ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

荒木香織『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』を読んで

 おはようございます、ゆまコロです。

 

荒木香織『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』を読みました。

 

著者は2012年より「ラグビーワールドカップ2015」終了までラグビー男子日本代表メンタルコーチをされていた方です。

 

スポーツでの目標の立て方や、評価されないと感じた時に考えるべきことなどが紹介されていますが、読んで印象に残ったのは、以下の箇所です。

 

■困ったときのメンタルスキル

 

    暑さも同じです。自分がイライラしても、気温を下げることはできません。むしろ、ますます暑く感じてしまうでしょう。だったら、「暑い、暑い」と思うこと自体をやめてしまって、するべきことに意識を向けるのです。

    「暑い」とか「だるい」とか「もう嫌だ」とか、そういうネガティブな自分に対する問いかけが、自分の元気の源になっていないことに気がついていない人は、意外に多いのではないですか。

    では、どうやってネガティブな考えを断ち切るのか。

    ラグビー日本代表の立川選手は次のプレーに集中するときには、指を触ることで気持ちを切り替えるようです。陸上競技の長距離選手のなかには、ある指だけ爪の色を変えて、イライラしたらそこを見るという選手もいます。

    むろん、いきなり指を触ったからといって、イライラしなくなるわけではありません。トレーニングが必要です。でも、逆に言えば、訓練すれば誰でもこうした能力、すなわち思考を停止する能力を身につけることがで のです。

 思考を停止する方法は人によってさまざまですが、ラグビー選手でいえば、試合が行われるグラウンドには必ずゴールポストが立っています。そこで、「イライラしているな」と自分で気づいたときは必ずポストのいちばん上を見るようにする。そして、そうしたら考えること自体をやめるよう意識するのです。

    もちろん、最初からストップできるはずはありません。が、このトレーニングを繰り返していくうちに、ポストを見たらオートマティカルに思考をストップすることができるようになります。「眠い」という考えすら止めることができます。だから私は時差ボケで悩んだことがありません(あとで肉体的に反動がくるので、健康的なことではありませんが)。

 
  思考停止はなんらかのツールがないと難しいので、イライラしたら「これを触る」とか「これを見る」、あるいは「何かを叩く」というふうに、自分なりのツールをあらかじめ決めておくことをお勧めします。

    たとえば、交通標識の「止まれ」という赤いサインがあります。私が指導しているゼミ生のなかには、私がハワイに行ったときに青い空をバックに撮影したストップのサインをパソコンのデスクトップの壁紙にして、「できない」「無理」と思ったときやネガティブな考えに陥ったときにその写真を見る、という学生が何人かいます。

(p140)

 

 

眠いという思考を停止することが、本当に自分にも出来るようになるには相当の訓練が必要そうだと思いましたが、こうしたトレーニングがあるということに興味を引かれました。

 

■ 受け止め方を変えるメンタルスキル


  私のゼミの学生にもよくいます。

「すごくがんばったのに、できません」

「もういいから、提出しなさい。もうこれがあなたの限界。これでいいから」

そう言うと、

「いや、もっとできるはずだから」

   もちろん、そう考えるのは悪いことではないのですが、過去一〇年くらいを振り返ってみて、みなさん、そんなに素晴らしい日々が続いていたでしょうか。そんなことはないのではないですか?

    だからこそ、「もっともっと」と望むのでしょうが、往々にしてそういう人は誰かが、環境が「なんとかしてくれる」と思っていることが多い。そうしてくれるのを待っている。そういう傾向が多々あるのではないかと感じます。

    でも、環境は自分でつくっていくしかない。自分が変わらなかったら、何も変わらないのです。そういうプロアクティブ(率先的)な行動をとらないで、ただ待っているだけでは、「もっと」と望んでも得られるものではありません。

    いま自分ができることを精一杯やっていけば、ストレスも少なくなるし、失敗することもそうはない。それでいいんじゃないかとも思うのです。そんなに多くのことを求めなくても、と....。

    五郎丸選手は、母校早稲田大学での講演でこう語ったそうです。

「どんな環境であれ、目の前のことに対して百パーセントできるか。環境がよかろうと、悪かろうと、目の前のことに対してしっかりコミットできるかどうかが、将来を切り開けるか切り開けないかに直結してくると思う」

(p174)

 

 

「過去一〇年くらいを振り返ってみて、みなさん、そんなに素晴らしい日々が続いていたでしようか。そんなことはないのではないですか?」

←確かにそうです。でもそれを呼び込んだのは、待ちの姿勢である自分の責任でもある。何だか耳が痛い言葉でした。

 

より良いパフォーマンスを生むために、自分がどう競技と関わるか?を多面的に考えていて、しかもそれが精神論過ぎないところに好感が持てました。

 

何かの折に、ヒントになるかも知れないと思いました。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。