ニジタツ読書

読んだ本の感想です。胸に刺さった言葉をご紹介します。時々美術館のことなども。

ポール・オースター『闇の中の男』を読んで

おはようございます、ゆまコロです。

 

ポール・オースター柴田元幸(訳)『闇の中の男』を読みました。

 

作中で更に違う物語が展開される「物語中物語」が面白い(場合によると本編よりも)のは、オースター作品ではよくあることですが、今回は物語中物語とメインの話との関係が近い感じがします。

(語り手の老人を、物語中物語の青年が殺そうとしているので。)

 

他に、ユダヤ系の家族のもとに育った少女がナチス親衛隊の大尉から手紙をもらう話や、主人公の妻の又従兄が恋した先生が辿った強制収容所での末路など、ドキドキしました。(フィクションとは思えないのですが、どうなんでしょう。)

 

でも、物語終盤で明かされる、主人公の孫娘のボーイフレンドがイラクに行った事件がもっとも衝撃的でした。

 

そんな盛りだくさんの話の中で、突然主人公による書評や映画の話が出てきます。

この中で語られる一つ、『東京物語』(小津安二郎監督)の話が、オースターらしい感想で興味深いです。

 

  老人はまずノリコに、いろいろ本当にありがとう、と礼を述べる。だがノリコは首を振って、いいえ、何もしてさし上げられなくて、と答える。老人はなおも言う。いやいや本当に助けてもらったよ、あんたがどれだけよくしてくれたかお母さんも言っておったよ。ノリコはふたたびその賛辞に抗い、わたくしのしたことなんてつまらないどうでもいいことです、と片付ける。老人はそれでもなお、ノリコさんと一緒だったときが東京にいて一番楽しかったとお母さん言っておったよ、と彼女に告げる。そしてさらに、お母さんあんたの将来をひどく心配しておったよ、と言う。あんた、このままじゃいかん。再婚せんといかんよ。Xのことは(老人の息子、ノリコの夫のことだ)忘れなさい。あの子はもういないんだから。

  ノリコは見るからに落着きを失い、答えを返すこともできないが、老人の方はここで引き下がる気はない。ふたたび自分の妻に言及して、さらに言う。あんたほど素晴らしい人はいないとお母さん言っておったよ、ノリコもあとには引かず、お母さまはわたくしのことを買いかぶっていらしたんですと返すが、いやいやそれは違う、と老人は言い放つ。ノリコはもうすっかり取り乱している。わたくし、お父さまやお母さまが思ってらっしゃるようないい人間じゃないんです、と彼女は言う。わたくし、ほんとにずるいんです。そして彼女は、いまではもういつも老人の息子のことを考えているわけではないのだ、彼のことが一度も頭に浮かばぬまま何日も過ぎたりするのだと明かす。それから少し間を置いて、いま自分がひどく寂しい思いでいて、夜眠れないとき寝床に横になったまま自分はこれからどうなるのだろうと思ったりすると打ちあける。わたくしの心が何かを待っているみたいなんです、と彼女は言う。わたくし、ずるいんです。

 

老人   いやあ、ずるうはない。

ノリコ  いいえ。ずるいんです。

老人   あんたはええ人じゃよ。正直で。

ノリコ  とんでもない。

 

  その時点で、ノリコはすっかり自制を失い、泣き出す。水門が開くとともに、彼女は両手で顔を覆ってすすり泣く。あまりに長いあいだ、この若い女は何も言わずに苦しんできた。自分がいい人間だということをこの女は決して信じようとしない。なぜならいい人間だけが自分の善良さを疑うからだ。だからこそそもそもいい人間なのだ。悪い人間は自分の善良さを知っているが、いい人間は何も知らない。彼らは一生涯、他人を許すことに明け暮れるが、自分を許すことだけはできない。

(p94)

 

 

オースターが映画の中で感銘を受けたシーンを丁寧にすくい取っていて、作品への愛が感じられます。

 

またこの本で印象深いのは、(本編ではなくて恐縮なのですが、)あとがきの中でオースターが911に関して答えたインタビューです。 

 

 当時の日々を私ははっきり覚えている。まだわずか七年前のことだ。当時、ずいぶんたくさんインタビューを、外国の報道機関相手のインタビューを受けた。ここブルックリンで、わが家に煙が流れ込んでくるなか、私は何も書ける状態ではなかった。実際、当時は「幻影の書」を書き終えたばかりで、どのみち何もしていなかったところへ、ヨーロッパや日本のラジオ局やテレビ局から次々電話がかかってきてコメントを求められたんだ。そしてこのときばかりは、私も応じた。自分が何度も何度もこう言ったことを覚えている――

「恐ろしいことが起きました、それは確かです。

 しかし、これは我が国にとって一種の目覚めよコールであるべきです。私たちはいま、自分たちを創り直す大きな機会を手にしています。石油とエネルギーに関して自分たちの立場を考え直し、よその文化、よその国々との関係を考え直し、なぜよその人々が私たちを攻撃したいと思うのかを考え直すチャンスなんです」。

 そうやって、いろんな提案を私は口にした。私はいまでも、私たちがこの国に意味ある変化をもたらす絶好の機会を逃したと信じている。アメリカの国民は、そうした変化を起こす態勢も気持ちもできていたと思う。なのにブッシュ政権が、過度に単純な、ほとんど病的に愚かしい対応をしてしまった。それができたのは、みんなが持っていた恐怖心につけ込んだからだ。もともとみんなの心にあった正当な恐怖心に加えて、ブッシュとその相棒どもはさらに恐怖を煽り、国民を従わせたんだ。

(2008年9月6日、The A. V. Club インタビュー。http://www.avclub.com/article/paul-auster-14299)

(p229)

 

いつものオースター作品と比べると、若干寄せ集め感を感じなくもないですが、でも面白かったです。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。