ニジタツ読書

OLのゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

マイケル・ボーンスタイン『4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した』

おはようございます、ゆまコロです。

 

マイケル・ボーンスタイン&デビー・ボーンスタイン・ホリンスタート、森内薫(訳)『4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した』を読みました。

 

物語は、1940年5月生まれの筆者マイケルが誕生する少し前から始まります。

 

冒頭から、納得のいかない状況で解せない気持ちになります。

ユダヤ人の家はドイツのナチ(国民社会主義労働党の略称)政権の求めに従い、金品を供出する準備を整えておくように命じられた。普通の状況なら、これは略奪と呼ばれる行為に等しい。だが、ポーランドを侵略したドイツ軍は、第三帝国ナチスは自国の政権をこの名で呼んだ)に貢献し、帝国をより豊かに、より強くするのがユダヤ人の責務だと主張した。」(1939年10月)

 

 この本を読んで驚いたのは、マイケルをはじめ登場人物の皆が前向きで、どうしたら困難な状況を打破することができるか、周りに流されることなく、考えて動いているということです。その主体性、行動力はもちろん、彼らが民族的に立たされた状況によるところが大きいのだとは思います。

 

 ドイツ軍将校と交渉する父・イズラエルさん、アウシュヴィッツで息子をかくまう母・ソフィーさん、アウシュヴィッツ解放後の混乱の中、孫と一緒に故郷へ戻る祖母・ドーラさん、避難先で弟に文字を教える兄・サミュエルさん…。

もし自分が彼らと同じ民族で、同じ状況にいたとしたら、きっとマイケル一族の誰のようにもふるまえないだろうな、と思うくらい、みな理性的で、「今自分にできることはなにか?」を考えた、立派な生き方をしています。

 

 1942年10月に「ユダヤ人一掃」命令が出て、「別の安全な場所」(=収容所)に再定住することになった時の、マイケルのお父さんの苦悩が辛いです。

「通りを歩く父さんに、友人のベンヤミンが手を振った。ベンヤミンの顔は栄養失調で黄色がかっていた。まだ二〇代の若さなのに、彼は足を引きずっている。

 そうした不幸を見過ごし、「もうじき戦争は終わる」と三年もひたすら信じていた自分は、なんと愚かだったのかと父さんは自分を責めた。アメリカが参戦すれば、独裁者ヒトラーの強大な計画に歯止めがかかると思っていた自分は、なんと無知だったのか。怒涛のように押し寄せてくるヒトラーの邪悪な計画に、子どもだましの贈賄作戦やドイツの一将校とよしみを通じることで立ち向かえると思っていた自分は、なんとおろかだったのか―。

 父さんが希望を持ち続けたおかげで、父さん自身も母さんもドーラおばあちゃんも、そして何よりサミュエルと僕も、ゲットーでの生活をなんとか耐え忍んでこられた。でもこのとき父さんは、なぜ初めからずっと、ありのままのジャルキを見ようとしなかったのかと自分を責めた。ありのままのジャルキは、青い星の腕章をつけ、背中をいつも敵に狙われたユダヤ人のあふれる、みじめなゲットーだった。」

 

 こう書かれてはいますが、マイケルの父・イズラエルさんは仲間のユダヤ人の家を回って基金を作り、ナチスの警察を買収して、便宜を図ってもらいます。この、猫の首に鈴を付けに行くような交渉はドキドキしましたが、その後の町の人々にもたらされたことを見ると、大変勇気のある行動だったんだな、と思います。

 

 アウシュヴィッツからどうにか帰って来ても、住んでいた家は別の家族が住んでいたり、ユダヤ人であると知られた途端、相手からひどい言葉を浴びせられたり、マイケルはドイツで学校に通っている時にもいじめられたり…。なぜ、彼らがこんなにも虐げられるのか、日本人にはなかなか理解しにくい場面があります。

 戦争が終わっても、差別するのが当たり前だった教育や考えかたは、簡単には塗り替えられないのだなと感じました。

 

 朝、通勤途中に読むと、あまりの理不尽さに気分が沈むこともありました。でも、筆者が体験したことに比べて、なんて自分は甘ったれた思考で日々生きているのだろう、と思い、頑張ろうと仕事に向き合えたのも事実です。

ある意味、『夜と霧』よりも、読み進めるのが辛かったですが、読んで良かったです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した

4歳の僕はこうしてアウシュヴィッツから生還した

  • 作者: マイケル・ボーンスタイン,デビー・ボーンスタイン・ホリンスタート,森内薫
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2018/04/25
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