ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

角野栄子『トンネルの森 1945』

おはようございます、ゆまコロです。

 

角野栄子『トンネルの森 1945』を読みました。

 

角野先生の体験が元になったお話と知り、気になっていた本です。

 

主人公の少女・イコちゃんがお母さんをなくし、住んでいた東京深川から疎開するところから物語は始まるのですが、出身地も5歳でお母さんをなくすところも、角野先生と同じようなので、ほとんど先生が当時感じたことや、見聞きした状況なのだろうかと思いました。

 

彼女は常日頃からたいてい良い子なのですが、恐怖を感じたときに垣間見える本音が、胸を打ちます。

 

 

トンネルはいつまでもトンネルじゃない、必ず出口があるんだって、セイゾウさん(イコの父親。ゆまコロ注)は言った。でも、出口が消えることだって、あるかもしれないじゃないの。私にはいつも恐いことが、起こるんだから。誰にだっておかあさんがいるのに、私にはいない。戦争が始まって、大好きなおばあちゃんと離れなくてはならなくなった。セイゾウさんだって、病気が治れば、また戦争に行ってしまうかもしれない。そして、いつか私は迷って、このトンネルから出られなくなるかもしれない。(p69)

 

 

他にも、新しいお母さん(光子さん。セイゾウさんの再婚相手。)から、農家の人から食べ物をいただかないでね、と言われていたのに友達の家でご馳走になり、それを黙っていた場面など。

実はとても我慢を積み重ねているんだな、ということが分かります。

 

 

 「もう、そういうことはやめてって言ったでしょ。『イコちゃんにすし、食わせたから』って、キミコちゃんのおかあさんに何度も言われちゃったわよ。向こうは悪気がないんだろうけど、しつっこくいわれる身にもなってよ。しょうがないから、半衿を持って、お礼に行ってきたわ。これからもお米や野菜を譲ってもらわなくちゃならないからね。食べたいのは無理もないけど、後が大変だから、やめてね」

 

 「ごめんなさい」

 私は、うつむいてつぶやいた。でも、声にはならなかった。

 解ってる。私が悪いんだ。我慢しなくちゃならなかったんだ。でもいい子になんかなれない。ついこの間まで、光子さんだってこんな嫌味を言う人ではなかった。わたしだってもっと素直に話せたような気がする。いまは話し合うことがなく、終わりはいつも「ごめんなさい」で終わる。カズちゃんのおかあさんの話してる姿が思い浮かんだ。やっぱりどこか違う。部屋は散らかって、へんな匂いもするけど、カズちゃんの家は空気が違う。

 

 「あんなに若いのに、子どものいる家に嫁に来てくれたんだから、ありがたく思わなくちゃね。光子さんを大事にするのよ」

 タカさんはよくこう言った。

 私はひねくれてるいやな子供なんだ。ありがたいなんて思えない。光子さんは大人、私は四年生の子供、それは変えられないから、言いたいことも我慢しなくてはならない。それに国は戦時中、我慢のうえに、大きな我慢がかぶさっている。(p138)

 

 

母親をなくし、父親が再婚して、疎開先で新しい学校に入るも、始めは皆になじめないイコちゃん。家に帰っても、新しいお母さんとその息子しかいないのでは、心が休まることもないのだろうな、と思うと、自分だったらとてもこんな良い子にはふるまえないだろうと考えてしまいます。

 

 

 広島に大きな爆弾が落ちたと、ラジオが言った。「特殊爆弾」だと言った。爆弾に特殊がつくんだから、普通のとはちがうようだ。ものすごく大きな爆弾らしいと、噂が伝わってくる。国の命令で、ラジオは被害を小さく言いたがる。でも、今度はラジオも特殊な爆弾だとはっきり言っているから、すごいのだ。

 

 日本は負けるかもしれない。大きな声では言わなくっても、みんな、そう思っているのがわかる。

 「神風が吹くから…」

 まだそう言う人もいる。自分が安心したいから言っているんだ。私は神風は当てにならないと思うようになった。吹くんだったら、セイゾウさんが受けた大空襲の前に吹いてほしかった。神風どころか、また「特殊爆弾」が、長崎に落ちた。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。私の周りは、だれひとりとして、幸せな人はいない。誰かが死に、誰かが行方不明。誰かが怪我をしている。そして、みんながお腹をすかせている。戦争が始まった時は、みんながみんな、希望に充ち溢れていたのに。今はこれからどうなるのかと、不安の塊になっている。(p190)

 

 

「だれひとりとして、幸せなひとはいない」という状況を想像するのはなかなか難しいですが、それだけに、この後の時代を築いてくれた人々に感謝せずにはいられません。

 

ラストは思いもよらない展開で、胸が温かくなりました。

1935年生まれの角野先生が4年前にこの本を出して下さって、先生の目で見た太平洋戦争を知ることが出来、良かったなという気持ちになりました。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

トンネルの森 1945