ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

足るを知る喜びと満足を目指して。『心の中がグチャグチャで捨てられないあなたへ』を読んで

おはようございます、ゆまコロです。

 

ブルックス・パーマーさん、弓場隆さん(訳)『心の中がグチャグチャで捨てられないあなたへ』を読みました。

 

著者は、ロサンゼルスとシカゴを拠点に家庭や職場の片づけを手伝っているという片づけコンサルタントです。

 

 モノが幸せを生み出すことはありません。もし気分がふさいでいるのなら、前向きになって自分を励ませばいいのです。そうすれば気分がよくなります。 しかも無料ですから、翌月にカード会社から請求書が届くこともありません。
 とはいえ、生活に必要なモノまで我慢しろと言っているわけではありません。 時おり少し贅沢をすることを否定しているのでもありません。この本の目的は、生きていくために何が本当に必要かを見極めることです。


 モノを手に入れると、なぜ嬉しいのか


 もうひとつの問題は、何かをどうしても所有したいと思うタイミングです。あなたはそれを所有することを考えるだけでワクワクしました。 それがないので苦痛を感じたくらいです。たしかに、それを手に入れると喜びが得られました。しかし、その喜びの本当の理由は、モノを手に入れたことによるのではなく、欲しくてたまらないという苦痛から解放されたことによるのです。言い換えれば、モノの恩恵を得た喜びではなく、欲求不満を解消したことの喜びです。
 何かが欲しいという思いを検証してください。あなたは不快でいたたまれないはずです。それを手に入れるまでは物事がうまくいっていないように感じることでしょう。
 では、それを手に入れたらどう感じますか。欲しくてたまらないという気持ちが収まり、ホッとするはずです。しかし、それを手に入れることで喜びを得たのではありません。あなたが感じている幸せは、物欲を一時的に満足させたことによるものなのです。
 企業は広告を通じて人々の心の中に「これが欲しい」 「これが必要だ」という欲求をつくり出します。 この欲求はものすごく強力な心理操作によるものです。 あなたは精神的苦痛を感じ、その解決策として商品を買うように誘導されます。 「この商品を買えば、その苦痛を軽減できますよ」というわけです。
 しかし、あなたは今のままで十分に幸せなのです。 巧みな広告戦略によって「何かが足りない」という気持ちにさせられ、精神的苦痛を解消せざるを得ない心理状態に陥っているだけです。だからこそ、いったんモノを手に入れると、なかなか手放すことができないのです。それを手放すと自分の一部が失われるように思い込んでいます。しかし、それは幻想といっても過言ではありません。 あなたはそれがなくても満ち足りているのです。
(p40)

 

「この本の目的は、生きていくために何が本当に必要かを見極めることです。」

欲しいものを実際に手に入れる前に、それが生きていくために必要なものかどうかを見極めるのは、本当に難しいです。購入する前は、どうしてもこれがなくちゃ、と思ったはずなのに、気がつくとモノで溢れかえっていることを、何度も繰り返しています。

「それがなくても満ち足りている」はずでしょ、と、買う前の自分が思えればいいんですけどねぇ。

 

 それはとても簡単で、人生を好転させる可能性があるにもかかわらず、彼女は心の中でひどい展開になると予想していたのです。
 私が「すばらしいことが起こりそうですよ。ワクワクしますね。 あなたはとても幸運な女性です」と言うと、彼女はぽかんと口を開けたままでした。私が冗談めかして言ったので、彼女はどう反応していいかわからなかったのです。私は彼女にワクワクする機会を与えました。こうやってお客さんの心を解きほぐすこと自体が、ガラクタ処分の始まりなのです。

 

 彼女はおそらく子どものころにガラクタを溜め込む癖を身につけて、いまだにその癖にしがみついていたのです。変化は容易ではないから現状のままでいいという考え方に固執していたために、彼女の生活は情熱とは無縁でした。
 私は本を一冊ずつ見せて、「もう読みましたか?」と尋ねました。もしすでに読んだなら、「もう一度読みますか?」と尋ね、もし読むつもりがないなら、本を手放すように言いました。そうしなければ、本の思い出を保存して過去に生きることになり、現在の生活を楽しむことができなくなるからです。

 もし読んだことのない本が見つかったら、「これから読みたいですか?」と尋ねました。
 その結果、彼女は自分の所有している本の多くを読みたくないことに気づいて驚いていました。
 彼女が「なぜこんな本を読みたいと思ったのか自分でもよくわからない」と言うので、私はこう言いました。
 「あなたは多くの本を読む機会があるということにこだわっているのですよ。それは人生でもっと多くの機会を得たいという願望の表れです。 そうでもしなければ生活が単調すぎるので、そういう願望を抱いて現実逃避しているのです」
 それを聞いて、彼女は動揺しました。
 私はこう言いました。
「これはあなたにとってすばらしい機会ですよ。本当に気にかけているものが何なのかを発見することができます」
 彼女は仕事に関する悩みを打ち明けました。具体的には、敵対的な上司が非現実的な要求をするので困っているというのです。しかし、上司に相談するのが怖いので現状のままにしてきました。 彼女は「仕事でこんなことがしてみたい、あんなことがしてみたい」と私そ言うので、私は「それはすばらしいアイデアですね」と言いました。彼女は自分のアイデアがばかげているために拒絶されると思い込んでいたので、私の感想に驚いていました。
 私が「これからどうしますか?」と尋ねると、彼女は「明日、上司と話をする」と断言しました。
 私は彼女にこう言いました。
「あなたの人生にはこれからもっと多くの変化が起こりますよ。今日、あなたはガラクタ処分を通じて、自分にとって何が大切で、何が大切でないかを区別する訓練をしました。新しいスキルを身につけたのですから、それをぜひ仕事にも活用してください」
 私たちはいらない本を地元の慈善団体に持っていき、 彼女の自宅に戻って残りの本を分野別に本棚に整理しました。
 空きスペースがたくさんできたので、それまで飾りたいと思っていたけれどもできなかった芸術作品を本棚に陳列しました。
 部屋は一変して美しくなりました。 一週間後に伺うと、上司に自分との人間関係を含めて仕事上の問題について直接話をしたと言っていました。
(p151)

 

「あなたは多くの本を読む機会があるということにこだわっているのですよ。それは人生でもっと多くの機会を得たいという願望の表れです。」

この言葉、自分に言われたようでちょっと恥ずかしくなりました。自分で買ったことは間違いないのに、買ったことを忘れるくらい時間が経ったあとに、どうして大事に持っていたのか思い出せないような本が部屋から出てくることがありますが、それは現実逃避の現れだったんですね。

 

 ガラクタに囲まれて暮らすことは、自分に苦痛を科す方法でもあります。おそらく、あなたは自分がなんらかの点で十分によくないという理由で自分を苦しめているのかもしれません。あるいは、もっとよくなるための発奮材料として、そうしているのかもしれません。つまり、苦しい思いをすれば自分が変わるきっかけになるという考え方です。
 しかし、そんなことをしたところで、あなたは変わりません。 感覚が麻痺して苦痛に慣れてしまうだけです。


 モノを溜め込んで牢獄をつくり出す


 一部の人は自分だけでなく周囲の人を罰するためにもガラクタを利用します。 あるお客さんはキッチンをそういう目的で使っていました。調理台、引き出し、戸棚はガラクタでいっぱいで、冷蔵庫の中は古い食品と新しい食品であふれ返っていました。テーブルは汚れたままで、本や手紙、新聞、古い食べ物が溜まっています。シンクには汚いお皿がうず高く積まれていました。 部屋にはいやなにおいがたちこめています。
 私は彼女と一緒に一つひとつのモノを片づけようとしましたが、本人は上の空で、家族のことについてずっと愚痴をこぼしていました。家族が家事を手伝ってくれないので面倒を見るのがつくづく嫌になったと言うのです。 そこで、キッチンをガラクタだらけにして家族を反省させればかまってもらえると思っていました。

 

 これは彼女の無意識の行動です。このことはあなたにとっても示唆に富んでいます。なぜなら、あなたの行動の多くは、なんらかのメッセージを周囲の人に伝えるための無意識の方法である可能性が高いからです。しかし、ほとんどの人はそんなことに気づきませんから、あなたが伝えようとしているメッセージを受け取りません。結局、あなたは自分の気持ちをうまく伝えられないことに怒りや悲しみを感じることになります。
 私は彼女の怒りを解き放つために、とくにガラクタが溜まっている引き出しをはずして床に置きました。彼女は唖然としていましたが、私はそんなことはかまわずに床に座って引き出しの中身を指さし、「さあ、二人で力を合わせて、このガラクタを処分しようじゃありませんか」と言いました。
 彼女は笑いながら私と一緒に床の上に座りました。私はすぐに一つひとつのモノについて質問を開始しました。彼女は気持ちを落ち着けて、保管する価値のあるモノとそうでないモノを区別し、引き出しの中身の大半を捨てました。終わったとき、金属製の食器がわずかに残っただけです。
 そこで別の重たい引き出しを取り出して床に置くと、彼女は再び笑っていました。今度は、私が質問をしなくても自発的に捨て始めました。今度も引き出しはほとんど空っぽになりました。彼女は、中身の大半は無価値なモノばかりであることを認めていました。
 彼女はさらに次の引き出しを開けてガラクタを処分しました。吹っ切れた様子なので、私は「捨てるコツがわかったようですね。 大切なのは何かというのがわかるのはすばらしいことです」と言いました。 そしてさらにこう付け加えたのです。
「たとえ誰かが気づいてくれなくても、あなたは自分のしていることを誇りに思うべきです。周囲の人はあなたを無視しているのではありませんよ。自分の生活のことを考えるだけで精一杯なのです。興味深いことに、あなたが気分よく過ごしていると、周囲の人はあなたに気づいて敬意を払ってくれるものですよ」
 一瞬、彼女は作業の手を止めて少し涙を流し、そして再びガラクタ処分に取りかかりました。

 私たちは調理台の上のガラクタと戸棚の中の古い食べ物を捨て、 さらに冷蔵庫をスッキリさせました。彼女は食べ物の大半が腐っていることに驚いていました。私たちはテーブルを掃除し、お皿を洗いました。 彼女は作業を進めているうちに力がみなぎり、手の動きが速くなっていました。うっとうしいガラクタを処分しているうちにスッキリして行動がてきぱきしてきたのです。こうして彼女は残りの部分をすべてきれいに片づけました。
 多くの人は自宅の中の膨大な量のガラクタを保管するために収納用品を買い求めます。
 しかし、それは小ぎれいなゴミ箱にすぎません。そんなものでごまかさないようにしてください。ガラクタに敬意を払う必要はありません。あなたは自分に敬意を払うべきです。
 ガラクタを溜め込んで周囲の人を罰しようとするのは終わりにしましょう。 そんなことをしても、周囲の人のネガティブな行動をやめさせることはできません。それどころか、ますますガラクタが溜まって不快な思いをするだけです。そんなことをして自分を罰するのではなく、自分を大切にしましょう。そうすれば、すばらしい変化が起こります。
(p156)

 

「ガラクタに囲まれて暮らすことは、自分に苦痛を科す方法でもあります。」

そんなふうに考えたことはこれまでありませんでした。しかし、

「あなたが気分よく過ごしていると、周囲の人はあなたに気づいて敬意を払ってくれるものですよ」ということはよく分かります。つまり、これとは逆のことで、

気分良く過ごしていない=怒りの気持ちをわかってほしい、という気持ちが出現していたんですね。

腑に落ちる考え方でした。

 

 ガラクタ処分とは、欲しいモノや必要だと思うモノをすべて手に入れるのと正反対のことをすることです。  それは、幸せになれると信じてモノを手に入れる不健全なプロセスに終止符を打つことです。(p123)

 

「幸せになれると信じてモノを手に入れる不健全なプロセスに終止符を打つこと」、これをいつも思い出せる人間でありたいです。

 

所有物を見ながら、「これは生活の質を向上させてくれるか、捨てたほうがスッキリするか、どちらだろうか?」と自問することが大切だと著者は述べていますが、モノを増やす前に、自分の部屋にあるものと自問することの方が欠かせないように思えました。

 

今年はスッキリした部屋で安らいだ毎日を過ごしたい。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。