ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

ガマンの先に待つ未来。『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』を読んで

こんばんは、ゆまコロです。

 

小林美希さんの『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』を読みました。

 

インパクトのあるタイトルが気になっていました。

443万円は、「一年を通じて働いたこの国の給与所得者の平均年収の金額」とのことです。この平均年齢は46.9歳で、ちょうど就職氷河期世代と重なるのだそう。

 

本書は平均年収よりも稼いでいる人、そうでない人、様々な社会人が抱える生活の悩みをインタビューする形式で書かれています。

 

まず心に響いたのは、月収9万円のシングルマザーの方(41歳)のインタビューです。

 

 最近、ロボットでもできる仕事が多いような気がして、なんとかならないものかと思います。工場で働いていた時は、機械の歯車と化すような仕事に心も身体もくたくたになって。朝またあのいつもの一日が始まるかと思うと絶望するんです。その繰り返しが永遠に続く。
 それでも工場を辞められなかったのは、たとえ欠勤扱いで減給されても子どもの急病などの事情で仕事を休みやすかったから。そんな職場は他になかったから、なかなか辞められなかったのです。
 年次有給休暇の権利がパートにもあることを知り、それを恐る恐る社長に聞くと「そんなものやってたら会社が潰れてしまう!」と話にもなりませんでした。従業員の女性たちにも年次有給休暇の権利があるのだと話しても「そんなこととても言えない」 「雇ってもらえるだけでありがたいのに」と、自分たちの待遇に疑問をもつ人はいませんでした。権利はまず知識として知っていなければ、そして主張しなければ手に入らないのだと痛感しました。
 女性だから、非正規雇用だから、人として扱われずに使い捨てられる。そんな時代が早く終わってほしい。義務教育では、国民の三大義務として「勤労の義務」は教わりますが、自分を守るための労働者の「権利」は教えてもらえません。私は自分の失敗や教訓を生かし、我が子たちに政治の話も労働者の権利についても日常的に話すようにしています。
 やりがいを感じることを仕事にするのが一番いいと今、実感しています。必要とされる今の職場で働ける環境がなければ、生きている実感もない。
 息子を見ていても、今は野球チームで満足しているけど、これから夢に向かって挑戦をしたくなることも出てくるんじゃないかと。その時、したいことをさせてあげたいです。そういう世の中を作りたい。
(p114)

 

年次有給休暇の権利がパートにもあるのに、その存在を知らないこと、知っていても声を上げられないことが歯がゆく感じられます。有給休暇をあげたら会社が潰れてしまう、という社長も苦しい立場なんでしょうけど、労働者に寄り添った職場環境に近づけるために、なにか講じられることはないのかなと思いました。

労働者の権利については、たしかに社会人になっても、自分から知ろうとしなければ知らない事柄が多いかもしれません。誰かに言われて、へぇそんな権利があるのか、とか、こういう時ここに相談するのか、とか、遭遇してみないとわからないこともありますし。

 

この女性の話からもかなりしんどそうな様子が伝わってくるのですが、現状をなんとかできないのだろうかと一層苦しくなったのは、認知症の母親と生活する年収200万円の非常勤講師の男性(56歳)のお話です。

 

 なんでマスコミは中高年の貧困に目を向けてくれないんですかね。もう何もかも疲れました……。気づいたらもう50代後半です。 還暦まであと数年かと思うと、本当にこの状況から抜け出せるのか、絶望的になります。

 研究者を目指して大学院でも学んだのに、ずっと大学の非常勤講師のまま。年収は200万円程度で、典型的な「高学歴ワーキングプア」です。だから、大学院時代に借りた奨学金の返済がまだ250万円も残っています。
 結婚して子どもができてという当たり前の生活、ささやかな幸せを望んでいたけれど、そんなことを考えるのも空しいんです。誰か、「年収なんて関係ない」と言ってくれる女性はいないものでしょうか….…。現状、誰も相手にはしてくれないでしょうけど。
 埼玉県にある実家で暮らし、10年前に父は癌で亡くなり、母は5年前に脳出血を起として認知症になってしまいました。自分が母の介護をしています。
 振り返ると、父を亡くしてから、私の「失われた10年」が始まったのでしょう。でも、もっと遡れば、研究者を目指した時からワーキングプアの道を歩むことになったのだと思います。


 平均月収15万~16万円、同額のパソコン購入が痛手


 大学の先生といっても、教授もいれば、講師もいます。講師のなかでも、専任講師であればフルタイムで雇用期間の定めがないのでいいですが、私は非常勤講師。
 私はちょうど「ポストドクター」問題の世代に当たります。1990年代に大学院の定員が大幅に増えたことで博士課程に進む人も増えたのに就職先が限られ、キャリアパスが描けないまま不安定な立場に置かれるという問題です。
 非常勤講師だと、授業単位での仕事になるので、「毎週何曜日の何時限目のコマで」という単位で働きます。今は大学の多くが2学期制なので、4月からの春学期と、9月からの秋学期それぞれで何コマ授業を持てるかにかかっています。
 大学の授業は1コマの報酬がせいぜい月3万2000円くらい。1コマ2万円という条件の悪い仕事もあるので、3万円を超えたらマシなんです。それをいくつもかけもって、やっと月収いくらかになる。
 今年の春学期の4月から7月までの平均月収は15万〜16万円。1年前の年収は235万円でした。今年は持っていた授業が2コマ減ってしまうので痛手が大きくて。2コマなくなることで月6万円、年収で50万円から70万円減ってしまいます。 今年度、専門学校で2ヵ月間の集中講座の仕事があったことで入る3万円は、自分にとっては、とても大きいんですよね。

(p145)

 

大学時代を振り返ると、結構な割合で非常勤講師の先生がいらっしゃったような気がするのですが、ひと月のお給料はこんな感じだったんですね。何の講義にせよ、内容はかなり専門的なのに、ちょっと安すぎる気がします。生徒の授業料だって決して安くないのに、もう少し還元できないものなのでしょうか。

収入の面だけを切り取っても大変そうなのに、ワンオペ介護の話がまた辛い。

 

 つい先日、ちょっと余裕ができたので、母がデイサービスに行っている間の3時間くらい、市内にあるスーパー銭湯に行ってきました。 コロナに感染するといけないから、移動は奮発してタクシーで。スーパー銭湯の入浴料800円とお昼代、タクシー代で3000円くらい使ってしまって。今、思えば、少しお金を使いすぎてしまいましたが。
 もし叶うなら、母を連れて近場の温泉に一泊旅行に出かけたいですね。でも、お金もかかるし、僕は車を持っていないから母を連れての移動は大変そうだし、きっと難しいかな。 コロナもあるし、リスクばかり。母の実家が東北にあって、連れていってあげたいけど、それも難しいでしょうね。
 今年度、さらに1コマ授業が減ってしまって、このままだと50万円前後の減収になって、いよいよ年収が200万円を切りそうです。知人に仕事を紹介してもらって、やっと20万円は補えるでしょうか。せめて年収が300万円あったら、ゆとりのある生活を送ることができるのに。
 副業したとしても、やはり、コロナの感染リスクは避けたいです。僕が倒れたら母を誰がみるのかと思うと、電車やバスの人混みのなかにいたくない。副業で出かける間、もしホームヘルパーを頼めば費用のほうがかかるだろうし。いろいろ考えると、やっぱり年収300万円が理想です。幸い、家があるので、なんとかなる。


 孤立した介護でいろんなものを失った

 

 もっと言えば、うちのような低所得の世帯の介護保険の自己負担分が軽減されると助かります。2022年10月からは、これまで1割だった高齢者の医療費の自己負担が2割になったじゃないですか。 これ、ちょっと本当に低所得世帯には勘弁して、という感じですよ。物価も上がっているし、もう、今までさんざん自助努力で節約してきて、これ以上、もうどうにもできないです。
 そして、僕のように孤立した介護は、やはりつらい。公的な補助で介護する側のメンタルケアが受けられると良いのですが。離れて暮らすきょうだいは自分の価値観で勝手なことばかり言うので、腹も立つし。毎日の介護は本当に大変です。 母を見て、あぁ、またか、って。

 これから収入が増えることはないと思うのです。 年金保険料の未納もあるので、年金受給は諦めています。非常勤の大学の仕事は、続けられても70歳まで。それ以降は、何かアルバイトをするのか。働けるのかどうかも分からない。生活保護の申請をするしかないかもしれませんね。
 老親の介護を始めて5年が過ぎて、自分はいろんなものを失ったなぁ。世の中じゃ、女性のワンオペ育児が大変だといって取り上げられるけど、介護も同じ。独身男性の介護、そしてコロナ禍での非正規雇用への打撃。 誰かに声をあげてほしいんです。
 もし専任講師のポストが増えれば、こんなに追い詰められずに済むのに。 個人ではどうにもできない。メディアに提言してほしくて、取材に協力したんです。

(p162)

 

食事に通院に、ほとんど目を離せない状態の母親の面倒を見ながら働くのは、想像を絶する大変さだろうと思います。しかもこの方、きょうだいがいらっしゃるけど何の援護もなくほとんどお一人で介護をされているのに驚きます。離れて暮らしていると、それも致し方ないのかもしれませんが。

私が働くから心配ないよという女性ばかりの世の中なら良いのかもしれませんが、平均年収から考えると難しいかなという気もします。

 

最後に著者は今後の課題と先進的な取り組みとして富山県の事例を挙げています。

中小企業が「合同で新人研修やフレッシュマン・フォローアップ研修を行うなど、協力し合って若手社員を育てる」というのがいいなと思いました。

 

 UIJターン就職に注力する富山県

 

 地元の中小企業と学生とのマッチングを図るため、継続してUIJターン就職に力を注ぐのが富山県だ。富山県は、地元の知られざる優良中小企業の紹介を積極的に行う。それと同時に、地域の魅力も伝えることで 「富山で暮らし、働く」というイメージを膨らませている。
 筆者が最初に富山県に関心を持ったのは、週刊「エコノミスト」で働いていた時だった。富山県が15~34歳の正社員比率が全国1位だったことで注目した。 女性就業率の高さなども際立ち、取材を重ねた。日本海側は工業集積地で、一人当たり製造品出荷額や一人当たりの付加価値額も全国平均と比べ高い。可処分所得の高さや、持ち家比率の高さなど客観的な指標からも、豊かな暮らしが期待できる。

 ニッチな市場で圧倒的なシェアを誇る企業が多く、高い付加価値あるものづくりが行われている。YKK不二越など有名企業はもちろん、シーケー金属の「環境対応型溶融亜鉛めっき」、富山村田製作所の「パソコン用ショックセンサ」は世界シェアトップクラスで、その他にも数多くの優良企業がある。また、富山は「薬売り」で知られるように、医薬品生産拠点として工場が集まっている。
 県の事業として2005年度から始まった、東京や大阪などで開催されるUターン就職セミナー「元気とやま!就職セミナー」は継続して行われ、年々、工夫が凝らされている。富山県で行われる合同説明会は、学生が実家に帰省する正月を狙って行われる。
 富山市高岡市にある企業巡りをする「とやま就活バスツアー」、女子学生が富山の企業の女性社員とお茶をしながら語り合う 「就活女子応援カフェ」(現在はオンライン開催)が企画されるなど、あの手この手で、進学で都市部に出た学生に地元の企業を知ってもらうチャンスを作っている。
 バスツアーは夏休みなどを使って大学3年生が県内の企業2~3社を回る。いくつかのコースがあり、各コース20人を定員に、会社説明会、職場見学、若手社員との座談会が行われる。バスツアーで訪問する2~3社は、学生が好みそうな目玉となるネームバリューのある企業とセットで、学生にとっては身近に感じないだろうけれどニッチ市場でトップをとっているような地元の優良な中小企業を意図的に組み合わせている。
 こうした取り組みが奏功するのには土壌があり、富山県では全国に先駆けて中学2年生が地元企業で5日間の本格的な職業体験をする 「14歳の挑戦」が行われていた。それは、単なる職業体験ではなく、地域が子どもを見るという意味合いが強い。
 Uターン事業などを担当していた富山県庁の山本慎也さんは、過去の取材でこう語っていた。
富山県では、リーマンショックの後も高校生の内定率は落ち込まなかった。それは医薬品会社などの業績の伸びだけではありません。地元の中小企業はたとえ経営が苦しくても、高校生を採用しようと、高校との信頼関係を大事にしていました。14歳の挑戦、高校生や大学生のインターンシップを引き受けるのは企業に負担がかかるものですが、つながりを大事にする富山県らしさがあるのです」
 その言葉通り、地元企業が社員を育てようとする意識が高い。中小企業は各社が毎年新卒採用しているわけではないため、富山県中小企業家同友会は合同で新人研修やフレッシュマン・フォローアップ研修を行うなど、協力し合って若手社員を育てる。就職氷河期世代についても、ある社長は「誰にとっても、何かしらできる仕事はある。丁寧に教えていけばスキルアップも可能なはずだ」と採用意欲を見せる。
 就職氷河期世代支援とは異なるが、最近では、富山県中小企業家同友会は「お試し就労」に取り組もうと準備を進めている。地元の産婦人科医であり県議でもある種部恭子さんが児童養護施設、 母子支援・女性支援団体と取り組む、ドメスティック・バイオレンスや虐待などの影響で発達の課題やトラウマを抱える人への就労支援に協力する。
 傷ついた体験から仕事が続かないケースがあることから、中小企業がリハビリ的に「お試し就労」として受け入れ、家庭機能がない子どもや若者の就労に寄り添う「職親」になる。小さな仕事を作って、仕事という名の居場所を作り、寄り添うことで自立を支えるというもの。ある中小企業家同友会のメンバーは、「同じように就職氷河期世代に向けてもいい取り組みだ」と展望しており、ここに、一筋の希望の光が見える。
 鍵となるのは、人と地域を大切にする優良な中小企業との出会いだろう。

(p208)

 

また、コロナ禍で多くの人が職を失ったことについても、「これまで外国人旅行客を狙ったインバウンド政策に安易に頼ったツケが回り、多くのコロナ解雇につながった。今こそ、産業構造の転換が迫られている。それには、薄利多売のサービス・飲食業から、高付加価値のものづくりへの原点回帰が必要」と述べています。

良質な雇用を生み出せる、付加価値の高い製造業を見直すべきで、教育界で”効率経営”が求められ、機械設備費などが高い工業高校を廃校にする傾向があることへも、警鐘を鳴らしています。

 

結論として、安すぎる国から脱却する方法を、著者は次のように締めくくっています。

 

    安すぎるこの国の絶望的な生活
 

 そして、不安定な非正規雇用をなくさなければならない。これこそ、原則、正社員にするよう大胆な改革が必要だ。企業が社会保険料の負担を逃れたいために業務請負契約などを拡大させるのであれば、もう、その仕組みそのものを抜本的に変えて、労働者全員に社会保険雇用保険が適用されるようにしなければならない。社会保障をどう変えていくのか、国は正面から取り組む時に来ている。
 筆者はこれまでも提案しているが、たとえば「格差是正法」を作り、行き過ぎた規制緩和を正していかなければならないのではないか。あたかも何かが変わるような気になるだけの「改革」から目を覚まさなければならない。
 それは、年収443万円という、実は安すぎるこの国の絶望的な生活を直視することから始まる。

(p215)

 

本書には、スタバやマック、外でのランチなど、低所得なゆえに(あるいは平均以上の所得があったとしても)できないこと・諦めていることの例がこれでもかと出てきます。

政治家も官僚も、多くの国民がこのような生活をしているなんて夢にも思わないかもしれませんが、絶望的な生活を直視すること、そしてどのように仕事をしていきたいかをリアルに考えることが求められていると感じました。

苦しいエピソードを聞くとつい節約しなくちゃ、という気持ちになりますが、もっと変えなくちゃいけない部分があると強く思わされます。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。