ニジタツ読書

OLのゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

立花隆『青春漂流』

おはようございます、ゆまコロです。

 

立花隆『青春漂流』を読みました。

立花隆さんが取材した、いろんな職業の方の青春について書かれています。

 

印象的だったのは、猿まわし調教師の方のお話と、ソムリエの田崎真也さんのお話です。

 

●猿まわし調教師・村崎太郎さんのお話から。

 猿を半殺しになるまで痛めつけて自分がボスだ、ということをわからせることを “根切り” というのだそうです。

 相手(猿)も頭がいいだけに絶対的な関係を構築するのはとてもシビアだと思いました。輪抜けという技に失敗して、サブローという猿が亡くなってしまった話が悲しかったです。

 

「「お客さんに笑顔を見せるなんてとても無理でした。半分泣きながらやりました。でもこのときほど一生懸命やったことはなかったです。それまでぼくは内気で、引っ込み思案で、人前で何かするというのは不得手なほうでしたから、猿まわしをはじめたといっても、口上が苦手で、ほとんどしゃべらなかったんです。黙ってても、猿が芸をやるんだから、それを見てもらえばわかるという気持があったんです。だけどその日は、黙ってたらわかってもらえない。ぼくらがどれほど一生懸命猿まわしをやっているか。猿を殺してしまうほど真剣に猿を強調して舞台に出てきているんだということが黙ってたんじゃ見ている人に伝わらない。そう思って懸命にしゃべったんです。サブローを死なせた悔しさをわかってもらいたいという気持だったんです。ぼくの一生であれほどショックだったことは他にありません。サブローのためにも、これから自分は頑張って一生猿まわしをやっていくぞという気持になって、それから、自分の人生の生き方、猿まわしに対する取組み方を含めて、人間がガラッと変わったような気がします」

 

…いってみれば、サブローを殺したその足で舞台に立たされたことが、村崎太郎の人生の「根切り」になったのである。一歩まちがえば発狂していたかもしれないほどの精神的動揺の中にあった太郎に、敢えてムチを与えた父親の判断は正しかった。もし逆に、この日、周囲が太郎を甘やかし、はれものにさわるようにしていたら、太郎の「根切り」はなかったろう。「根切り」とともに、太郎は精神的に自立した。」

 

●ソムリエ・田崎真也さんのお話から。

「「はじめのころは、ほとんどノイローゼになりましたよ。誰とも一言も口をきかない生活でしょう。さみしかったです。毎日ほとんどの時間、ブドウ畑の間の小道を一人でとぼとぼ歩いているわけです。親や友達にいろいろ勇ましいことをいって日本を出ていた以上、ここでくじけてなるものかと思って、歩きながらでかい声で歌を歌って自分をはげましたりしました。しかし、それにしても、毎日よく歩きました。一日二、三十キロは軽く歩きましたね。ブルゴーニュだけでなく、ボルドーに移ってからも、やはり足で毎日歩いていたので、通算して軽く千キロは歩いているはずです。」

 

 …ワインをほんとに知るためには、ワインが作られている現場を知らねばならないということは常識なのだ。しかし、その人たちの蔵元めぐりは、例外なしに、車で主なところを一挙にかけめぐるというスタイルである。

 

 田崎がやったように、もっぱら自分の二本足を頼りに、何カ月もかけて産地の端から端まで歩き通して、その間にある蔵元をしらみつぶしに探訪して歩くというようなことをしてのけたのは、おそらく田崎がはじめてなのではないだろうか。」

 

どの話もとても良かったです。 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

青春漂流 (講談社文庫)

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