こんにちは、ゆまコロです。
ミラン・クンデラ、千野栄一(訳)『存在の耐えられない軽さ』を読みました。
読む前から、なんだか気になるタイトルだな、と思っていました。
軽い存在ってどういうものだろう、という疑問が浮かびます。
舞台は冷戦下のチェコスロバキアです。プラハの春(1968年)の頃、この国がどんな様子だったのかうかがうことができます。
主要な登場人物はこの3名で、三角関係のお話です。
- トマーシュ=脳外科医、プレイボーイ。
- テレザ=カフェのウエイトレス、写真家を目指している。
- サビーナ=自由奔放な画家。トマーシュと関係を持っていた。
印象的な場面はいくつかありますが、特に心に残ったのはこの二か所です。
Einmal ist keinmal. (一度は数のうちに入らない) ただ一度なら、全然ないことと同じである。チェコの歴史はもう一度繰り返すことはない。ヨーロッパの歴史もそうである。チェコとヨーロッパの歴史は人類の運命的未経験が描き出した二つのスケッチである。歴史も個人の人生と同じように軽い、明日はもう存在しない舞い上がる埃のような、羽のように軽い、耐えがたく軽いものなのである。
ここで出てくる「軽さ」というものがタイトルの意味なのかというと、そうとも言い切れなくて、 この言葉については、他のシーンでも言及されています。
惹かれあってトマーシュとテレザは一緒に暮らし始めますが、トマーシュがモテモテすぎて、次第にうまくいかなくなっていきます。
「トマーシュ、あなたの人生で出会った不運はみんな私のせいなの。私のせいで、あなたはこんなところまで来てしまったの。こんな低いところに、これ以上行けない低いところに」
トマーシュはいった。
「気でも狂ったのかい?どんな低いところについて話しているんだい?」
「もしチューリッヒに残っていたら、患者の手術ができたのに」
「そして、お前は写真が撮れたね」
「その比較はよくないわ」と、テレザはいった。
「あなたにとって仕事はすべてよ。でも、私は何でもできるわ。私にとっては何でも同じよ。私は何も失ってないわ。あなたは何もかも失ったの」
「テレザ」と、トマーシュはいった。
「僕がここで幸福なことに気がつかないのかい?」
「あなたの使命は手術をすることよ」と、彼女はいった。
「テレザ、使命なんてばかげているよ。僕には何の使命もない。誰も使命なんてものは持ってないよ。お前が使命を持っていなくて、自分だと知って、とても気分が軽くなったよ」
テレザがトマーシュの可能性を奪ってしまった、という罪悪感にかられているのに、かみ合っていないのが切ないです。
浮気性なのに、何となく憎めないのがトマーシュの不思議な所です。
他に好きなシーンは、
- 生きたまま埋められたカラスを掘り出してあげるテレザのシーン。
- 雷鳴が鳴っている間、じゅうたんで浮気相手とトマーシュがいちゃいちゃしているシーン。
- カレーニンが死んでいくシーン。
です。
まだ映画は観ていないのですが、映像で観ると、きっとやきもきしてしまうのではないだろうか、と思いながら読んでいました。なのですが、物語の終盤に差し掛かる頃には、なんだか胸があたたかくなってきました。
読んだ後に、割と幸福感を覚える本でした。面白かったです。
最後まで読んで下さってありがとうございました。