ニジタツ読書

読んだ本の感想です。胸に刺さった言葉をご紹介します。時々美術館のことなども。

斉藤洋『ルドルフとノラねこブッチー ルドルフとイッパイアッテナV』

おはようございます、ゆまコロです。

 

斉藤洋『ルドルフとノラねこブッチー ルドルフとイッパイアッテナV』を読みました。

 

「ねえ、イッパイアッテナ。イッパイアッテナがアメリカにいこうと思ったのは、また、日野さんの飼いねこになるためだったのかな。ぼくが岐阜に帰ったのは、リエちゃんのうちの飼いねこにもどるためだったけど。」

「ほんとにそうか、ルド。おまえ、飼いねこにもどるために、はるばる岐阜までいったのかよ。」

「もちろん、そうだよ。」

「そうかな。おれは、そんなんじゃないと思ってるぜ。」

「そんなんじゃないって、じゃあ、どんなんだよ。リエちゃんちの飼いねこにもどる以外、どんな目的があるんだ。」

「おまえはよ、ルド。リエちゃんの飼いねこにもどるとか、そういうんじゃなくて、ただ、リエちゃんにあって、なんていうか、ぎゅっとだっこしてもらうために帰ったんだろ。飼いねこにもどるとかもどらないとか、そのさきのことなんか、考えてなかったろうが。」

 そういわれて、ぼくはことばがなかった。

 たしかにぼくは、飼いねこにもどるとか、そういうことじゃなくて、ただ、リエちゃんにあいたくて、それで岐阜に帰ったのだ。

 ぼくがだまっていると、イッパイアッテナがぽつりといった。

「おれだって、そうだよ…。」

(p96)

 

飼い主と離れてしまったねこが、再び飼い主に会いたくて行動するとき、再会できた後どんな未来を望んでいるのか?なんて考えると、想像しただけで胸が切なくなってきます。

 

 

だれにもいってないけど、このごろまた、ぼくはリエちゃんのことを思い出す。

 ぼくがいなくなって、リエちゃんは一年待って、つぎのねこを飼った。その一年のあいだ、ぼくは岐阜に本気で帰ろうと思ったら、帰れていたと思う。なにがなんでも帰ろうというんじゃなかったから、帰らなかったのだ。だから、帰れなかったのじゃなくて、帰らなかったのだ。これは、とても重要なことだ。

 ぼくが帰らなかったのだから、リエちゃんがつぎのねこを飼ったことについては、ぼくに原因がある。だから、ぼくはリエちゃんにもんくをいうことはできない。だから、もんくをいったことはない。

 たとえば、ぼくがイッパイアッテナにリエちゃんのことでもんくをいったら、イッパイアッテナは、

「そりゃあ、おまえ。そんなこと、いえた義理じゃねえだろうが。」

というだろう。

 だけど、たぶんぼくは、心の奥底では、もんくをいいたいんじゃないだろうか。

「なんで、もうちょっと待ってなかったんだよ。」

って。

 それから浅草で偶然リエちゃんにあったとき、ぼくはリエちゃんだとわかったけど、リエちゃんはぼくがわからなかった。

 あのとき、リエちゃんといっしょにいた女の子がぼくを見て、

「あのねこ、リエちゃんちのルドににてるやん。」

といったとき、リエちゃんは、

「ちょっとにとるけど、うちのルドのほうが、もっとかわいいやん。」

といった。

 うちのルドというのは、ぼくがいなくなってからもらわれてきたぼくの弟だ。

 まさかぼくが東京にいるなんて、リエちゃんはそれこそ夢にも思ってないだろうから、ぼくがルドルフだということに気づかなくても無理はない。ぼくはよそのねこなのだ。よそのねこより、いま飼っているねこのほうがかわいくても、それはふつうのことだ。だから、これについても、ぼくはもんくをいうべきではない。

 だけど、やっぱりぼくはもんくをいいたいのだ。

「なんで、ぼくに気づかないんだよ。なんで、ぼくのほうがかわいくないんだよ。」

って。

 ぼくはイッパイアッテナやブッチーやデビルにはいってないし、これからもいうつもりはないけど、ほんとうは、心の奥底では、リエちゃんを許してないのだと思う。

 だから、ブッチーだって、もとの飼い主に対しては、複雑な思いがあるはずなのだ。

(p100)

 

ルドルフが本当は元の飼い主であるリエちゃんを許していない、という文章を上記で読んだ時、やっぱりなと思うと同時に、ほっとした気持ちにもなりました。

野良猫になるという道を自分で選んだとはいえ、彼を大事にしてくれたリエちゃんが違う猫と暮らしている現実を見たとき、どんなにショックだったかを考えると、表向きには彼女を恨んでいないと言っていたって、辛過ぎるだろうと思っていたからです。

なので、本音が聞こえて何だか安心しました。

 

…イッパイアッテナはブッチーを見てきいた。

「ところで、金物屋の苗字はなんていうんだ?」

「苗字って?」

ブッチーにききかえされ、イッパイアッテナがいった。

「だから、苗字だよ。このうちは日野っていうのが苗字で、デビルの飼い主は小川だ。そういうやつだよ。太郎とか一郎とか、そういう名まえのまえについているやつだ。」

「あ、それなら金物屋かな。」

「ばかいってるんじゃねえよ。そりゃあ、商売だろ。苗字だよ、苗字!池田とか川上とか、そういうやつ。」

「そんなのあったかなあ。」

「あったかなあじゃねえよ。人間には、だいたいあるんだよ。」

「だいたいあるなら、ないやつだっているだろ。うちのおやじにあったかなあ。だいたい、商店街じゃあ、金物屋でとおってたし。」

「なんだ、おまえ。飼い主の苗字も知らなかったのか。しょうがねえな。」

「しょうがねえなあっていわれても、しょうがない。」

ブッチーはそういってから、ぼくを見た。

「おまえのリエちゃんも、苗字、あったか?」

きゅうに話をふられ、ぼくは、

「えっ?」

といってから、考えた。

 リエちゃんの苗字……。

 ぼくはイッパイアッテナを見ていった。

「ぼくも、リエちゃんの苗字、知らないけど……。」

「えーっ!」

 イッパイアッテナは、のけぞりそうになっておどろいた。

「おまえも、飼い主の苗字、知らなかったのか?」

「だって、苗字なんかわからなくても、こまらなかったし。ねえ、ブッチー。」

ブッチーに同意をもとめると、ブッチーも賛成した。

「そうだよ。苗字なんて知らなくても、こまらなかった。そんなこというなら、タイガーはどうなんだよ。日野っていうのがタイガーの苗字か?日野タイガー?それじゃあ、トラックの名まえみたいだし、タイガー日野なら、プロレスラーみたいじゃねえか。」

「ばかいってるんじゃねえよ、ふたりとも。ねこはいいんだよ、苗字なんかなくたって。ねこの話じゃねえ。人間のことだ。まあ、わかんねえものはしょうがない。じゃあ、名まえは、金物屋の名まえはなんていうんだ?」

「名まえかあ……。」

とつぶやいたところをみると、ひょっとしてブッチーは飼い主の名まえも知らなかったのだろうか。

 ぼくはなんだか悪い予感がした。その予感は的中した。

(p123)

 

まあ、猫が飼い主の名まえも苗字も知らなくても、不思議はない気がします。しかしこの状態で、年賀状から元・飼い主の現在の所在地を探すというのがすごい。

 

 はがきの半分以上は写真で、その下に、こう書かれていた。

<三か月まえに、こちらに引っ越してきました。いまは妻の実家をてつだって、こんなことをしています。ごらんのとおり甲州名物のほうとう屋です。店の特徴を出すために、ふつうのほうとうのほか、お正月からは、中華ほうとうというものをメニューにのせます。これは、わたしが考えだしたものです。東京のわたしの店があった場所にできた中華料理屋に何度かおじゃまして、スープや餃子の作りかたを伝授してもらって作りました。ぜひ、おいでください。>

 そして、その下が住所と名まえだ。

 住所は、郵便番号400のあとが0017、甲府市屋形三丁目。そのあとにこまかい番地がある。ぼくはそれをぜんぶおぼえた。

 ぼくと最初にあったとき、イッパイアッテナは、

「三丁目なんて日本全国に数えきれねえほどあらあ。」

といったけど、たしかにそうだ。

 金物屋さんの苗字と名まえが会澤清一(カイナントカキヨイチ)ということと、奥さんが良枝(ヨイエダ)という名まえだということもわかった。住所の下に、ふたつならんで書かれていた。澤という字は読めなかったから形をおぼえた。

 文章はけっこう小さい字で書かれていて、長い。

 ぼくはこれも暗記した。もちろん、ブッチーに内容を教えた。

(p194)

 

どうして会澤さんのお家はこんなにしっかり設定されているのか謎ですが。

それよりも、人の家のこたつの上にある年賀状ファイルを、ちょっと見てもいいかとそこの家の猫に聞くルドルフが可愛い。

文面を覚え、なおかつ読めない字の形を覚えるというのがすごい。読み間違いも可愛い。

大学とか図書館とかの近くを通るたびに気にしちゃって、ほんとに勉強好きなんだね、と、ほほえましくなりました。

この少し前に、ルドルフが『ポケット版ことわざ辞典』を拾って、口で運んできたというシーンも、想像すると身もだえします。「おまえポケットなんてあるの?(笑)」とブッチーにからかわれるのもかわいい。

 

この後、電車に乗って(!)甲府まで行くのに、人が多いから乗り換えは新宿ではなく御茶ノ水がおすすめ、というイッパイアッテナのプレゼンがちょっと面白いです。

 

杉浦範茂さんの描いた前述の年賀状のイラストと、甲府駅からの地図が面白くて、子供のころ、こういう細かい挿絵のある本が好きだったなあとしばらく眺めました。

 

久々の続刊でしたが、話の展開は初期の頃に近く、とても良かったです。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。