ニジタツ読書

マイペース会社員のゆるふわ書評。なるべく良いところを汲み取ろうとする、やや甘口なブックレビューです。

アーネスト・ヘミングウェイ『勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪』

おはようございます、ゆまコロです。

 

アーネスト・ヘミングウェイ全短編2、高見浩(訳)『勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪』を読みました。

 

この中に収められている「清潔で、とても明るいところ」という短編が、エドワード・ホッパーの描いた「ナイト・ホークス」という絵を彷彿とさせる、というエピソードを昔、「美の巨人たち」で観ました。それで手に取った短編集です。

 

印象的な話が多かったです。まず、スペイン風邪についての話から。

 

 私の目撃した唯一の自然死は、さほど悲惨ではない失血死のケースを除くと、 スペイン風邪による死だった。これにかかった人間は、粘液に溺れ、息をつまらせて死ぬ。その患者の死がどうしてわかるかと言えば― 最後の瞬間、彼は、男らしい余力を残しながらも、幼児も同然になり、どんなおむつよりも大きなシーツを、堰を切ったように奔出する黄色い排泄物で濡らすのだ。それは彼が死んだ後も流れつづけて、シーツをびしょ濡れにしてしまう。だから私は、ヒューマニストを自称する連中の死に様をぜひとも見たいのである。

 

このような壮絶な死に様を目の当りにしたら、生涯忘れることはできなさそうです。

それと、好きなセリフはこちら。

 

 「 “悪徳とは げにも恐ろしき顔の怪物にして” 」冷ややかな口調で、若い男は言った。

「 “その顔をひとめ見ればなんとかで。それからなんとか、なんとかで、やがてはそれを抱擁するに至る” 」

正確な詩句を覚えていないらしい。

「だめだ、思いだせない」

 

テンポが可愛いです。彼が思い出そうとしているのは、イギリスの詩人アレグサンダー・ポープ(1688-1744)の記した「人間論」の一節で、

 

「悪徳とは、げにも恐ろしき顔の怪物にして、

一目見ただけで虫唾が走る。

だが、くり返し見るにつれ馴染が生じ、

われらは最初それに耐え、ついで憐憫を抱き、やがてはそれを包容するに至る。」

 

というのが正解らしいです。

「ほうよう」の漢字が違うのも、わざとなんでしょうか。

 

もう一つ、衝撃的な文章がこちら。

 

 

  そのあと二人でしたことを口にできるだろうか。そう、あの肉づきのいい褐色の腕や、ひらたいおなか、しっこりとした乳房のことを。それだけじゃない。ぎゅっとこちらを抱きしめる腕、チロチロとこちらの口中をさぐる舌、窪んでいない目、とてもいい味のする口。それからぎこちなく、きつく、甘美に、しめりけを帯びてきて、愛らしく、きつく、疼くように激しく、こころゆくまで、そのうち、果てもなく、どこまでも、いつ果てるともしれず、それが突然終わり、大きな鳥が夕暮れのフクロウのように飛び、けれども、そこは昼間の森で、ベイツガの針葉がおなかに貼りついている。

 

 

なんだか、つい読むスピードが遅くなってしまうような描写です。

ヘミングウェイの力量に圧倒されます。

 

どの話も個性的なので、どの引用がどの短編なのかは載せませんが、お気に入りを見つけるのも楽しいと思います。

 

通勤時間に電車の中で読むよりは、夏休みとかに持参して旅先で読みたい本だなと思いました。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪: ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)

勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪: ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)