ニジタツ読書

読んだ本の感想です。胸に刺さった言葉をご紹介します。時々美術館のことなども。

百田尚樹『永遠の0』

おはようございます、ゆまコロです。

 

百田尚樹永遠の0』を読みました。

 

現代と、太平洋戦争中(の、主に戦地での出来事)を行ったり来たりする構成が面白いなと思いました。

 

主人公が永井さんに会いに行った時に聞いた、戦争が終わったあとの話が印象的です。

 

「当時わたしは郵便局の職員で、毎日、手紙の配達で自転車に乗っていました。

 

 一心不乱に繕い物をしている妻をそんなふうに眺めたことはありません。わたしは自分の着ていたシャツを見ました。肘(ひじ)のところに繕いがしてありました。じっと見ると、一針一針丁寧に縫ってありました。

 

 わたしはそれを見た瞬間、言いようのない愛情を感じたんです。この女、身寄りもなく、器量もよくないこの女、俺の身繕いをし、俺のために食事を作ってくれる、この女―。

 

 妻にとって、わたしが初めての男でした。わたしは思わず彼女を抱き寄せました。「危ない」と彼女は小さく叫びました。繕い物の針がわたしの手に当たるのを心配したのです。わたしはかまわず抱き寄せました。

 

 その時、初めて妻を名前で呼びました。妻は突然のことに驚きながらも、小さく恥ずかしそうに「はい」と答えました。わたしはその瞬間、彼女を愛したのです。

 

 その時、わたしの脳裏に浮かんだのは、何だと思います。驚かんで下さいよ― あの時の米兵だったんです。そしてその写真を彼の胸ポケットにしまった宮部さんの姿でした。

 

 わたしは彼女を抱きました。なぜか狂ったように抱きました。あとで聞くと、わたしはその時、泣いていたそうです。覚えていません。しかし彼女がそう言ったのですから、そうだったんでしょうな。

 

 その時、出来たのが倅(せがれ)です。お二人を迎えに行ったあいつです。あれでもこの町の町会議員をしています。

 

 ―なぜその時の子供とわかるのか、ですか。彼女がそう言うたからです。女にはわかるのでしょうかな。

 

 倅はわたしのもう一つの宝物になりました。

 

 宮部さんのことを思い出して泣いたことがもう一度あります。

 

 倅が小学校に上がって、初めての運動会の日でした。昭和三十年です。

 

 子供たちが白い体操服を着て、運動場を走り回っていました。

 

 わたしも家内も、運動場のはしっこにゴザを敷き、倅を応援していました。皆、楽しそうでした。大人も子供も本当に楽しそうに笑ってました。倅は徒競走でビリから二番目になり、べそをかいていましたが、わたしはそれさえも楽しくてたまりませんでした。

 

 その時、周囲の楽しそうな光景を見ていて、ふと不思議な気持ちに襲われたんです。何か自分が別世界にまぎれ込んだような不思議な感覚でした。その時、突然気がついたのです。十年前、この国は戦争をしていたのだと。

 

 周囲で笑っている父親たちは全員、かつては銃を持った兵士たちでした。中国で戦い、仏印で戦い、南太平洋の島々で戦った兵士たちだったのだと。

 

 今はみんな会社員や商売人として日々家族のために懸命に働いているが、十年前はみんなお国のために命を懸(か)けて戦っていた男たちだったのだと。

 

 その時、突然、宮部さんのことを思い出したのです。宮部さんも生きていれば、こんなふうに子供と一緒に運動会に参加出来たのだ。海軍航空兵でもなく零戦の搭乗員でもなく、ただ一人の優しい父親として、娘が校庭を走る姿に声援を送っていたのだ、とー 。

 

 いや、それは一人宮部さんだけではありません。ガダルカナルの白兵戦で撃たれ、インパールのジャングルで斃(たお)れ、あるいは戦艦大和と共に沈んだ将兵たち― あの戦争で亡くなった大勢の男たちは皆この幸せを奪われたんです。

 

 わたしは立ち上がって、校庭の端まで歩きました。後ろからは、子供たちの楽しそうな歓声が響いてきます。それがまたわたしの胸を打ちました。

 

 わたしは大きなケヤキのそばにしゃがみ込み、そこで泣きました。

 

 さっきからぼくの隣で姉が鼻をすすっていた。ぼくもまた体が強張(こわば)っていた。

 

 しばらく沈黙があったあと、永井は言った。

 

「十八年の暮れになると、ラバウルはもはや基地として成り立たなくなり、搭乗員たちは全員、引き揚げました。残されたわたしたちには、アメリカ軍を迎え撃つ航空機もありません。われわれは毎日トンネルを掘り、来るべき地上戦に備えました。しかしアメリカ軍はラバウルなどには目もくれずに、一気にサイパンに向ったんです。あの時、米軍がラバウルを攻めていたら、わたしの命もなかったでしょうな。補給路を断たれたラバウルは日米双方から忘れられた島になったんです。わたしは終戦までラバウルにいましたが、そこでの暮らしは本当に大変でした― 」

 

 ぼくは頷くだけで精一杯だった。永井は続けた。

 

「しかし幸運にも命を長らえることが出来ました。わたしは戦後、一生懸命に働きました。生きて帰った喜びは、働くことの喜びを教えてくれたのです。わたしだけではありません。多くの男たちが生きていることの幸せと働くことの幸せを心から噛(か)みしめたことと思いますな。いや、男だけではない、女も同じやと思います」

 

 永井は一言一言噛みしめるように言った。

 

「日本は戦後、素晴らしい復興を遂げました。でもね佐伯さん、それは、生きること、働くこと、そして家族を養うことの喜びに溢(あふ)れた男たちがいたからこそやと思います。ほんで、この幸せは、宮部さんのような男たちが尊い血を流したからやと思います」」(p294)

 

「別世界にまぎれ込んだような不思議な感覚」になるくらい、10年前と今の様子がまるっきり違っている、というのは、価値観の変化も相当なものだったのではないかと思います。

 

他にも、囲碁の才能があったのに戦争の為その道を断念する話など、つい手を止めてその状況をじっくり考えてしまうようなシーンがありました。

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

永遠の0 (講談社文庫)

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