ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』

おはようございます、ゆまコロです。

 

エイモス・チュツオーラ、土屋哲(訳)『やし酒飲み』を読みました。

 

作者のエイモス・チュツオーラはナイジェリア西部、ラゴスから64マイルの都市アベオクタ生まれの作家です。アフリカで最大の人口を擁するナイジェリアは西部にヨルバ人、東部にイボ人、北部にハウサ人並びにフルベ(フラニ)人が住むが、それ以外にも100以上の部族がいて言語も多様を極めているとのこと。

 

ひとつの国に多くの言語があり、その場所にいた彼が書いた物語を、今自分が読んでいるということ自体が不思議な感じがしました。

 

本書に収められている、アフリカ作家エマニュエル・エグドウの話を引用した管啓次郎の解説が興味深いです。

 

「アフリカにはもともと文字がなかった。読書とは孤独で奇妙な習慣に見える。実利実用にむすびつかない読書は、多くのアフリカ人はしない。自分のようなアフリカの「作家」というのは、結局は欧米の文化産業の一部である。それでも、フランス語や英語といったヨーロッパ言語で書いたとしても、まぎれもなく「アフリカ的なもの」は作品に残る。アフリカの伝統の力とは、口承性の力。もともと「小説」とは非常に自由な、なんでもありのジャンルだった。真のアフリカ小説とは、口承的な小説である。」

 

だから、この物語は「である、だった」と「です、でした」の文体が混ざっているのかな、と思いました。なんとなく読んでいて気になりますが…。

 

やし酒という飲み物を飲むことしか能がない主人公なのに、“この世のことならなんでもできる、神々の<父>” だったり、借金ばかりで生まれてこのかた、びた一文たりともその債務を返したことのない男性が出てきたり、元気な状態でないと、受け付けにくい物語かもしれません。そして、出会う人出会う人どうしてこう意地悪をしてくるのか、首をかしげたくなります。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

アフリカの日々/やし酒飲み (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-8)

アフリカの日々/やし酒飲み (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-8)