芸を行なう、真のクリエイターになりつつあったのだ。その予測のつかなさが俺には刺激的だった。一つひとつのショーで、何が起きるかわからないスリルが快かった。客に愛されたい、みんなに気に入られたいという動機だけでやっていたら、どうしても楽な方に流れてしまい、いずれは飽きられてしまう。自分をつねに試し、おのれの才能を精一杯推し進めていないと駄目なのだ。自分のためにそうするわけだが、そうやってもっと上手くやろうとする努力が、結局何よりもファンの心をかちとる。そこが不思議なところだ。彼らに代わって芸人が危険を冒しているということが、人々にもいずれ伝わるのだ。人々は神秘をわかち合う特権を得る。芸人をつき動かしている、名づけようもない何ものかに加わる特権を得る。ひとたびそうなったら、芸人はもうただの芸人ではない。スターになる道を歩みはじめている。」


この↓お手紙の場面も好きです。


「「地球儀?そんなのどこが特別なわけ?」


「プレゼントじゃないのよ、特別なのは。添えてあったメモよ」


「それも見なかったよ、俺」


「たった一センテンス、それだけ。君がどこにいようと、僕は君と共にいる。その言葉を読んで、もう駄目だった。あたしにはこの世で一人の男しかいない。その男と一緒にいられないんなら、代用品や安物の模造品なんか相手にしたって意味ないって思ったのよ」」


少年が大人になってから、大道芸をしていた当時を振り返るところも良いです。


「眠っているときの、本物の夢のことだ。生々しい、映画のような豪華絢爛たる夢がまる一月、ほぼ毎晩つづいたのだ。飲んでいた薬や鎮静剤も一因だったのかもしれないが、とにかくウォルト・ザ・ワンダーボーイ最後の公演から四十四年経って、すべてが一気によみがえった。俺はふたたびイェフーディ師匠と二人で巡業に出て、ピアスアローに乗って町から町を回り、ふたたび毎晩ショーをやった。俺はとてつもなく嬉しかった。もうずっと、自分がそんなもの感じられることさえ忘れていたいろんな喜びが戻ってきた。また水の上を歩き、すし詰めの大観衆の前で芸をひけらかし、空中を浮揚しても何の痛みもなく、昔と同じ超絶芸と自信に支えられて浮かび、回転し、跳ねた。いままでずっと、そうした記憶を葬り去ろうと俺はさんざん努力してきた。何年も何年も、地面にしがみつこう、ほかのみんなと同じになろうと頑張ってきた。それがいま、もう一度、何もかも一気に浮上してきて、夜ごと総天然色の花火を炸裂させている。この夢のおかげで、俺にとってすべてが一変した。夢は俺に誇りを返してくれた。このあとはもう、過去をふり返るのを恥ずかしいとは思わなくなった。そうとしか言いようがない。師匠は俺を許してくれたのだ。モリーゆえに、俺がモリーを愛しモリーを悼んだがゆえに、師匠に対する俺の負債を師匠は帳消しにしてくれたのだ。そしていま、師匠は俺に呼びかけて、私を思い出せと誘ってくれている。こんなことは証明不可能だが、その効き目は否定しようがなかった。何かが俺のなかから取り除かれて、俺はあのアル中収容所からしらふで出てきた。そしていままでずっとしらふでやってきた。出てきた時点では五十八歳で、生活は破綻していたのに、気持ちはそんなに落ち込んでいなかった。何だかんだ言っても、気分はけっこう明るかった。」


オースター作品の中で、事態が好転するところは好きな場合が多いです。でも抜粋しても、なかなかその良さが伝わらず、難しいですね。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫)

ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫)